王都にお出かけ!【2】
「リーネはまだ王都をゆっくり見ていなかったよね。ここが1番賑やかな通りで、この先に広場がある。ゆっくり歩いて行ってみようか?」
人通りの少ない場所で馬車を降り、ラウル殿下に手を引かれたまま王都のメインストリートにやってきた。
平日の昼下がり、華やかな店々の看板が立ち並ぶ通りには、人が溢れていた。
すれ違う人とぶつかる程ではないが、余りの人の多さに足がすくむ。
「リーネは行ってみたいお店はある?」
…………。
ラウル殿下が話しかけてくれるのに、声が上手く出てこない。どうしよう……。
「リーネ?」
殿下は私の手を握り直すと、もう片方の手で私の目を覆った。
「人が多くて驚いたの、かな……?ほら、僕がこうしてたら、何も見えないから」
ラウル殿下は頭が良いはずなのに、どうして時々こんなに子供っぽい事をするのだろう?
「で、殿下……。流石にずっと、こうしている訳には……」
「ははっ、確かにそうだね。でもリーネを苦手な場所に連れて来ちゃったのは僕だから、落ち着くまではこうしているよ」
なんて変な人なんだろう。
私が大丈夫というまで、ずっとこうしているつもりなんだろうか?
なんだか少し、馬鹿らしくなってきたぞ。
「殿下っ、あ、あの、大丈夫ですからっ」
「えっ?もう?!」
おかしいな。本当にさっきよりは気持ちが楽だ。
「行きましょうっ、ほら。せっかく来たんだから、街を見て回らないと」
私は目の前にあるラウル殿下の手をそっと外し、繋いでいた手を握り直すと、街の喧騒へと足を踏み入れた。
*
おかしい。こんなに沢山の人が近くに居るのに、心がザワザワして来ない。
ラウル殿下が、昔おばあちゃんがしてくれたように私の手を握っているからかな?
「こうして、暫く歩き回っていたらさ、来るはずなんだよ。この好機を逃すことは無いと思うんだよね、流石のあの人でも」
「?」
「あ?いやいや、心の声が出ちゃってたよ……。気にしないでっ……、ーー本当、リーネの前だと何でも隠せなくなっちゃうんだなぁ。気をつけないと、ね」
ラウル殿下はそう言い私の手を引き寄せ、目的のお店でもあるのか路地へと入った。
◇
「ここのケーキが美味しいと聞いたんだ。焼き菓子は手土産に人気らしい」
ラウル殿下に連れられ入ったお店は、こぢんまりとしたパティスリーだった。奥にはテーブル席も有り、先客がゆったりとティーカップを傾けている。
店先でケーキと飲み物を頼み、ラウル殿下と2人で店の奥へと進む。
「リーネは1つで良かったの?直ぐに食べ終わっちゃうよ?」
お店でケーキを食べるなんて初めてで、今も気を確かにするべく深呼吸を繰り返している。ケーキ1つどころか、このお店の空気でお腹がいっぱいになりそうだ。
「だ、大丈夫です。お腹いっぱい、なので」
「えっ?そうなんだ?朝ご飯食べ過ぎた?」
「いえ、空気が、美味しく、て」
「あ、確かにそうだね。焼き菓子の焼ける匂いがするから、空気も美味しいね。リーネは良く気が付くね」
ラウル殿下に妙な所を褒められ、途端に気恥ずかしくなる。
「…………」
「ん?」
ラウル殿下が小首を傾げ、私の顔を覗き込んできた。薄紫の瞳が優しく揺らめく。
” バンッ ! ”
脳内で小さく爆発音が響いた。
私はうかつにも、見てはならないものを直視してしまったようだ。
綺麗をまとった人って怖いっ……。不意打ちの破壊力に眩暈がする。
目の前のテーブルには、先ほど頼んだケーキが次々と置かれ、そのケーキ皿の隙間にやっとの事でティーセットが乗せられた。
「これ、全て殿下が頼まれたのですか?」
「どれも美味しそうだったからね。リーネもどう?」
以前もラウル殿下に焼き菓子を勧められたけど、もしかして、いや、この殿下は人に食べさせるのが好きなのでは?
「ほら、これなんて間に挟まれたムースが美味しそうだよ」
ラウル殿下はそう言い、一口サイズにカットしたケーキを私の口元に運ぶ。
これを食べたら、また私の脳内で爆発音が……、いや、音だけでは済まないかもしれない……。
青ざめつつ口を閉じたままでいると、懇願するように殿下の紫の瞳が潤んだ。
(くっ、それはあざといっ、天然じゃなくてあざといですっ、殿下っ!)
昂る気持ちからプルプルと腕が震える。魔力暴走の一歩手前だ。
(だめっ!任務中、こんな素敵なお店で魔力を暴走させるなんて絶対にだめっ!)
私は昂る感情の原因となっている、目の前に差し出されたケーキに食らいついた。
″パクッ″
ラウル殿下の瞳が驚きと共に、嬉しそうに見開かれる。
「食べて、くれた……」
ラウル殿下は忙しく手元を動かし、今度はアップルパイを切り分けている。
「これは、オススメの札が付いていたんだ。きっと美味しいはず」
また、一口サイズにされたパイが私の口元に差し出された。
″パクッ″
私は魔力暴走を回避する為、次々に差し出されるラウル殿下からのケーキを全て平らげた。
◇
食後の紅茶を飲みながら、ラウル殿下は凄く満足げな顔をしている。食べ終えたケーキ皿を数えると、ザッと10枚。そりゃ満足だろう。
「ラウル殿下は、いつもケーキをこんなに沢山召し上がるのですか?」
「いや‥‥。普段は街に視察に出ても、カフェには入らない。甘いものは嫌いじゃないけど、特に必要って訳ではないからね」
やっぱり私に食べさせたいだけだったのか??
私のお腹はもうはち切れんばかりにパンパンだ。殿下は私以上に食べているのに整然としている。‥‥解せない。
「ところでリーネはどこか行きたい所はある?もう少し街を視察してから帰ろうと思うのだけど?」
ラウル殿下が気を使ってくれているのは分かるが、そもそも街歩きには馴染みがない。
でも、敢えて行きたい場所というのなら……。
「あの、塔には行けますか?月の塔……」
「月の塔」は王都の中心にあるシンボル的な建物だ。
古くは国政を星読みに頼った時代もあり、空を眺める目的の為だけに造られた塔だという。
私がおばあちゃんから伝え聞いたのは、その「月の塔」は魔術師達によって建てられ、私の先祖となる魔女も建築工事に関わっていたということだ。
当時の技術では到底建てられないだろう、王城の天守よりも高くそびえたつ「月の塔」は当時の魔術師、魔女達の力を集結し造られている。
筋肉系魔術の私の先祖は、おそらく大量のレンガを運び、物理的な部分で建造に貢献したに違いない。
その運んだレンガがどれほど膨大な量で、その塔がどれほどの高さがあったのか?それをこの目で見てみたかったのだ。
「へぇー、『月の塔』ね。……良いと思う。僕達の守りも手薄になるし、もってこいじゃないかな?目的は恐らく僕だから、手出しさえしてくれたら実行犯から主犯を辿れるし、もし捨て駒であっても虚偽の供述をさせて、奴を追いやるくらいは可能だからね……」
いやいや、殿下の言ってる事って何?
突然何かの戦略でも考え出しちゃったの?
「うんうん、そうだね。それで行こう」何に納得したのか、ラウル殿下はそう言いニコリと笑った。
私の手にラウル殿下の手が重ねられ、
再び手を繋いだ私たちは店を後にした。




