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イノセントカプセル  作者: やすビー
16/21

真実 3


 自宅に戻った陽太はすかさず力に電話をした。


「力くんにも見て欲しいノートがあるんだ。明日は無理かな? 日中でいいよ。うん、それじゃ明日」


 疲れて床にゴロッと横になっている美月がしかめっ面をした。


「力くん来るの? 」


「うん。明日の昼間に来るって」


「お昼って、陽太くん明日もお仕事休むの? 」


「……休む」


 陽太も美月のように床に寝そべると、そのまま目を瞑った。


「休んで平気なの? 」


「平気じゃないよ。でも、このノートを読む方が優先なんだ」


「今、読めば」


「今から徹夜で読むのは辛いよ。それに、みんなで読まないとダメなんだ。オレと美月と力くん、このノートに書かれている内容は同じタイミングで共有しなきゃならない気がする」


「どうして? 」


 再び開いた瞳で真っ直ぐ天井を眺める陽太。


「一瞬なのに残酷な言葉をたくさん見つけた気がしたから」


 それから美月は何も喋らなくなった。


「熱で休んだことになってるんだ。一日で回復しないほうがリアルでいいよ」


 その晩、二人はいつもより長めのシャワーで垢を落とし、いつもより豪華な夕飯を食べ、いつもより早く眠りについた。


 


――ピンポン、ピンポン、ピンポンピンポンピンポン。


 翌朝、激しいインターフォンの音で陽太は目を覚ました。布団から飛び降り、慌てて玄関へ向かう陽太。誰だか確認もしないでドアを開ける。確認しなくても相手は解っている。


「おはよー。すごい寝癖だな」力は少し呆れた顔で言った。


「力くん……こんな朝早くに? 」


「は? 何言ってんだよ。もう十時だぞ」


 力に腕時計を見せられた陽太はぞっとして、彼を玄関に置き去りにしたまま自室に戻っていった。


 勝手に部屋に入り、リビングのテーブルに差し入れのドーナツを置く力。陽太の切羽詰まったような声が聞こえてくる。職場に休みの連絡をしているのだ。


 力はトントンと和室の襖を叩いた。


「美月? 」声を掛けるが返事はない。


 力は申し訳ないと思いながらゆっくり襖を開けた。まるで鶴の恩返しのようだ。


 窓のない和室は暗く、畳に転がっている物体が美月なのだろうと想像することしか出来なかった。


「みーづーきー」


 物体がもごもご動く。


「朝だぞー。起きろー」


 ムクッと人が起き上がるシルエットが見えた。


「……力くん? 」


「おう、おはよう」


「力くん、久しぶり」


 美月はパジャマのままでリビングに飛び出してきた。


 そうこうしている間に陽太が戻ってくる。


「誰と話してたの? 」尋ねる力。


「会社。今日も休むって連絡してきた」


「そうか。大丈夫だったか? 」


「遅れて電話したからリアリティーが増して結果良かったよ」


「悪い奴だな」


 昨日は緊張して心も身体も疲れていたことを思い知らされた朝だった。


 ブランチとして力の差し入れのドーナツをたいらげ一息入れた後、陽太は例のノートを持ってきた。


 テーブルの上にノートを置くと力が興味津々と覗き込む。


「青空、再生計画……? 何のことだ? 本当に園長のものなのか? 」


「読んでいけば解るよ。オレが音読してもいいかな? 」


 陽太の言葉に美月と力が頷く。


 陽太は二人の目を見て、咳払いをした。そして深呼吸する。


 表紙をめくれば、そこには真実が待っている。




「青空、再生計画――。あいつらに裏切られるかもしれない。そのときのために、真実をここに記しておく。


私たちは青空を愛していた。たった一人の愛しい息子。かけがえのない宝物で代わりになるものなんてない。私たち、深川洋三と深川民子の息子、深川青空。空のように大きく成長できるように、そう名付けた。それなのに、あの子は星になってしまった。たった四歳で、脇見運転のトラックにはねられ息を引き取った。神様、息子は何か悪いことをしたでしょうか。周りの子が成長するのを見るのが辛くなり、人里離れた長野県の田舎までやってきた。他の家から少し離れた場所にある新居はボロい平屋だけど、庭がとても広く、一本の大きな桜の木が植えられていた。私たちは毎日その桜の木を見ることで心を落ち着かせていた。

