月の塔
パティスリーを出て、カフェや土産物を扱う店々が集まる通りを抜けていくと、目の前に広がってきたのは石畳の広場だ。
「ここは今は何もないけど、秋の収穫祭の時には出店が集まって賑わうんだよ」
ラウル殿下はそう言い、広場の中心から少し外れた塔の元へと私を引っ張っていく。
「実は『月の塔』って、入り口から地上階までしか入れないんだ。塔の螺旋階段や屋上の星見台は、一般公開になっていない。階段の構造上、多くの人が上り下りするのは危ないからね」
魔術師達によって建てられた堅牢な塔は、古に建てられたとは思えないほど積み上げられた石が朽ちていない。
古の魔術師や魔女が、この塔に力を込めて老朽化を防いでいるのだろう。
「こ、ここまで来れたなら、充分です。この目で、塔の高さを見てみたかっただけなので」
がっかりしていると勘違いされたくなくて、慌てて自分の思いを口にする。
私1人では絶対にこの塔に来なかったから、思いっきり本心だ。
ラウル殿下と2人で手を繋いで見上げる「月の塔」は、頂きが空まで届くかのように高い。
夕方に差し掛かり傾きかけた太陽が天辺の星見台を照らし、その向こうの空に昼間の月が見えている。
「太陽も、月も、夕方からの星々も、ここからなら全部、見えるんでしょうね……」
塔を見上げながら、この高さを上り下りした先祖を思う。
魔術を使えども大変な作業だったに違いない。
けれども月を、星々を、この広い空いっばいに眺めながら過ごした時間は、とても満ち足りたものであっただろう。
私の体を巡る魔女の血が、その時間の尊さを思い出すかのように静かに騒ぐ。
星々の光を受け止めながら、ここに命がある意味を受け入れ、与えられている今を受け止める。
心の奥底に刻まれてるようなこの感覚は、なんなのだろう?
魔女の血の、記憶‥?
「どしたの?リーネ?ボーッとしてる……」
「へっ?!あっ、すいませんっ」
「ははっ。別に謝らなくて良いよ。それよりもリーネは塔に登ってみたい?本当はね、王族の僕が一緒なら星見台まで上がれるんだ」
心臓が高鳴る……。あの頂上からの景色を、見てみたい!
「はいっ、上りたいです……。もし、殿下がお疲れなら、私が上までお運びしますのでっ」
「えっ?!いやっ……ははっ……。お願い、したいけど、そうすると計画が何か違くなりそうで……。あーっ、もうっ!折角のチャンスなのにっ!」
殿下って独り言が多いよね……。
頭の中が常に忙しく動いている人って、何だか大変そう。
◇
塔の地上階にある木戸は開け放たれていて、警備の騎士様が2人立っている。
ラウル殿下はお忍び姿で平民の装いをしているのに、目配せ1つで騎士様に敬礼され、私たち2人は塔の中に通された。
『月の塔』に向かう前、隠れ付き添っている護衛を呼びよせ通達を入れさせていたのは、この為だったのか?
私が突然「塔を見たい」なんて言い出したから、余計な手間を掛けさせてしまったみたいだ。これはもう、ラウル殿下に少しでも疲れが見えたら丁重にお抱えして、星見台まで上り切ろう。
私に出来る恩返しなんて、それくらいだから。




