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イノセントカプセル  作者: やすビー
14/21

真実 1


 温かい日差しが痛いと思うほど晴れた日だった。


 朝なのに乗車率の少ない電車に揺られる陽太と美月。


 朝早く起きたせいか、ポカポカ陽気のせいか、美月は陽太の肩に頭を預けて眠っている。陽太はスマートフォンで路線や駅名を確認していた。


 職場には風邪で熱があると嘘の連絡を入れて休んだ。仮病で休んでいることを佳保は気付いているかもしれない。理由は違うが、陽太が佳保と顔を合わせづらいのも事実である。次に会ったとき、何を話せばいいのか解らない。当たり前だが仕事を辞めるわけにもいかない。


 しかし、今日は佳保のことを考えている訳にもいかなかった。


 とても大事な日になる。


 陽太はそう感じながら窓の外を見た。


 電車を乗り継いで、都会独特の固い風景から徐々に草木溢れる自然が作った風景へと変わっていく。


 懐かしいと思うのは、こんな自然豊かな景色のなかで育ったことがあるからなのだろうか? 


 深青園、六歳までしか居なかった場所。子供のときの記憶なんて断片的にしか思い出せない。写真でも残っていれば違っただろう。でも、写真は手元にない。というより撮られた記憶が陽太にはなかった。


 これから向かう場所で何か見つけられるだろうか?


