庭師の小屋
昼過ぎまでラウル殿下の護衛を務めたら、夕方からは薬作りの仕事をする。
いざ薬を作ろうと思うと水もカマドも必要だったので、やっぱり何処か小さなアパートメントに引っ越したいとシエルさんに申し出た。
「ダメです」
うっすらと微笑みながらも、シエルさんの答えは明確で簡潔なものだった。
ならば何処で作業する?と持ちかけると、シエルさんが今は使われていない庭師の小屋を進めてくれた。
以前は住み込みで勤める庭師が居たそうなのだが、その庭師が辞めて依頼、綺麗なまま使われていない小屋があるというのだ。
案内してもらい中を見てみると、狭いながらも炊事場、ベットルームと必要な物が揃っているではないか!
「シエルさんっ!私、ここに引っ越しても?!」
シエルさんは私に憐れむような視線を向けながらも、優しく穏やかな表情で、
「駄目です」
とキッパリ言い放った。
◇
その取りつく島もない言い切りっぷりから、私が小屋でひとり離れて暮らすのは、王家からのNGなのだと分かった。
やはり得体の知れない魔女には豪華な部屋を与え、丁重にもてなすと見せかけて監視を付けておきたいのだろう。
魔女といっても私に出来る事なんて、ただの筋肉技なのに……。
それでも小屋の使用許可はもらえたから、これで薬作りの場所には困らない。ミンカッセの森小屋にいた時のように、おばあちゃんから学んだ薬作りを丁寧にするだけだ。
*
私の両親が流行病に罹った時、おばあちゃんの薬でも治すことは出来なかった。
元々、筋肉魔女の魔力を込めた魔女の薬は、その性質として健康な体を酷使した時の疲労回復や、健康維持の為に使われる物だ。
既に病にかかり、症状が出てからでは遅すぎた。
病の進行を遅らせることは出来たけど、徐々に弱っていく体は治せない。
「私の力が、もう少しでもあったらねぇ」
おばあちゃんが、そんなしおらしい事を言ったのは、後にも先にも両親の墓に花を手向ける時だけだった。
それまで筋肉魔術が得意で薬作りは適当だったおばあちゃんが、新たな薬作りに取り組み始めたのは、やっぱり息子夫婦を助けられなかった後悔からだろう。
薬草が多く生えるミンカッセの森に小屋を建て、新たな薬作りに挑みながら歳を重ねるうちに、おばあちゃんはいくつかの新薬を作り出した。
この新薬は効果が非常に高く、街で売り出すと直ぐに売り切れてしまう人気商品になっていった。予約待ちまで出る程の薬の売れ行きのおかげで、おばあちゃんと私は暮らしの糧に困ることが無くなった。
ただこの新薬は傷薬と毒消しだから、やっぱり病は治せないんだよね。
そういうところがおばあちゃんの薬っぽくて、私は薬を作る度におばあちゃんの人柄を思い出す。
ーーおばあちゃんは逞しくて賢くて、でもちょっと不器用な人だったな。
今でも私の中にはおばあちゃんとの思い出があって、何かあると大切な言葉達が語りかけてくる。
「リーネ、特別なのは悪いことじゃない。ただ、分かり合えない人が多いだけさ。リーネが困ってるのは、そう言う事だろ?」
いつも俯いて、人目を避ける私に言ってくれた言葉。
「割れ鍋に綴じ蓋さ……。
この世の中には色んな人がいるけど、合う人は合う。
魔女にだって、ちゃんと分かり合える人はいるもんさ。
その人が現れるのは、いつになるか分からないけどね。親友か、愛する人か、どんな相手だとも言えないねぇ。
ただ、その時を楽しみに待つだけさ。
まぁリーネの爺さんは、見つけた時には直ぐつかまえてやったけどね。
あんな人、どこを探したっていないんだからさ」
私は会ったことのないおじいちゃんの話をするおばあちゃんは、幸せそうだけどどこか悲しそうだった。何故か泣かないで欲しいと強く願ってしまう。
でも時々、今は亡きおじいちゃんへの文句を口にしながら薪を割っていたな。
うん、そんな相手がいるのも、もしかしたら幸せなのかも知れない。
あのおばあちゃんの粗雑さが懐かしい。
やっぱり会いたくなるな……。
*
庭師の小屋で、ミンカッセの森で摘まれた薬草を仕分けしていると、ツラツラと思い出されるのはやはりおばあちゃんのこと。
しばらく薬を作っていなかったから、予約が結構溜まっているらしいし、下準備が済んだものからドンドン作っていかなくちゃ。
おばあちゃんが残した魔女の魔法薬は、筋肉魔女の魔力でしか作れない、特別な物なのだから。




