未知 2
バスターミナルで長野行きのバスを探す陽太と美月。
チケットはタクシーに乗りながらスマートフォンで購入した。新幹線を使った方が早くて楽だったが、深青園とされる場所の住所に近い停留所にはバスで乗り継いだ方が便利だった。それに、あまりにも荷物が少ないのと汚れたつなぎ姿が気になって新幹線は乗りにくかった。
もともとバスで行く予定だったのだからと前向きに考える陽太。
「あ、これだ。間に合って良かった……」
二十一時発の長野行きのバスを見つけ乗車する二人。
席は左側の後ろから四列目だった。
「美月、窓側がいい? 」
「私は通路側でいい」
美月がハッキリそう言ったので、陽太は遠慮なく窓側の席に座った。そして隣にトートバッグを大事に抱えた美月が座る。
平日の夜とあって乗車する人は少ない。
陽太たちが席についてしばらくすると大学生らしき若い男女が後ろの席に座った。
「私、窓側がいい~」
「だったら早く座れよ」
「ねぇ~、こんなガラガラなのに何でこの席なの~」
「知らねーよ」
ギャルっぽい女のキンキン声が車内に響く。
すると美月はトートバッグからポータブルオーディオを取り出した。
「持ってきてたんだ」となりで陽太が少し驚いていた。
「出掛けるときは持っていくよ」
まるでこうなることが解っていたような口ぶりにの美月。
彼女はイヤホンを耳に入れスタートボタンを押した。そして世界を遮断するようにゆっくり目を閉じた。
かすかに零れるハードロックのリズム。
目を閉じてしまうと、あの男の姿が浮かんでしまうので、陽太はただボーっとバスの中を見回していた。
「まだ出発しないのかな? もっとお菓子買ってこればよかった」
「夜に食うと太るだろ。もっと太りてーのかよ」
「んもうっ。これでもダイエット頑張ってMサイズキープしてるんだから」
「はいはい」
後ろのカップルのくだらない会話が、不思議と陽太の張り詰めた気持ちを緩和させていた。
バスには二十名ほどが乗車した。
ほとんどがスーツ姿のサラリーマンといった感じだった。おそらく出張であろう。
「おまたせしました……」と運転手の挨拶があり、バスの扉が閉まる。
大学のスキー旅行等に無縁だった陽太が高速バスに乗るのは、高校一年のクラス親睦会と銘打った遠足のような行事以来だ。
「あっ、動いたよ! 」
バスが発車して後ろの女のテンションも上がった。
「小学生かよ……」男の方は本気で呆れている様子だった。
徐々に加速していくバス。美月はひとりの世界に入っているので、陽太は仕方なく窓の外を眺めた。
暗闇に自分のシルエットが映し出される。
これから先のことなど考えられなかった。自分は結局家族を傷付ける。陽太は怖かった。
美月を落ち着かせるため、深青園に行ってから警察へ向かうと言ったものの、ノートに事実が書かれているのかも解らない。深青園が見付からなければ、木が見付からなければ、残骸がなかったとしたら、この行動には意味がなくなる。
美月の母が警察に何を話したかも解らない。そもそも警察へ行ったのかさえ解らない。
陽太はじんわりと手に汗をかいた。
東京の街のネオンが流星のように消えてなくなる。
陽太は深青園で見た星空を思い出した。あのキレイな空をまた見られるのだろうか。
バスはあっという間に高速に入った。
美月はいつの間にか眠っていた。小さく呼吸しながら陽太の肩にもたれかかる。
その柔らかい温もりに安心した陽太は微笑みながら優しく手を握った。
「この間ネットで見つけたんだけどね。一人の人間がこの世に生まれてくる可能性って、一四〇〇兆分の一なんだって! 」
「へー、そうなんだ……」
「スゴくない? 宝くじレベルじゃないんだよ! アメリカの大統領になるよりスゴいってこと。もう、奇跡だよね」
「奇跡だな……」
「なにその気の抜けた返事。人の話聴いてる? 」
後ろのカップルの会話を子守歌に、陽太もいつの間にか眠っていた。
陽太は猛烈な暑さと激しい痛みで目を覚ました。
目を開けているはずなのに視界は真っ暗だった。そして自分が床に倒れ込んでいることに気付く。
何事だと思い、彼はそばにあるイスに手を掛け痛みを我慢して立ち上がった。
「……た……たすけてくれ……」
そんな声があちこちから聞こえた。
「バス……? 」
薄らとした灯りの中、陽太はその地獄絵図のような光景に震え上がった。
バスの前方は大きく大破し面影もなく潰れている。所々から炎が上がり、後方も窓ガラスが割れ、様々なものが散乱していた。
うめき声とシンナーの匂い。吐きそうになり口をふさごうとした手は真っ赤な血に染まっている。