 ……そんなある日、彼らが訪ねてきた。新聞や週刊誌の記事から私たちを見つけ、辞めた職場でこの場所を聞いたらしい。佐伯慎太郎(六十七歳)が我が家にやってきたのは今のところその一回だけだ。黒いスーツの部下を数名引き連れて玄関に現れた彼らを一瞬暴力団かと疑った。佐伯は息子について聞かせて欲しいと言ってきた。青空については話したくなかったので一度は断った。しかし佐伯も最近事故で妻を亡くしたと聞き、何故か他人事ではないような気がして部屋で話をすることにした。大柄で白髪交じりの整った髪型、高そうな和服、低い声、それが佐伯の第一印象だった。私と妻、佐伯と部下数名で話し合いが始まった。




 佐伯は最初にこう言った。息子の青空にもう一度会いたくないか? と。それは会いたいに決まっていた。会いたくて会いたくてたまらない思いを佐伯に伝えた。しかし、死んでしまった人間に会うことなんて出来はしない。そんな現実に妻は泣き崩れた。そんな妻を見て佐伯は笑った。こみ上げてくる怒りは今も忘れない。佐伯に殴りかかろうとした所、部下に押さえ込まれた。そして佐伯は言った。奥さん、泣かなくても平気ですよ。息子さんは帰ってきますよと。最初は頭のいかれた奴かと思った。死んだ人間が帰ってくるなんて普通に考えたら有り得ない。私は無理矢理座れされた。勘違いさせるような態度をとってすまなかったと佐伯が頭を下げた。何が勘違いだったのか、そのときの私たちには解らなかった。佐伯は昔大学病院の外科医だったことを私に告げ、一枚の紙を渡してきた。全てはそこが始まりだった。その紙には人間のクローンについて書かれていたのだ」




「クローン?! 」


 陽太の音読を断ち切るように力が声をあげた。


 ノートから顔を上げる陽太。


「……なんか、すごい内容だよね……」


「すごいっていうか、オレたちがこれに関わってくるんだろ」


 力の顔が少し青ざめる。美月は何ともない表情でノートを見つめていた。


「続けてもいい? 」


 二人は同じタイミングで頷いた。




「クローンというのは遺伝子情報を持つ細胞などを利用して作られた動植物のコピーである。それくらい私でも知っていた。しかし日本でヒトのクローンは認めてられていないし、作ったところで見た目が青空そっくりの赤ん坊が出来るだけで中身は空っぽである。私はそれを佐伯に伝えた。私の言葉を聞いて、佐伯はまた笑った。そして佐伯は言った。認めてられないのは今だけだと。近い未来、ヒトのクローンが常識の時代がくるだろうと。そしてそれに付け加えるように言った。自分の作ろうとしているクローンはただのクローンではない、細かな細胞のひとつひとつまで完璧に本人を再現させることが出来る、成長促進機能を使い希望の年齢まで成長を早めることも出来る、特殊なデータ技術を使い本人が持っていた個性、記憶などの情報すら与えられることが出来ると。もはやそれはクローンであってクローンでないものだと言われた。そして年齢が若ければ若いほど再現しやすいものだと説明された。確かにまだ自我の芽生えが少ない子供なら情報を操作しやすいのだろう。佐伯が所有する化学工場はそれほど遠くない場所にある。その工場では実際佐伯の妻のクローン実験が行われていたのだ。その技術の詳細を知った妻は涙ながらに私に抱きついてきた。そして青空に会いたいと私の心を揺さぶった。私も青空にもう一度会いたい。ずっとそばにいて欲しい。こんなチャンス二度と巡ってこないかもしれない。私は決めた。気が付くと佐伯と手を取り合っていた。具体的には何をすればいいか佐伯に尋ねた。職を失ったばかりで金を要求されるのは困る。佐伯は金はいらないと言った。その代わり、うちを未認可の養護施設にして欲しいと頼まれた。そこで預かって欲しい子供がいると告げられた。よそからの子供は預からなくていい、ただ表向きに養護施設として世間から怪しまれないようにして欲しいと。養育費は佐伯側が負担するという。私はすぐに首を縦に振った。養護学校ごっこをするだけで青空が帰ってくるなんて、こんなおいしい話はなかった。子供は数日中に連れてくるという話しだった。佐伯が帰ってすぐ、私たちは養護施設としての準備を始めた。まずは施設の名前を考えた。深沢の深に青空の青を取って、深青園と名付けることにした」



