月の塔【2】
塔の中は、円柱型の外壁に沿う形で石造りの螺旋階段が築かれていた。
警備の騎士様が階段下に張られたロープを解き、殿下と私をその先へと通してくれる。
「リーネは知ってる?この塔は古の魔術師達によって建てられたんだ。今はもう魔力を持つ者さえ少なくなってしまったけれど、昔は国の事業の一部に魔術師の力が欠かせなかった」
ラウル殿下が突然口にした『月の塔』の建築秘話に思わず耳をそば立てる。
そんな話、おばあちゃん以外から聞いた事がない。
「この上にある星見台が最たる物だね。昔は空の星々の動きから未来を知る人達がいた。
天体観測の結果は学問として残されたけれど、星の動きから情報を読み取り、未来を予測する力は血筋によるものだからね。
発現率も明確でない血筋による能力の継承は、時に途絶える。そしてその稀有な力は、御伽話のように語られるだけの記録になってしまうのさ」
殿下の話からすると、星読みの能力は途絶えて久しいのだろう。
何故、未来を知るような大事な能力は途絶えてしまったのに、うちのような筋肉魔術の血は残っているのか……??
「だからね、王家の人間は魔力のように特殊な能力を持つ人々を喜んで受け入れている。
今の時代でもなお、肉体を持って能力を顕在化出来るような、奇跡の重なりによって生まれた人々に敬意を表しているんだ」
確かに国王様も王妃様も、私如き平民の魔女にお優しかったけれど、それは余りにも魔力持ちを良くとらえ過ぎでは?
あ!でもあのゼインとかいう王弟殿下は、魔女への扱い酷かったよ、ね?
「能力者はどうしても皆の思う普通から外れてしまうから、もちろん偏見のある人もいる。それはもう、個人の考え方による所だから、縛ることは出来ないんだ。
ただ、昔のように能力者に頼った国政を取れないのも事実だからね。将来的に立ち行かないシステムを構築する訳にはいかない。
魔女のような能力者は今の世、国から何の後ろ盾も無いまま偏見に晒されがちだ……。
リーネだって、能力を持っていて困ったことがあったんじゃない?」
そりゃ……、有りましたとも。
人の目が、声が、怖くなるくらいには充分に。
「ははっ、図星のようだね」
ラウル殿下は軽く笑うと、握った私の手を自分のおでこに軽く当てた。
「僕の場合はこれかな。魔力じゃないけど、僕は結構変わった脳の働きがあるからね、幼い時から少し困ってる。でも僕の周りは幸い理解のある人が沢山居るから、こうして国の仕事に役立ててもらっているよ」
殿下は立ち止まっていた足を再び進め、階段を上り出した。
「その……私の場合は、とても困りました。見た目も凄く変わっちゃう能力だし、実際、力がもの凄く強かったので怖がられたりもしましたし……」
魔力を上手く操れるようになっても、私が筋肉マッチョになって手伝いをすると、多くの人は視線を逸らして話をしてくれなくなった。
「ありがとう」の言葉が聞けたらそれだけで良かったのに……。
私は勝手にその言葉をもらえると、期待していたんだ。
「へぇー、そう??リーネは全然怖くは見えないけどなぁ?……勘違い、じゃない?」
ラウル殿下が珍しく眉根を寄せて、怪訝そうに言う。
いや、じゃあ他にどういう理由で皆は私を避けていたの??
「あーーっ!!良いっ!良いんだっ。そのまま、そう思っていて良いからっ!僕としては非常に助かってる!はぁーっ、僕はなんて運が良いんだろう……。このタイミングで僕がリーネに出会っていなければ、他の奴がリーネの誤解に気がついて、リーネの気持ちを上手く誘導してさらっていったかもしれない。危なかったーっ、間一髪で間に合ったんだろうな」
殿下は叫ぶように声を上げたと思えば、その後はブツブツと独り言をつぶやいている。
このまま思考モードに突入してくれたら、殿下は星見台までノンストップで上がって行ける、かな……?
◇
螺旋階段を登っていると、外壁に開けられた明かり取りの窓から、ライトで照らしたような陽光が差し込んでくる。
等間隔で空いた窓は、見ているとリズムでも刻んでいるように小気味良い。
「あの、殿下。実はこの塔が建てられた時に、私の先祖も現場にいたらしいんです。だから今日、ここに来られて本当に嬉しくて」
「へーっ、そうなんだ!リーネの先祖がこの塔を建てたんだね。今日はリーネをここに連れて来ることが出来て良かったよ。リーネのルーツが聞けて、僕はとても嬉しい……」
「いや、先祖が建てたというか只の作業要員だったはずなので。重たいレンガとか運ぶのに、丁度良い能力なので」
「それでも昔、ここにリーネの先祖が居てリーネと同じ魔術を使っていたということだろう?やっぱりリーネみたいに強くて可憐な、筋肉と可愛らしさのギャップが素敵な魔女だったんだろうなぁ」
「はぁ……?」
ラウル殿下は時々、私の容姿を褒めるような言い方をする。
殿下は私が筋肉魔女だと知っているから、乙女の自尊心を守る為にフォローしてくれているのだろう。
やっぱり、結構優しいよね。
◇
石造りの螺旋階段の通路に、窓を抜ける風の音と殿下と私の靴音が鳴っている。
下方からの音がしないのは、後から登ってくる人達が居ないということか?
「あの……殿下?他の護衛の方々は、塔を上っていないのでしょうか?もしかして今、お側で守れるのは私だけ?」
「へっ?そうだね、そうなっているね。塔の天辺までは横道も無いし、襲われることは無いから」
ラウル殿下と握り合っていた手は、螺旋階段を上る途中で離すことにした。
勾配の急な階段では、手を繋ぐと歩きづらいから。
「殿下、お疲れでは無いでふか?」
まずい、久々に舌が絡まった。
「あぁ、少しは疲れたけど、さっきは食べ過ぎたからね。腹ごなしに丁度良い」
むむむっ。
これでは殿下を抱き上げて星見台までお連れできない。せっかく恩返しのタイミングだったのに。
階段の幅は上に行くにつれて狭くなり、今は2人並んでは歩けない。
頭上から差し込む光と風が強くなってきた。
もう直ぐで、天辺に出る。




