ゼインという男
薬作りの為に借りている庭師の小屋は、王城の西側にあり木立の奥に建っている。
日当たりの良すぎる西側は華やかなバラ園や花壇が無く、人の訪れも少ないから私には安心して通える場所だ。
だがその分整備が疎かになっているのか、庭師の小屋まで続く狭い石畳の道は、隙間から雑草が生えてきてしまっている。
(これじゃ、貴婦人の華奢な靴では歩けないよね)
私は愛用の編み上げブーツで雑草を踏み倒しながら、デコボコした石畳を歩いていく。薬作りをする時は騎士服を着ていないので、人目を集めなくて気楽だ。
私服の上に魔女のローブを羽織っているから、逆に不審者っぽい姿なんだけどね‥。
騎士様達は私だと分かっているので、横目でチラッと見るだけで通してくれる。
(ええっと、出来ている薬を出荷用の小瓶に分ける作業と、昨日乾かしておいた薬草の確認をして……)
今日の作業予定を頭に浮かべながら、コソコソと人目に付かない様に小屋へと急ぐ。
背の高い木々が立ち並ぶ中、石畳の途中で立ち止まっている男性の姿が見えた。後ろ姿だけで顔は全く見えない。
(こんな所に人!?誰だろ??)
背が高く髪は金色っぽいが、見慣れたラウル殿下の姿ではない。
うーん、でもどこかで見たような……?
目の前には狭い石畳の道。このまま先を急げば、間違いなく目の前の男性を追い抜かすことになるだろう。
うん。遠回りしよう。
石畳を降りて隣に広がる木立の中を歩けば、見知らぬ人との接触を避けられる。
そろそろと男性に気付かれないように、湿った土を踏みながら木立に身を隠す。
(それにしてもあの人、何であそこに居るんだろう?何してるの?)
遠目ではよく分からないが、男性は石畳を見つめ固まったように動けないでいる。恐らく石畳の上に何かがあって進めないのだろう。
どうせ蟻の行列かナメクジでも居るに違いない。
服装からして貴族様だから、慣れない自然界の生き物でも観察しているのだろう。
(こんな所で見知らぬ人に見つかって、呼び止められたら厄介だな……)
木々に身を隠すようにして小屋を目指す。
遠回りになるけど、気付かれないようにドアを開けて中に入り込めたら私の勝ちだ。
”ガサッ”
しまったっ……。ローブが枝に引っ掛かったぁ……。
” 不味いっ”と思い振り返ると‥、あぁ無念っ!男性と目が合った。
「おーいっ!!」
明らかに男性は、私を呼んでいる。
「そこの奴っ!ちょっとこっちに来いっ!これをどうにかしてくれっ!」
もしここがミンカッセの森の中だったなら、知らないフリをして一目散に逃げるのにっ!
だが残念ながら、ここは王城の敷地内だ。
もし後から逃げたのが私だとバレてしまったら、どんなお咎めがあるか分からない。
私は渋々、男性の元へと歩いていった。
「こ、これだ。こいつをどっかにやってくれ」
石畳にチョコンと居座っているのは、まだそれ程育っていない幼いカマキリだった。小さな鎌を振り上げて、可愛らしいポーズを決めている。
私は無言でカマキリを手に乗せ、木立の方に放った。
ポトンッ、と地面に落ちたカマキリは迷惑そうに首を振り、落ち葉の上を歩いていく。
「助かった……。城の庭で、あんな攻撃体制の虫に出くわすとは思わなかった」
私もこんな事で呼ばれるとは、思いもしませんでしたよ……。
「お前は城の使用人か?今の事は誰にも話すなよ。……とは言っても私が誰だか分かる訳もないか……。そうだお前、そのフードを取れ!私がお前の顔を覚えてやるからな。もしさっきのことをバラしたらお前、即クビな?!城ではもう働けなくしてやる。大人しく顔を見せるんだ!」
理不尽な事ばかりを言いイキリまくっているこの顔には、やはり見覚えがある。
(ローブのフードを取らない方が、この人の為にも良さそうなんだけど)