「深青園って、そういう意味だったんだ」力がポツリと呟く。


 美月は相変わらず、じっとノートを見つめていた。


 お茶で喉を潤す陽太。


「読むの、変わろうか? 」


 力が手を出したが、陽太は首を横に振った。




「平屋の家をキレイに掃除し、子供がいても危なくない環境を作った。形ばかりといっても実際に子供を預かるわけだ、手を抜くことは出来ない。どんな子供が預けられるのか、そのときは見当も付かなかった。家も門に深青園と書かれた大きな札をつける。とても地味なものだったが満足だった。いつしか、私も妻もこの深青園に愛着を覚えていた。それが悪いことだということすら忘れていた。ただ、青空を失ってから空っぽになっていたこころの隙間が少し埋まるような気がしていた。誰かに必要とされ、私たちは居場所を取り戻した。


 桜が散り、縁側からの風景が変わったある日、あの子は来た。黒い車が家の裏に停まり、黒縁メガネに黒スーツの若い男が玄関からではなく縁側から訪ねてきた。手には大きなカゴを持っていた。男は真田と名乗った。前回来た黒スーツの男たちより優しい表情をしている。真田くんは大きなカゴを縁側にそっと置いた。そして例の預かって欲しい子供だと言った。妻と一緒にカゴの中を覗き込む。そこには可愛い赤ん坊の姿があった。子供を預かるつもりでいたが、まさか赤ん坊だとは思っていなかった私は少し動揺した。しかし妻は母親の顔を取り戻していた。赤ん坊を優しく抱き上げ腕の中に包むと尻をポンポンと叩き始めた。何ヶ月かと問う妻に、真田くんは少し困りながら製造後三ヶ月だと告げた。それを聞き、私たちはこの子が普通の人間ではなく、クローン人間なのだと察した。しかし、見た目は普通の赤ん坊にしか見えなかった。いや、普通の赤ん坊だった。女の子ねと問う妻に真田くんは頷き、またも困ったような顔をして佐伯の妻のクローンであることを説明した。話を聞けば今まで何度も製造に失敗し、やっと完璧な情報を持って誕生させられたのが、この赤ん坊一人だという。私はどんなことをすればいいのか真田くんに聞いた。彼は答えた。ただ普通に育てればいいと。普通の子供として普通に扱い、人間らしい心と知恵を与えてくれればいいと。それは青空と同じように。ただ、戸籍がないため病気をしても病院には連れて行かないようにと言われた。何かあったら直ぐ自分に連絡して欲しいと電話番号を登録された携帯電話を渡された。月に一度くらいのペースで検査をするため、その時は自分が迎えに来ると真田くんは言った。佐伯の妻の実験に成功すれば、次は青空の番だと勇気づけてもくれた。そして最後に妻が尋ねた。この赤ん坊の名前は? と。佐伯たちは製造番号で呼んでいるらしい。でも、真田くんは自分だけは名前で呼んでいると言った。佐伯の亡くなった妻の名前。美しい月と書いて美月だと……」




