再会
昨日は散々な目に遭ってしまった……。
私の静かな日常を乱す、最悪な出来事の連続だった。
天窓から入る朝日を浴びながら朝食の準備をする。手にするのは昨日買ったばかりの美味しそうな食材なのに、悪夢の様な昨日の出来事が頭から離れず、朝から気分は最悪だ。
「ふーっ」
重苦しいため息が出る。
キラキラしい金髪の男性は私の様な小娘に抱きかかえられ、立腹してはいないだろうか?あの時の男性の顔の赤みは、もしかしたら怒りでブチギレる寸前の顔だったのかもしれない……。
やっぱり、あの後は直ぐに帰って正解だった。
よく分からない人と関わるのは心に良くないし、いらぬ怒りをかっては普通に暮らせなくなってしまう。
昨日の気疲れから起きる時間が遅くなってしまった……。
遅めの朝食になったけど、空いたお腹に新鮮な野菜とハム、チーズの豪華なサンドイッチをいただくとしよう。
” ドンッ ドンッ ドンッ ”
玄関の木のドアが3回も鳴った。
猪でも体当たりしているんだろうか?
とりあえずサンドイッチを食べ終えたら様子を見に行こう。
” ヒヒーンッ ブルルッ ”
外から馬のいななきが聞こえる。野生?いや、逃げ出した馬でもいるのだろうか?
” ドンッ ドンッ ”
「おいっ、居るんだろ?開けてくれ!?」
最悪っ!!!
人だ、人が来てる!
おまけにこの声、妙に聞き覚えがある、昨日会った男性に似ているような?
こういう時ってどうするんだっけ?
ドアを開ける?いや、居留守?
「おいっ、煙突から煙が出てる。居るのは分かってるんだ。出て来ないのなら声だけでも聞かせてくれ。昨日の礼がしたいんだ」
押しかけてまでお礼をするとか、偉い人は本当によく分からない。いきなり家を訪ねて来られたら普通驚くのよ?
「おい、ドアを蹴破りたくないから素直に言う事を聞いてくれ」
礼をするって、もしかしたら私がした事へのお礼参り的な?まさかそっちなの?なおさら出る訳にいかないじゃない!
「ゴホッ、ゴホッ、風邪を、ひいておりまして、おかえりください」
よしっ、仮病だ。私にしては頑張った。
「それなら医者を連れてまた来よう。恩人に恩は返さないとな」
くっ、この人自分がコミュ障だから、されたら嫌な事めっちゃ分かってる。
余計なお節介と度重なる訪問なんて、嫌がらせも良い所だ。
‥‥‥
もう、頑張るのも潮時かも。限界だ……。
私は大人しく、ドアを開けた。
◇
「昨日は世話になった。礼も持たせずに帰してしまったから、こうして聞きにきたんだ‥。何か欲しいものがあれば用意をしよう。一度はスルーされたが、君には結局命を救われたからな。それ相応の礼を返さなければ王族として立つ瀬がない。恩を受けたままではいられないんだ」
招き入れた家のダイニングの椅子に座り、優雅に足を組みながら流暢に話すこの人は、本当に昨日助けた男性と同じ人物なのだろうか?
我が家にはダイニングテーブルにしか座る椅子が無いせいで、私は今、お預け状態のサンドイッチを前に、自称王族の男性と向き合い話す羽目に陥っている。
「自己紹介が遅くなってしまったが、僕はこの国の第2王子のラウルだ。王都にいると仕事ばかりしてしまうからね……。家令の奨めで緑に囲まれた、あの城にやってきたんだよ。気の向くままに森の道を歩いていたら、つい奥深くまで入ってしまったんだ。街と違って目印らしいものが無いから、戻るのに困ったよ。君と会えなかったら、あのまま野宿していたかもしれないね。出会いに感謝だ」
この男性、サラッと第2王子だと告げて来た。やっぱりコミュ障だと思ったのは私の勘違いなのだろうか?こんな小娘の魔女を相手に ″出会いに感謝だ″ なんて、リップサービスにも程がある。
「あの、お礼はいらないので、あの、その」
王族相手に「お引き取りください」がどうしても言えない‥。
急に押しかけられたのでローブも着ていないし、正面から何のシールドも無しに視線を向けられるのはもう限界なのに。
昨日はキラキラして目立つ金色の髪や、赤く染まった頬に目がいって気付かなかったが、市場で見かける男の人たちより、明らかに綺麗で気品がある。
どこか中性的にも見える容姿だが、広い肩幅や骨格が男らしいので妙なアンバランスさから色気のようなものが溢れているようだ。
印象的な薄い紫色の瞳は……、恐らく目が合ったら吸い込まれてしまうに違いない。
この王子は目の前じゃなくて、箱に入っていたり飾られている距離感が丁度良さそうだな。
「ん?物はいらないという事だろうか?そうだな‥それじゃ王都へ招待なんてどうだろう?周りの者に聞いた所、君は薬も売ってる魔女らしいね。魔女はとても珍しい存在だから、父や兄にも紹介したいんだ」
父って国王様で、兄って王太子殿下ですよね?そんな軽々しく紹介したいとか言われても、一般人は普通そんな偉い人に会ったら、腰抜かすか目が潰れるか、魂抜けるんですよ?
この殿下はもう、コミュ障では無く「ド天然」で確定だろう。おそらく悪気は全く無い、で、その悪気の無い所がもの凄く悪いっ。
「無理、です……」
「へっ?」
同じコミュ障だと、少しでもそう思って安心していた私がバカだった。
「だから‥無理なんですってーーっ!!」
私は怒りのボルテージが振り切れると、全身の筋肉が活性化してしまう。コントロール出来ない魔力が暴走し、勝手に筋肉強化を始めてしまうのだ。
そうして只の我儘筋肉ボディへと……、変わり果てる。
(そう、必要なのはコントロールっ!落ち着いて押さえ込めば、被害は最小限で済むからっ!)
私はこういう時の為に、ひたすら意識を一点だけに集中させる術をマスターしていた。
深く呼吸をし気持ちを整えながら、握った右手の拳を左手で抑えこむ。
全ての力を手に集めてしまえば、押さえ込みが容易になるから。
(ーー大丈夫。これで収まる)
心で念じるようにつぶやく。
王子の後ろに控えていたお付きの人達は、突然様子の変わった私を警戒し騒めき、騎士様達はいつでも私に切りかかれるよう、剣のつかに手を掛けこちらを睨みつけている。
「へっ?は?へっ??ど、したの?」
今までスムーズに会話をしていた筈の王子は、何故か昨日のコミュ障気質を取り戻し始めた。
何故かお付きの人々と騎士達が目配せをし、決まったフォーメーションがあるかのように王子を取り囲む。
「ラウル様は具合がよろしくありませんので、本日は引き取らせていただきます。これはお礼ではなく、簡単な手土産でございますのでお納めください。それでは」
お付きの1人が呪文の様に言葉を滑らかに伝えてきたかと思うと、数個の箱をテーブルに置き、いつの間にやら王子もろとも消え去っていた。
外からは馬のいななきと「進めーっ」という声が聞こえる。
何なの?何なの今の?
私の頭の中に1000個くらい?のマークが並んだ。