フンフン鼻息の粗い男性は、見た目はそこそこ整っているのに全く素敵に見えないのは何故だ?ラウル殿下のように紫の瞳を持っているのに……。
この状況から走って逃げ出す事は出来るけど、ローブ姿を見られてしまっては、後で誤魔化しは効かない。
(ふーーーっっ)
私はひとつ、大きなため息を吐いて、フードを取った。
「ふっ、ははっ、はは……。そういうことか……。お前、ラウルの所の魔女か」
(軽く笑って動揺を隠したな?この殿下)
顔を引きつらせて無理やり笑っているこの御仁は、紛れもなくゼインという名の王弟殿下だ。
ラウル殿下が馬鹿にしていた叔父上様。
「私は、呼び止められたので……来ました。王弟殿下……」
「まぁ良いだろう。私がこんな場所に来たのもお前と話をする為だからな。神の采配だ。私と魔女は出会うべくして出会った。そういうことだ」
(そういうことって?この人訳わからない……)
「こんな所で立ち話も何だからな、魔女の小屋に入れてくれないか?茶くらい出せるだろう?」
(うわーっ、絶対に嫌っ!茶どころか空気も吸わせたくない……)
心の中に、もの凄く強い嫌悪感が生まれ出す。
「あいにく……、小屋の中は薬の材料に使う、毒虫を……、飼っておりますので‥」
私にしては頑張ったぞっ。よく嘘を吐けた。
「毒、虫……。いや、またの機会にゆっくりと話をしよう。私の暮らす離宮に招待して、魔女が口にした事も無いような最高級の茶でも振る舞おうじゃないか」
「はぁ……」
「そうだ、お前はラウルのお気に入りだそうだな。手を繋いで城の中を歩いていたらしいじゃないか?確かにそのエメラルドのような瞳も、艶やかな白い陶器のような肌も美しくは見えるが、所詮、お前は魔女だ。貴族令嬢のような家柄も品格漂う所作も有りはしない。ラウルの気まぐれに付き合って、勘違いをしないようにな」
えっ?こ、この人何言って?
「まぁ、ラウルがお前に飽きたら私の所で引き取ってやらんでもない。私のこの濃い紫の瞳は由緒ある王族の証。多少、魔女の血が混ざっても、生まれて来る子は王家の色を受け継げるだろう。まだ王位を握るには片付ける物がいくつかあるが、時がくれば側妃にだって……」
「××××××××××……」
静かに息を吸い込み、囁くような声で素早く呪文を唱える。
ワキワキと盛り上がる右腕の筋肉は、元の私の腕の5倍の太さだ。
「シューーッ」
息を吐いて呼吸を整える。いつだって力みは禁物だ。
拳を握って素早く両膝を縮める。その腕を脇腹に沿わせ、膝を曲げた腕を、上に、突き上げるっ!
「タァーーーッ!!アッパーカットー!!」
道具を持たない近距離戦をイメージし、何度となくおばあちゃんと練習した技だ。
「フワァーーーーッッ!!」
ゼイン殿下の目玉が飛び出そうなくらいに、目が見開かれる。
濃い紫の瞳がよく見えるけど不思議だな……。ラウル殿下の瞳みたいに綺麗だとは思わない。
「シューーーッ……」
私は握った拳をゼイン殿下の顎の下、当たる寸前で止めて息を吐き出す。
「私はラウル殿下の護衛です。お分かりいただけましたか?」
「あ、あい……っ」
「はい」も言えなくなり可愛い返事になってしまったゼイン殿下は目に涙を浮かべている。ちょっとやり過ぎただろうか?
「虫もお嫌い、ですよね?私はいつでも虫を持って殿下の所にお伺い出来ますよ……。今日の事は不敬罪に問われますか?」
「……しませんっ」
「分かっていただけて、良かったです」
もう一分一秒もこの場に居たくない私は、爆速で小屋の中に逃げ込んだ。
◆
「何だ、何だったんだ、あの魔女は……。あの動き……」
高鳴る鼓動の意味を探し、頰をうっすら赤く染める王弟、ゼイン殿下だった。