頭が真っ白になる。しかし彼女のことだけは忘れていなかった。
「美月……美月っ……」
激痛の走る左脇腹を押さえながら陽太は美月を探した。
そして座席の下敷きになっている美月を発見する。
「美月! 」
陽太は美月の上に覆い被さっている鉄くずや窓の破片、変形した座席を一心不乱に投げ飛ばした。
仰向けで倒れていた美月の額からは血が流れていた。
目を閉じたまま、身体を揺さぶっても呼びかけても反応はない。しかし呼吸はしているようだった。
「どうして……どうして……」
美月の身体を抱き寄せ、床に崩れたように座る陽太は震えて泣くことしか出来なかった。
「おい! 生きてる奴いるのか! 」
その声は後ろの席に座っていた男のものだった。
声がする方を見る陽太。男と目が合った。
「ここから外に出るぞ! 手伝ってくれ! 」
男はバスの一部であろう鉄パイプのようなもので後方の窓をたたき割っていた。
美月を床に寝かせ駆けつけた陽太。転がっていた座席の部品を手に取り、近強く窓を叩く。
「一体どうなったんだ? 」窓を割りながら尋ねる陽太。
「多分追突だ。ここはトンネルの中だ」
その言葉にゾッとしながらも懸命に窓を割る。
「連れの人、どうしたんだ? 」
バスの後方には男と美月以外見当たらない。陽太は不思議に思った。
「衝撃でこの窓から放り出された。喋ってる暇はねーんだ。ガソリンが漏れてる。爆破するぞ」
ショックを受けている暇もなかった。うめき声がそうさせた。
まるで怒り狂ったように何度も何度も窓を叩いた。破片が顔を切りつけても気にならないくらい必死にガラスを砕いた。
そして人が抜けられる程度の穴を開けることができた。男は鉄パイプを投げ捨てバスの外に飛び降りる。
陽太は美月を抱きかかえ、窓枠に足を掛ける。そして迷いなくジャンプした。
「うっ……」
着地は上手く出来なかった。足に力が入らなく転倒してしまう。しかし美月のことはしっかりと抱きしめていた。
男が言った通り、そこはトンネルの中だった。オレンジ色のスス汚れた灯りがバスを照らしている。
後続の車が遠くに見えた。男の姿は見当たらない。
足下には液体が零れていた。匂いからしてガソリンだ。
陽太はバスから離れようとするが立ち上がることが出来なかった。全身で感じる痛み、しかしそれを打ち消すように必死に美月を抱え、道路を這いずるように少しずつ少しずつ前に進みトンネルの壁までたどり着いた。
端に美月を寝かせる陽太。美月のワンピースは血で汚れていた。もう、自分のものなのか美月のものなのかも分からない。
顔を上げた陽太は更にショックな光景を目の当たりにする。
バスの前には大きなトラックが横倒しになっていた。そしてその先に何台か乗用車が玉突き事故状態で破損し大きく炎を上げていた。その視界もだんだんと黒煙で見えなくなってくる。そして、ついさっきまで乗っていたバスからも窓から炎が上がり始める。
陽太はなるべく遠くへ離れようとするが、もう美月を抱える力がなかった。仕方なく美月の腕を引くかたちで移動する。
「はっ……はっ……」とても息苦しかった。呼吸が上手くできない。それでも陽太は必死だった。
汗と一緒に流れる血がポツポツと道路に落ちる。
「あっ……」汚れた手のせいで美月の腕を離してしまう。
限界だった――。
数メートルも移動していない。しかし、それ以上動くことは出来なかった。
陽太はバスに足を向けるように美月を寝かせた。そしてその際、ワンピースのポケットからポータブルオーディオが転げ落ちた。
陽太はポータブルオーディオを拾うとあることを思い出した。
「……ノート」
深青園の、美月の重要な真実が書かれていたノート。トートバッグに入れて持ってきたノート。
バスは先ほどより激しく燃えて全てを焼き尽くしていた。
陽太は大きく肩の力を落とし、トンネルの壁にもたれるように座った。
鉄の焼ける匂いで頭も痛くなっていた。
何もかもが、どうでもよくなった陽太はポケットに入っているスマートフォンの存在も忘れていた。電話をかけたところで、トンネルの中は圏外だ。
「陽太くん……」
そう言われた気がして、陽太は寝ている美月の顔を見た。
美月の顔を触る陽太。変わった様子はなかった。薄らだが呼吸もしている。
陽太はその寝顔に微笑んだ。
ポータブルオーディオ、二人を再会させたきっかけ。
陽太は握りしめたポータブルオーディオのあるボタンを押した。
「美月…………」
あの男の言ったことは当たった。炎上したバスは爆発した。
黒煙が立ち上り、爆風はとてつもなく大きなものだった。
陽太はその爆風により身体を持ち上げられ、遠くに飛ばされた――。