 読んでいた陽太の背中が凍り付いたようにぞっとした。


 力は驚きのあまり声も出なかった。


 ただ美月は以前より穏やかな顔つきをしている。


「美月……、大丈夫か……? 」


 そう尋ねながら陽太は別の意味で驚いていた。


 以前の美月なら暴れ狂いそうな状況なのに、彼女は何もかも受け止めたように落ちつている。


「少しだけビックリした。でも、なんかそんな予感がして。真田ってお父さんの名字だし。解らなかったことがだんだん解ってくるの」


「解剖のときの怖い記憶みたいなもの? 」


「まだそこまではいかないけど、私の中では前に進んでる」


 力はまだ落ち込んでいるようだった。


「力くん、帰る? 」尋ねる陽太。


「帰らねーよ。美月が何者でも、美月はオレらの美月だからな」


 陽太は微笑んだ。力の代弁に感謝しながら。


「早く、続けて」美月に言われて、陽太はノートに目を戻した。




「それが私たちと美月の出会いであり、真田くんとの出会いだった。彼が帰った後、カゴに敷いていた布団の下から現金百万円が見つかった。私たちには美月を幸せにする義務がある。そう思った。いつか再会できる青空、そして美月というこそだてが出来る喜び。私たちは佐伯と手を組んだことに幸せを感じた。




 深青園という居場所が出来て、美月という子供がいて、妻はいつもにこやかだ。妻の笑顔のやめなら何でも出来る。私はそう思っていた。長野で過ごす初めての夏。冷房を付けなくても自然の風邪が涼しく心地いい。赤ん坊を育てるには良い環境だ。美月は粉ミルクを飲んで、妻の縫ったベビー服を着て、縁側に座布団を敷いてよく眠っていた。私はその寝顔に癒やされた。いつか青空と美月と暮らしたい。そんなことを考えていた。美月が佐伯の元へ帰っていくことを忘れそうになった。


 それは、ある雨の降った日のことだった。夜も遅くなったころ、家の呼び鈴がなった。真田くんはいつも昼間にやって来るし、玄関は使わない。勝手に養護施設を営むことで市や町が訪ねてきたのかと思い、私はそっとのぞき穴に目を当てた。そこから見えたのは雨に打たれる女学生の姿だった。私は慌てて扉を開けた。深青園と書かれた札の前でセーラー服を着た女の子が何かを抱きしめ震えていた。私は傘を持つと急いで門を開け彼女に傘を被せた。高校生くらいの可愛らしい顔をしたその子が抱きしめていたものは、なんと赤ん坊だった。しかも産まれたばかりといっていい赤ん坊だ。彼女はここは養護施設かと尋ねてきた。私は反射的に頷いていた。すると彼女は私にその赤ん坊を差し出してきた。学生の身で妊娠してしまい、堕ろす金もなくひとりで出産したが育てるのは無理だ。彼女はそんなことを言った。私は取りあえず家の中へと誘導したが彼女は首を横に振った。そして赤ん坊を無理矢理私に抱かせると、真っ暗闇の中を走り去っていった。かなり動揺していたが赤ん坊が泣き出したので慌てて家の中へ戻った。妻に経緯を話すと赤ん坊を見てすぐに産湯の準備をしてくれた。浅い湯に赤ん坊を浸からせ、手で優しくお湯をかける。赤ん坊は男の子だった。へその緒が切られたばかりで湯も赤く染まっていく。きっとあの娘も苦しんで産んだのだろう。赤ん坊が泣くと美月も連鎖して泣いた。私は何故かこの子も引き取りたいと思った。こんな田舎外れの養護施設を頼ってくれた彼女の行動が正直嬉しかった。ここで育てれば、彼女がいつか迎えに来る可能性もある。私の考えに妻も賛同してくれた。気がかりだったのは佐伯がそれを許すかどうかだったが、子供が増えることで養護施設らしくなるから構わないと真田くんから伝言を受けた。しかし、美月のことを世間に知られる訳にはいかないので、もう一人も公の手続きや検診をしないように言われ、定期検診などは化学工場内の病院に任せることになった。私たちは二人の赤ん坊を預かる身になった。男児には陽太と名付けた。美しい月と太陽。愛しい空を輝かせる存在。二人は青空をきっと救ってくれる……」



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