襲撃!
あと少しで天辺というところで、今まで静かだった階段下から物音が聞こえた。
複数人の足音と金属同士がぶつかり合う、耳に響く衝撃音。
「襲撃、襲撃だーっ!!」
下から呼びかけられた声と物音に、思わずラウル殿下と目を合わせた。
綺麗な薄紫の瞳が驚いたように開かれ、頬の筋肉がピクリと緊張気味に動く。
「あれは、剣を交えた音か……、不味いな」
殿下が呟くように言うのが聞こえた。
確かに今の私たちは丸腰も同然で、階段下を敵に突破されようものなら一溜まりもない。
「ラウル殿下!お早く上へ!ここは私が守ります、誰1人とも通しませんっ!」
私は自分の口がスラスラと動く事を不思議に思いながら、これから迫り来る状況に備えた。
「リーネ!決して無理はするな!いざとなれば私も戦うっ、2人で迎え打とう!」
ラウル殿下は何を言うのか?!
2人で迎え打つなんて無理でしよ??殿下は森でマンイーターから逃げることさえ出来なかったのに。
そもそも私は貴方の護衛だ!
「殿下は黙って私に守られてくださいっ!!
簡単には負けませんっ!
私の筋肉は、そんじょそこらの筋肉じゃないんでっ!!」
「くっ、致し方ない……リーネ!任せたぞ!」
「はいっ!」
◇
階段を小走りに上がってくる靴音が聞こえる。
敵はおそらく4~5人。塔の下に護衛の騎士様達も居たのに、皆やられてしまったのだろうか?
「くっそーっ、まだ着かねぇーーっ」
階段下からボヤく声が聞こえる。
そう、そうやって段差を上がってゴリゴリに体力を削られたら良いのよ……。
振り返るとラウル殿下は最上段で、私の姿をじっと見下ろしている。
さっき「私も戦える!」とか言っちゃってたけど……。もしかして、本当に殿下も戦うつもり?
「くっそ!もう少しだっ!」
声が直ぐ近くから聞こえている、私も態勢を整えないと……、急がなくっちゃ!!
私は深く息を吸い込むと、静かに呪文を唱え、全身の筋力を強化した。
◇
私は仁王立ちになって、見下ろしながら敵を待ち構える。
(来たっ!)
左に緩くカーブした階段の先から、厳ついハゲ頭の男が現れた。
剃った頭に刺青を入れ、見るからにお近づきには成り辛い風体をしている。
(頭ノーガードじゃない?!そんな頭で戦闘しようとするのが悪いのよっ)
私は足を振り上げ、無防備に頭皮を晒す男の頭に向かって踵を落とした。
もちろんその後に、後ろへ蹴り倒すことも忘れない。
「ぐわっ!」
汚い飛沫を撒き散らしながら男が螺旋階段を転げ落ちていく。
その後方から短刀を持って現れた男も巻き込まれ、一緒に階段を転げ落ちていった。
(あちゃーっ、あれじゃ刺し傷出来ちゃうかもね‥。怪我してたら、もう上って来なくてよいからねー)
なむなむと、彼らが戦意を無くすようにと願う。
転がり落ちて行く男2人の姿が見えなくなると、突然、小柄な男が飛び出してきた。
俊敏な動きで壁を蹴り、階段の段差も気にせず踏み越えてくる。
あの動きなら、転げ落ちていく男どもを避けて上がってくるのも容易だろう。
「クズがっ」
男は階段下を振り返り、ウンザリした顔で捨てゼリフを吐いた。
先に転げ落ちていった男達は仲間じゃないの??
私を見据える小柄な男の目は、甘さも怯えもない、野性の狼のようだ。
(うわーっ、こういう目を久々に見たっ。ミンカッセの森にいた狼は餌付けしたら懐いてくれたけど……。
あ、でもこのオジサン狼、今、ニヤッて笑ったでしょ?私、なめられて、る?
自分より強い相手が分からないなんて……まだまだだね)
私の筋肉マッチョな体は長いスカートとショールに隠され、周りからは殆ど見えていない。
首はちょっと太くなっているけど顔立ちは特に変わらない。
(油断してると、こっちから行っちゃうからねー、覚悟っ!)
身軽な敵はちょこまかと動くので、この狭い階段通路からは出したくない。
おばあちゃんとの特訓を思い出して!そう、こういう時の先読み能力っ!
狭い場所では、動ける場所に限りがある。だから、どこへ動くのか?その直前の動作をよく見て、次の動きを予測する!
自分の筋肉を自在に操れるから、相手の筋肉の動きも敏感に読み取れる。
筋肉魔女の術の極意は、筋肉の働きへの理解。
筋肉への解像度を、高めることっーー。
男が眼球を動かし、私の肩の向こうを見据えた。
服に隠れてはいるが、太もも後ろ側のハムストリングスと、膝下のヒラメ筋に力を込める瞬間を見逃さない。
同時に右の上腕二頭筋も使うつもりだっ!
来るっ!
男は膝を軽く屈めて跳躍の体制をとりながら、その右腕を私のお腹に沈めようとしている。
私に一発喰らわせ、直ぐに横を駆け抜けて星見台に躍り出るつもりなのだろう。
「させるかっ!」
私は脇に逃げ男の腕を避けると同時に掴み、後方へと捻り上げた。
「うわぁぁぁっっっ」
ごちゃごちゃ動く奴は、捕らえて動きを封じてやるーっ!
メキメキメキッッッ、ゴリゴリゴリッッッ
(あ、ちょっとやっちゃったかも‥)
「お前っ、やりやがったなぁっ」
どうしよう?怖いから口も閉じちゃいたいんだけど、顔にパンチしとく?
拘束している相手でも、やっぱり話しかけられると怯えてキョドってしまう。
「あ、あの。静かにしてくれないと、もっと酷くします、よ」
「うわぁぁぁぁっっ」
また腕に力が入ってしまった。いけない、いけない。
「足、縛らせてもらいますね」
男のスラックスのウエストベルトを抜いて両足首を縛り上げる。
後は身に付けている武器を奪えば、大したことは出来ないだろう。
私が階段の途中で男を拘束し、身に付けている武器を探っていると後ろから視線を感じた。
殿下だ。ラウル殿下が上から私をガン見している。
息を呑むような真剣な目付きで、私の手元に見入ってしまっている。
やはりまだ、危機感を感じているのだろうか?
「殿下!奥に入っていて下さいっ。まだ階下から音がするので危険ですっ!」
「あぁ、そうだね……。リーネの戦う姿が見たくてずっとここに居たけれど……。それはズルいだろ?」
「は?」
「ふぁっ!……僕の言うことは聞かないでくれ!」
「はぁ??」
ラウル殿下と私の間に微妙な空気が流れる。何故か頬を染め、口元を片手で隠しヨコを向く殿下に掛ける言葉が見つからない。
「ハッハッハッーー。魔女よ、なかなかやるではないか?」
静寂を打ち破り、高笑いと共に声が聞こえる。コツン、コツンと階段下から聞こえてくる靴音。
「ここまでやるとは思わなかった、ブラボーだ」
パチパチと手のひらを打ち合わせる音と共に現れたのは、屈強な男にお姫様抱っこされたゼイン殿下。
ラウル殿下の叔父上だった。




