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イノセントカプセル  作者: やすビー
17/21

真実 4


 美月が陽太の顔を覗き込む。


「だ、大丈夫か? 」気を遣って声を掛ける力。


「うん。本当の親がセーラー服着た女の子って話は親から聞かされてたから」


 しかし自分も美月と同じ扱いを受けていたことに陽太は少し驚いた。


「それって親御さんが園長から聞いたってこと? 」


「二個目の施設で聞いたらしいから、深青園から情報が流れたのかもね」


「そっか」力は真面目な顔で呟いた。


 真実を知りたい。陽太と美月の思いはそこにある。


 このノートを読み終えれば真実にたどり着く。そんな気持ちで陽太はページをめくり続けた。


 途中でノートは育児日記へと変わっていた。初めて言葉を喋ったこと、寝返りをうったこと、ハイハイしたこと、つたい歩き出来たこと、歯がはえたこと、二人の成長が細かく書かれている。


 美月が月に一度化学工場へ行っていることは書いてあるが、そこで何をしたのかは園長も解らないようだった。


 庭にブランコを置いたこと、チラシの裏に絵を描いたこと、ビニールプールで遊んだこと、歌を歌ったこと、線香花火をしたこと、目を閉じなくても陽太にはその光景が思い出せた。いつも側に美月がいた。


 大きな目で「ひなたくん」と元気よく呼ぶ少女。彼女は普通の女の子だった。でも、この日記を見て陽太は園長から言われていたことを思い出した。美月は病気だから、検査に行く日が必要なんだと、毎月黒い服の人が来ると言われていた。


 今思えば、それは園長がとっさに付いた嘘だったのだろう。


 数ページ進むと力が登場した。


 力はやっとオレの出番かと言わんばかりに胸を張った。




「近所といってもスープの冷める距離がある場所で暮らしている六十代の女性から一時的に男の子を預かった。ひ孫だという。名前は永瀬力。この子には名字がある。女性は入院するという。他に預けられる場所がなくここに頼ってきた。退院したら迎えにくると言われた。五歳だというが体格が良い。短い間かもしれないが美月と陽太の良き兄になって欲しいと思った」




「園長、オレは今でも良き兄だぞ! 」と力は天井に向かって叫んだ。


 それを見て微笑む美月。


 ポッチャリ兄貴分の力が登場して幸せに溢れる育児記録。


 しかし、その先は坂道を転げ落ちるような内容だった。




「真田くんから依頼があった。庭に大きな穴を掘りたいという。理由は教えてもらえなかった。ただ、佐伯からの頼まれごとを断ったら青空の計画が台無しになってしまうかもしれないので、そこはおとなしく従った。桜の木の側に重機で深い穴を掘ることになった。子供たちが困惑するといけないので、私はタイムカプセルを作るために穴を掘ると言って、その意味を教えた。大切なものをカプセルに入れて土に埋める、そして大人になったら皆で掘り返して昔を懐かしむ。四、五歳子供たちにはまだ難しいことだったが、たくさん宝物をカプセルに入れようと喜んでくれた。力は紙粘土で車を作った。美月と陽太は私と妻の似顔絵を描いてくれた。他にも細々と宝物を作り、せんべいの入っていた缶に入れ、ガムテープでぐるぐると巻いた。私はそれを真田くんに渡した。掘ったときについでに入れて貰おうと思ったのだ。しかし真田くんはそれを拒んだ。別の場所に埋める方が良いと。桜の木の下なんて素晴らしい場所ではないかと反論した私に真田くんは教えてくれた。私は知ってしまった。重機で掘った穴に埋めるもののことを。その時は平気ではいられなかった。話を聞いただけで吐き気がした。同時に自分がとてつもないことに関わっていることに、ようやく気付いた。でも、もう後戻りは出来ない。秘密を知ってしまった以上、私たちは佐伯から逃れられないのだ。あの化学工場で造られるのは人間の完璧なコピーだ。そう、完璧でなければいけないのだ。欠陥品は不要である。でも、そう簡単に完璧なコピーを造れる訳がない。欠陥品の方が何倍も多いに決まっている。成功したのは美月だけなのだから。彼らは美月をサンプルに何体ものクローンを作った。成長促進実験も行っていた。その作業工程で不要になったクローンの肉体から使える臓器だけを取り出して海外に売っていた。子供の臓器は高く売れるらしい。そしてその残骸を庭の桜の木の下に埋めようというのだ。つまり、クローンの墓場である。正直、そんなことはさせたくなかった。でも、佐伯に従わないと自分たちはおろか、ここにいる子供たちの命さえも危険にさらされる。警察は信用出来ない。静かに生きるしかない。そう、普段通り。不安を顔に出してはいけない。しっかり子供を育てることだけが私たちに出来ることだ」



