〜ラウルの策略〜(ラウル視点)
「だから、さっきのはまだ早かったんじゃないか?って言ってるんだっ」
せっかくリーネと朝食を食べるという至福の時間を用意していたのに、ちょっと僕が動揺しただけで強制退場させられてしまった。
「珍しいですねラウル様。今までは感謝のお気持ちをお伝えになる事はあっても、文句を仰られる事などありませんでしたのに。人らしくなられて……」
「ヴィンセントは失礼だな。僕だって人らしい感情くらいあるよ」
「ほぅ?」
「今まで身の回りにある物は全て、僕にとって優先順位が高くは無かったんだ。
特別に望むものなんて無いし、それが無いと駄目なんて思うようは物はない。
目の前の仕事に集中していれば、それだけで僕は満たされていたのだから……。
僕は私情を挟まずに、国に尽くすことが役割なのだからね」
「私もそれを心配しておりました。どこかで息抜きをされないと、お体もお心もいつか壊れてしまうのではないかと」
「ヴィンセントが……僕に色んな娯楽を進めてくれたけど、どれも……仕事以上には興味が持てなかったんだよね。こう、心が喜ぶみたいな感覚を、僕は、リーネに会って……初めて知った」
そう、僕は自分の意思で彼女と時間を過ごそうとしていたんだ、それなのに……。
「これからはラウル様のお気持ちを考慮した上で、強制退場するか否かを決めさせていただきますね」
………………。
なんだかこれじゃ、僕が我儘を言っているみたいじゃないか‥。
ヴィンセントの言葉は、遠回しに僕が側近達に特別な気遣いを要求しているのだと伝えてくる。
「……いや、今まで通りで良い。皆の判断と働きは見事だから」
どうやら僕は、我を通しすぎてしまったらしい。
側近の彼らは全く悪くなんかない。
「ラウル様。焦らずともリーネ様とのお時間はまだございます。急いて好感度を下げるような行いはなさいませぬよう」
ヴィンセントは僕をよく見ているから痛い所を突いてくる。馬車という個室に僕と同乗して以来、リーネには上手くあしらわれている気がするんだ。
「リーネとの関係について、僕が導き出した結論は間違っていないはずなんだけどな」
僕はリーネの側に居ると決めたから、その為の方法は考え抜いたんだ。
それが間違っているとは思えない。
「相手のお心もありますから不確定な要素があるのは否めませんよ。でも、私は全く心配しておりません」
そう、僕がどんなに考え抜いたとしても、リーネの全ての情報を僕が知っているわけじゃない、
だからこそ、僕は少し不安だったんだ。
「何故?どうしてそんな事が言えるのさ?」
「私は、ラウル様を見てきましたから……。勝率は100%ですよね」
「あぁ。もっと良い結果が出せた可能性を考慮しないのならね。納得出来るレベルの結果であれば100%だ」
「ですよね。焦らずに、行きましょう」
「そうだな」
僕はどうやら恋に浮かれて焦っていたらしい。恋?いや、愛かもしれない……。
それに気付かせてくれたヴィンセントに感謝だ。僕がこの恋に浮かれて舞い上がらず、着実にリーネとの繋がりを深めて行けたらきっと‥‥その先には、僕の考えた通りの未来が……!
◇
僕の執務室は兄である王太子のそれよりも広い。
兄は外向きの仕事が多く、僕は内向き、実務を主にこなす為に持ち込む資料も膨大だし、事務官の居場所だって必要だ。
それに僕は考え出すと歩き出してしまうので、部屋の中には歩けるスペースが欲しい。
でも考え事が深遠に達すると、部屋では足りずに外へ出てしまうのだけどね。
もし部屋の外に出てしまったら騎士が追っかけてくれるのだけど、リーネがそれをしてくれるのなら、僕はどこまでも遠くへ歩いて行きたい……。
だって、気が付いた時にはいつもリーネが側にいるんだ。
遠くまで行ってしまった方が、リーネと長い時間を過ごせるだろ?