 そんな疑問を抱きながら数時間。目的の駅に着いた。


 古くて小さい駅舎を抜けてバス停に向かう二人。駅前だというのに店は少なく、そのほとんどがシャッターを閉めている状態だった。


 青い空にただ広いだけの駅前アスファルト。陽太は関東にもこんな寂れた場所があったことに驚いていた。


「バス、来るの? 」


 美月はまだ眠そうに目をこすっている。


 陽太はバスの時刻表とスマートフォンに映る時刻を照らし合わせる。


「次のバスまで二時間か……計算してきたんだけど、ちょっと遅れたな」


「二時間、待つの? 」


「約束の時間まで間に合わなくなるな……」


「何時の約束? 」


「十二時なんだけど……」


「後、何分? 」


「三十分……」陽太はげっそりとした顔をした。


 それを見た美月はそっと前を指さした。


「あれ、乗っちゃえば」


 美月の指の先には一台の黒いタクシーが止まっていた。


「タクシーか」


「お金ない? 」


「そんなことないよ」少しムキになる陽太。


 二人はバス停から少し駅に戻ってタクシー乗り場まで走った。


 タクシーに近づく陽太。


 空車のマークは転倒しているが、運転手が見つからない。


「居ないのかな? 」


 美月も陽太の後ろからタクシーの中を覗いた。


「陽太くん、居るよ。寝てるみたい」


 美月の言うとおり、タクシーの運転手はシートを限界まで下げ、頭から新聞紙を被って寝ているようだった。


「死体じゃないよな」


「なんでそんなこと言うの? 」


「冗談だよ」


 陽太はタクシーのドアをコンコンとノックした。


 しかし運転手は動かない。


「ホントに死体? 」と少し怯える美月。


「だったらどうする? 」陽太は強くノックを繰り返した。


 すると五十代くらいの運転手が新聞紙の下から顔を出した。二人を見て慌てて新聞をたたみ、シートを戻し、窓を開ける運転手。


「悪い悪い、お客さん? 」


「はい。乗せてもらえますか? 」


 オヤジ運転手の言葉に陽太はそう返した。


 二人はタクシーに乗り込み、陽太は住所の書いたメモを運転手に渡した。


「遠いですか? 」


「いや、三十分くらいあったら行けるでしょう」


 陽太と美月は顔を見合わせて笑った。


「こんな普段の日の昼間にお客さんなんてめったにいないもんだから失礼したね」


 そう言ってアクセルを踏む運転手。


「バスに乗り遅れてしまって」


「バスも同じようなもんだよ。二時間に一本だけどガラガラで貸し切り状態だ」


「あまり人は住んでいないんですか? 」


「見ての通り、過疎だよ過疎。若いもんはみんな都会に出て行くからな。同じ千葉なんだから、こんな田舎千葉より都会千葉の方がいいんだろう」


「へぇ~」と言いながら納得する陽太だった。


「オレは田舎の方が落ち着いていて好きだけどな。地元だし、離れられないよ」


「運転手さん、ここで育ったんですか? 」身を乗り出す陽太。


「ああ、産まれも育ちもここだよ」


「あの、深青園って知りませんか? 」


 美月がチラっと運転手を見る。


「しんせいえん? 聞いたことないな。介護施設かなにか? 」


「いえ、ご存じないならいいんです」


 少し落ち込む陽太を美月は黙って見ていた。


 それから三十分、運転手は将来の介護の不安などについて語り続けた。陽太は窓の外を見ながら相づちを打ち、美月は音楽を聴いていた。


 地味な街を抜けて、タクシーは高台へ向かった。


「この住所だと、この辺だけど」運転手はメモを見返した。


「ありがとうございます」陽太は財布から札を出す。


「良かったら、また帰りに呼んでよ」と運転手は電話番号を記載した紙を美月に渡した。


 二人が下車し、タクシーが走り去る。


 高台にある駐車場からは小さな街が見渡せた。


「いい景色だな……」


「うん……」


 ぼーっと街を眺める二人。


「あそこ、学校がある」美月が指さす。


「ホントだ。小学校かな? 」


「あそこは中学校ですよ」


 突然の背後からの声に驚き振り向く陽太と美月。


 そこには老人男性の笑顔があった。


「……村田重彦さんですか? 」唾を飲んで尋ねる陽太。


「はい。そちらは周防陽太さんと美月さんでよろしいのかな? 」


「そうです! 」


 優しい表情で話しかける重彦に大きな声で返答する陽太。


「バス停の方まで迎えに行ったんだが、降りて来る気配がないものだからね、どこかで道に迷われたのかと思っていたんですよ」


「そうだったんですか。スミマセン、バスに乗り遅れてタクシー使ったんで……」


「いやいや、無事に会えて何よりです」


 重彦は丁寧にお辞儀をした。


「こちらこそ」陽太と美月も頭を下げた。


「さあ、家に行きましょう。深川さんが居た家に行く前に腹ごしらえしていって下さい。家内が昼ご飯を用意してるんですよ」


「え? あ、ありがとうございます! 」


 微笑む重彦。二人はゆっくりと歩く重彦の後をついて行く。


 駐車場のすぐ近くに重彦の家はあった。瓦屋根の大きな屋敷で、村田と書かれた表札のある門から玄関までかなりの距離があった。日本庭園のような広い庭。大きな池、高そうな盆栽の数々。これには一応お金持ちの家の子として育った陽太も驚いた。