 陽太が深いため息をついて一呼吸おいた。


 しばらく誰も話せなくなっていた。


「タイムカプセルって、これのことだったんだな……」ようやく力が口を開ける。


「信じられない内容だよね」


 陽太は心配そうに美月の顔を眺めた。


 その美月の頬を涙がつたう。


「美月? 休むか? 」


 我に返ったように美月は涙を拭う。


「……何か色々思い出せてきて、カエルの解剖でおかしくなっちゃった理由とか」


「どんな理由だ? 」遠慮なく力が問う。


「私、小さいとき見たことがあったんだよ。自分とそっくりな身体が切り裂かれたりしているところ。ゴミみたいな扱いされてたところ。薄らだけど覚えてる。その後の暮らしが幸せだったから忘れてた。だけどカエルの解剖が私の深い記憶を呼び起こそうとして……こんな、なちゃった……」


 申し訳なさそうに「そっか」と言う力。


 昼はとっくに過ぎていたが食欲が出なかった三人は水だけを飲んでノートの続きに集中した。




「……力に迎えが来た。曾祖母という女性は前より痩せた気がした。この人が力を幸せに出来るか不安だったが、東京で働く力の実母に返すということだったので安心した。そう、こんな場所にいる方が危険なのだ。ムードメーカーだった力がいなくなったことで美月と陽太は少し落ち込んでいた。そして自分の迎えはいつ来るのか私たちに聞くようになった。そんなときはいつも同じことを言ってごまかした。迎えが来たら、みんなバラバラでもう会えなくなるんだよと。二人は嫌だと言ってずっと手を繋いでいた。不安になると私も妻の手を握った。そして天国の青空に祈った。青空にはもう会えない。ずっとそんな予感はしていた。そして美月を見ていて思った。人にはそれぞれ人生がある。人がこの世に誕生することはとてつもない奇跡なのだ。その成長も確かな奇跡だ。コピーは所詮コピーにすぎない。そう、全く同じように見えて他人なのだ。妻が産んだ青空だから愛しい。自分で育てた美月と陽太だから愛しい。大量生産されている百円均一の茶碗でも、力が使っていた茶碗だから愛しいのだ。たったひとつだから宝物になる。私は今更そんなことに気付いた。でも遅すぎた。月に一度の検査の日、美月は不安そうな顔でこっちを見ていた。いつものように真田くんに手を引かれ出掛ける美月。物心がつき始めた彼女にとって、それは苦痛なことなのだと知った。でも帰ってきた美月に何をしてきたのか、何を見たのかと聞くことは出来なかった。また、美月から話すこともなかった。そんなある日、佐伯が心筋梗塞で急死したことを電話で告げられた。その日は美月の検査の日であった。真田くんではない別の人間が美月を連れていっていた。私の頭は良からぬ想像でいっぱいになった。そう、佐伯が死んだということは、佐伯の妻のクローンはもう必要ないからだ。美月が殺されてしまう。そう感じた私は電話をかけ直した。何度も何度もかけ直したが全く繋がらなかった。私は絶望感で震えた。美月のことや組織のことを知っている私たちも殺されるかもしれない。何の罪もない陽太さえ。私は警察に連絡することを決めて受話器を握った。その時だった、縁側の方から真田くんの大声が響いたのだ。慌ててその場に向かうと、ぐったりした美月を抱きかかえた真田くんがいた。彼は私たちの質問には一切答えず、大事な物だけ持ってすぐに自分の車に乗るように指示された。彼は切羽詰まっていた。美月のことは心配だったが、私たちは彼の指示に従い大事なものをボストンバッグに詰めて陽太を抱きかかえ急いで車に乗った。そして深青園を捨てるようにそこから逃げた。真田くんは高速に乗るまで猛スピードで車を走らせた。高速に乗ったのは東京へ向かうためだった。私たちが何も解らずおどおどしていると彼は丁寧に教えてくれた。私の想像通り美月は殺されかけたのだという。どうやらそれを真田くんが救ってくれたらしい。佐伯が死んだことにより組織では色々な裏切り行為で揉めていたという。そして深青園の人間も生かしておくのは危ういとされた。それを知った真田くんが助けてくれたのだ。美月は命に別状はないと言われたが、何らかの障害を持つ可能性があるため真田くん自身が引き取って育てるということになった。

