庭師の小屋【2】
″ドンッ ドンッ ドンッ″
日が落ち、辺りが夕闇に閉ざされた時間だというのに力一杯、小屋のドアを叩く音がする。
殿下か……。
私が庭師の小屋を、薬作りの作業場に使うようになってから「安全確認」と称して、時折ラウル殿下が訪れるようになった。
「おーいっ!私だっ!」
名乗りもしないのに分かってしまうのが少し嫌だ。
「ラウル殿下、そんなに頻繁にいらっしゃらなくても大丈夫ですよ」
殿下の後ろで見知った騎士がジロッと私の顔を見る。今の私はローブを着ていないので素顔が珍しいのだろう。
「少し失礼する。薬作りの邪魔はしない」
ラウル殿下は相手が拒否できないと分かっているので、まあまあ強引だ。
「お構いできませんが……」
そう言ってドアを開くと、ラウル殿下は輝くような笑みを一瞬浮かべ、軽やかな足取りで中に入ってきた。
続いて入って来た騎士様が、遠慮がちにドアの近くに立っている。
ラウル殿下はいつものように、炊事場の近くに置かれた小さな丸テーブルに行き、質素な木の椅子に腰掛けた。
何が楽しいのか、ここを訪れたラウル殿下は、私の作業を眺めてから帰るのだ。
魔女の薬なので、材料を調合した後は魔力を加えて反応を見る。
季節により温度と湿度も違うので、作る度に少しずつ反応が違ってくる。材料となる薬草や生き物の素材によっても反応はマチマチだ。
魔力調整をしながら、薬の効果を高めていく。
「今、色が紫色に変わったのはどうしてだ?」
ラウル殿下は、私のする事を逐一観察して質問してくるんだよね……。
「これは私の魔力を注いだ事で性質が変わったからです。そのままだと只の栄養剤ですが、私が魔力を注ぐ事で筋肉疲労を回復させる薬になります」
ラウル殿下とは一緒にいる時間が長いので、だいぶ普通に話せるようになってきた。
「その窓辺に並んでいるのは透明だが、それも薬なのか?」
「これは、月の光を溜めている水です。魔女の力を高めてくれるので私の水分補給用でふね」
あ、やっぱり舌が回らなかった。
「僕が飲んでも効果は無いのか?」
「これだけだと効果は特に無いですが、私が魔力を注ぐと体力の回復効果はあるかと」
「僕が……、飲んでみても構わないか?リーネの魔力を注いだ、その水を」
ドアの近くに控えていた騎士様がびっくりした顔をしている。絶対、殿下を止めなければと思っているはずだ。
「毒ではありませんが、良いのでしょうか?私が作ったものなどを口にして?」
「もちろんだ!僕が良いって、飲みたいって言ったんだからリーネが気にする事は無いんだよ。ね?飲ませてくれる?」
ゴクリッ。緊張で喉が鳴ってしまった。
「こんな物飲ませてっ、けしからんっ!」って私、後から不敬罪で罰せられないよ、ね?
コクリと頷き、恐る恐る窓辺の水が入った瓶に手を伸ばす。
いつもの様に、手の内から溢れ出る魔力を、瓶のガラス面を通して中の液体に行き渡らせる。
見た目の透明感は変わらないのに、月の光と魔力の混ざった水は怪しい光をまとう。
「どうぞ」
ラウル殿下が腕を乗せていた丸テーブルへ、水の入った瓶を置く。
「コップ、入りますか?」
「いや、このまま頂こう」
ラウル殿下は瓶の細い飲み口に唇を付けながら、ゴクゴクと一気に飲み干した。
「一気にいきましたね」
「あぁ。もったいないから、もっとゆっくり飲めば良かったと、飲んでから思ったよ」
なんだろう?こうやって天然っぽさを少し出してくるのは、態となのか?
「お体に合えば、いつでもお作り出来ますので」
「…………」
「殿下?」
「あぁ、なんでも無い。お水ご馳走様。今日はもう、帰るね」
ラウル殿下は水を飲んで満足したのか、そそくさと騎士様を連れて立ち去った。
急いでいるみたいだから、何かこの後に用事でもあるのだろう。