僕とリーネは並んで歩き、一緒に城まで帰るんだ。
その時、もしかしたら僕らは手を繋いでいるかもしれない。
その時の為に、僕は、今すぐにでも思考の中に入って歩き出してしまいたいと、そう願ってっ……!
あぁ!まずいっ。
こんな妄想に入り込んでしまうのは初めてだ。
僕の頭はこういう事にさえ暴走してしまうのか?……厄介だな。
こんなに僕が浮かれていたら、いつかリーネに気づかれ引かれてしまうかもしれないな。
早くいつもの仕事脳に戻して、溜まった書類を片付けなくては。
◇
” コンッ コンッ ”
「リーネ、です。参りまし……た」
ドアの向こうにリーネが来てる!
リーネはちょっとオドオドした所があるんだよね。
でも、そんなリーネが強く逞しいなんて凄いギャップだし、僕は彼女のそんな繊細な所も好きなんだ。僕も話すのは苦手だから、彼女の気持ちは少し分かる。
「どうぞ、入って!」
リーネが僕の執務室に来てくれた事が嬉しくて、声が少し高くなる。
もう少し、低く響くような大人の男の声を出したかったのに。
警備の騎士がドアを開けると、そこにはガルデンリバー国の騎士服を来た美少年風のリーネが立っていた。
(っっっっっうわぁぁぁぁぁぁぁぁあっ………………‼︎‼︎)
駄目だっ、これは僕以外の人が見てはいけないものだっ。
髪を後ろに一括りするなんてずるいだろ?!
首が……首筋か……見えてしまっている。
「失礼、します」
伏せ目がちに部屋に入ってくるリーネの姿を、室内にいる側近や事務官達がピクリとも身動きせず目で追っている。
駄目だっ、駄目だっ!
愛らしい花弁のような耳が、丸見えじゃないかっ!
その緩やかなフェイスラインだって、惜しみなく見せられてしまったら、触って柔らかさを確かめたくなるだろ??
これは、緊急事態だっ!
この事態にどう対処するべきか、頭の中で急いでシナリオを組み上げる。
「やぁ。リーネ。よく似合って、いるね。髪は束ねたの?」
駄目だっ、こんな挙動不審な態度。また側近達に強制退場させられてしまうっ。いや、僕の執務室だから退場は無いのか?
シナリオを練りたいのに、目がずっとリーネを追ってしまっているから、集中なんて出来やしない。
「シエルさんが、結ってくれて……」
シエルよくやった!じゃない、やり過ぎだっ。
駄目だっ、冷静にならないと。僕がこの恋を、愛を叶えるためには冷静な行動と判断が必要なんだ。
落ち着けーっ、落ち着くんだ僕の心臓っ!
「……リーネ。とても素敵な姿だね。本当によく似合っている。ただ君の姿はどうやら人目を引いてしまうようだ。どうだろう?君は普段ローブを着ていただろう?こうフードを深く被って。だから特別に、騎士服の上に着られるローブを手配しよう。夏には日避けにもなるからね、丁度良いだろう?僕もリーネを意識し過ぎないでいられるし、君を周りの目から守ることもできる。君の姿を見てしまったら、僕のように、近づこうとあれこれ画策するような、良からぬ奴も出てくるだろう?その稀有な美しさを見せつけない為にもローブを……」
「殿下っ!!!」
ヴィンセントが間髪入れずに僕の暴走を止めに来た。
話の途中で本音がダダ漏れするような暴走は、僕も初めてだ!
「御前大変失礼いたしました。殿下の足元に虫がおりましたので」
そう言ってヴィンセントは僕の前にかがみ込み、虫を紙に包んで取るふりをした。
リーネは僕の話が長くなり始めるとボンヤリとしてしまうので、どうやら今回も真面目には聞いていなかったみたいだ。
切ないけれど今回ばかりは助かった。全てを聞かれていたら僕の重い気持ちがバレて、怖がられてしまうかもしれない。
まだ僕の本心は、ここでバレてはいけないんだ。
ゆっくり、ゆっくり、絆を深めていかないとね。