陽太は組織とは全く無縁だったので別の施設に移すことになった。戸籍が手に入れば、陽太は幸せにやっていける。私は手紙に陽太の産みの親とされる少女のことを具体的に書いて東京の新しい施設へ託した。手続きは全て真田くんが引き受けてくれた。突然訪れた美月と陽太の別れ。そのショックは私にも妻にも大きいもので、青空を失ったときの喪失感に似ていた。しかし、美月と陽太の幸せを考えれば仕方のないこと。二人の未来のために私たちは決意をせねばならなかった。東京に来た理由については真田くん個人に関することだった。長く付き合ってきた彼女と結婚するらしい。真田くんは組織に何かあったときのため、あらかじめ東京に家を用意していた。彼女は先にそこで暮らしているらしく、美月を娘として迎え入れることにも喜んでいてくれるらしい。東京都いう街は真田くんを、美月を、隠すために丁度いい人口密集地だ。そして私たちは千葉の田舎にやってきた。緑が多い町である。引っ越しの手続きなどは全て真田くんがやってくれた。人目につかない一軒家はどこか深青園に似ていて、真田くんらしい配慮だと思った。私たちはここで静かに暮らしていくんだ……」




 沈黙というのはまさにこのことをいうのだ。陽太は思った。


 手にしていたノートを一度テーブルに置く。


 美月も力も、どこか遠いところを見ているようだった。


「休憩しない……。昼とっくに過ぎてるし、何か食べないと」


 凍った空気を溶かすように陽太は優しく喋った。


「そうだな。コンビニで何か買ってこようか」と力が立ち上がる。


「オレも行くよ」と陽太も腰を上げた。


 二人はさりげなく美月のことを見た。


「私の分も買ってきて」と二人の視線に気付いた美月が言う。


「そおか、……おにぎりとかでいいか? 」


 なんだかぎこちない喋り方の陽太を見て美月はクスっと笑った。


「大丈夫。リストカットなんてもうしないから」


 その落ち着いた表情に陽太はホッとした。


 それでも急いで買い物を済ませ、適当に選んだおにぎりやサンドウィッチ、サラダやプリンなどを素早く部屋に持ち帰った。


 窓の外を眺めていた美月は異常に早い二人の帰宅に驚いていた。


「平気だって言ったのに」


「いや、でもさ……」言葉を詰まらせる陽太。


「美月が心配でたまらないんだって」


 力の代弁に陽太は耳を赤くさせて。すると、美月の顔も赤くなった。


「やっぱりお前らデキてんだな」


「違う! 」と陽太は力の腹を叩いた。


 買ってきたものをテーブルいっぱいに広げ、それぞれ好きなものに手を伸ばす。


 力はカツサンドを豪快に食べながら話し始めた。


「あのノートの書き方だと、佐伯が死んだあと美月に何があったか詳しく解らないんだけど、その化学工場って場所で何があったか覚えてないの? 殺されかけたんだろ。障害がどうたらって……」


「力くん、食事中にその話は……」もごもごする陽太。


「ちょとなら覚えてるよ。今思い出したこともある」美月はプリンを口に運ぶ。


 陽太が「今? 」と確認するように尋ねると美月は二度頷いた。


「話した方がいい? 」


 力は興味津々でいるが、陽太は「美月が良ければ……」と濁らした。


「いいよ。でも、プリン食べてからね」


 その後、美月から衝撃の事実が語られた。



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