 重彦が玄関を開けると、妻らしき女性がスリッパを用意して待っていた。


「周防さんだよ」と紹介する重彦。


「お邪魔します……」


「いらっしゃい。あら、可愛いカップルね。村田の妻の貴恵(きえ)です」


 品のいい村田夫人にそう言われて、二人はずっと手を繋いでいたことに気が付いた。


「さあ、どうぞ」


 庭がよく見える座敷に通された陽太と美月。座卓の上には貴恵の手料理が並んでいた。


「すごい……」久々に見る色とりどりの皿に思わず漏れる声。


「おいなりさん嫌い? 」


「いえ、大好きです! 」自然と大きな声になる陽太。美月も頷いている。


「良かった。ちらし寿司とどっちにするか迷ったんだけど、うちは人が集まるときはいつもこれなの」


 貴恵の人柄がうかがえる素朴な品に陽太と美月は温もりを感じた。


 そこへやって来る重彦。


「さ、食べて。聞きたいこともあるだろうけど、まずは食事ですよ」


 二人は他人の家だということを忘れて料理を頬張った。


 陽太にしろ、美月にしろ、こんな家庭的な料理は久々だった。陽太が家族に顔を出すと、最近はたいてい


外食で、家でも寿司のデリバリーなどをご馳走してくれる。とても嬉しいことだが、陽太は一人暮らしする前の極有り切れた普通の料理が食べたかったのだ。


 それが今ここにたくさん並んでいる。肉じゃがやほうれん草のごま和え、手の込んだ切り干し大根、焼き鮭、どれも陽太の好物だ。


 美月も黙々と口を動かしている。家では見られない姿だ。きっと美月もあのアパートではろくな食事をしていなかったのだろうと陽太は思った。


 二人の姿に貴恵も「嬉しい」と声を漏した。


 空いた食器を片付けられ、最後のデザートだけになったとき、重彦が別室から何やらファイルを持ってきた。


「ここに写っていたかな……? 」


 ファイルをめくる重彦。


「深川さん? 」


 貴恵の一言に二人の手が止まった。


「ああ。町内会報だから、どこかに写ってるかもしれん」


「でも、あのご夫婦は町内の集まりには不参加だった気がするわ」


「大人しい夫婦だったからな」


 陽太は身を乗り出して十五年前の町内会報を覗いた。


「写真って残ってないんですか? 」


「ああ。亡くなって直ぐに家に中の物も処分されてしまってな」


「葬儀で遺影とか見た記憶は? 」


 重彦は悲しそうに首を横に振った。


「あの夫婦は、通夜も葬式もなかったんです。身内という人間がいなくてね。ただ町内として小さなお別れ会をして、市が仮葬を行ったんです」


「……そうだったんですか」陽太は何ともやり切れない気持ちになった。


「まあ、大袈裟にすることも夫婦は拒んだと思いますからね」


「どうしてです? 」


「深川さん夫婦は……自殺だったんですよ」


 陽太の頭は真っ白になった。美月も目を見開いた。


「居間の梁で首を吊って……隣同士でね……見るに堪えましたよ」


 明かされた深川夫妻の死の真実にショックを隠せない陽太と美月。


「深川さんとはどのようなご関係で? 」


 放心状態の二人に重彦は尋ねた。


「養護施設の園長だったんです。深青園っていう特別養護施設で、僕と美月はそこで育ったんです」


「そういうことでしたか……あの深川さんが養護施設を……」顔をしかめる重彦。


「でも、まだ園長って決まった訳じゃない。同じ名前の人かも」


 今まで黙っていた美月が口を開いた。


「そうだよな。まだ決まった訳じゃないし」


 陽太も自分に言い聞かせるように言った。


 重彦は色褪せた町内会報を丁寧にめくり続ける。かさついた指を舐めてページをめくる姿が園長に似ていて懐かしいと思う陽太。


 園長を見つけたい、でも、自殺をしたのが園長たちだとは思いたくない。二人の気持ちは矛盾していて複雑なものだった。


「あっ、これかな? 」


 突然声を上げる重彦に驚く二人。


 重彦は会報の一ページを貴恵に見せた。


「ほら、この後ろの二人」


「ああ、そうです、そうです! 」


 陽太と美月は急いで重彦のそばに会報に載っている写真を覗いた。


 盆踊りかなにかの写真で浴衣の子供たちが踊るのを大人が後ろで見ている。その大人の中の人物に重彦が指を指した。


 陽太の目からポロっと涙が零れた。


「……えんちょ……」


 写真に写る人物は間違いなく深青園の園長と副園長の深川夫妻だった。


 色褪せたモノクロ写真だが陽太はハッキリと解った。髪型も服装もあの頃と同じで、夫婦の声が蘇ってくる。


 美月は口を一文字にして涙を流していた。


「ありがとうございます。探していた人です」陽太は鼻をすすりながら頭を下げた。


「やはり、そうでしたか」


 重彦は申し訳なさそうにティッシュの箱を差し出す。


「これって、いつ頃かしら? 」貴恵が問う。


「引っ越してきてすぐの頃じゃないかな。十五六年前だね」


 それを聞いて陽太がピンときた。


「深青園がなくなって直ぐのときだ……」


「そうなのですか? 」


「はい。僕たちが深青園を出たのが六歳のときで、今二十一なんで」


 陽太の必死な表情を横目で見ながら頷く美月。


「何か、園長たちのことで覚えていることはありませんか? 」


 重彦は腕を組み首を傾げた。


「深川さん、大人しい人でしたからね。外出している所もあまり見ていないし、何か特別なことといったら……ああ、月に一度くらいのペースで男性が一人尋ねて来ていたことくらいですかね」


「男性? 」陽太は眉を歪めた。


「最初は息子さんかと思ってたんですが、親族はいないってことを後から知りまして。あの頃で三十代くらいのスタイルのいい男性で、メガネに黒いスーツの格好でね、毎月来ていたように記憶してます」


「メガネに黒いスーツ……」美月がとても小さな声で呟く。


「美月、何か解るのか? 」


「その男の人、車で来てましたか? 」


 目の前の空気でも見るようなぼんやりした目で美月は尋ねた。


「ああ、車で来ていましたよ。大きな黒い車です」


「その男の人、来なくなりましたか? 」


 何かに取り憑かれているように話す美月を心配そうに見つめる陽太。


「そういえば、深川さんが亡くなった日から来なくなったんだった! 」


「亡くなった日に来ていたんですか! 」重彦の声につられて陽太の声も大きくなった。


「ああ。だから最初、その男に殺されたんじゃないかって噂がたったんですよ。でも、警察から自殺に間違いはないと聞きました」


 美月はじっと目をつぶっていた。


「どうした美月? 具合悪いか? 」


 陽太は美月の肩に触れようとして手を伸ばした。その瞬間、目を開けた美月が言った。


「雨の日……台風が近づいていて、大雨だった日」


「え? 」


 美月が何を言いたいのか解らない陽太の横で重彦がハッとする。


「そうでした。あの日は朝からすごい雨で……」


「美月、何でそれを? 」動揺する陽太。


 美月は改めて重彦の方を向いた。


「その男、私の父だと思います」


 もはや陽太は何も言えなかった。重彦もゴクリと唾を飲む。


「……お父さんって、間違いないんですか? 」


「六歳のとき里親になってくれた父です。優しくて、母と私を大事にしてくれていた。でも、私が中学のとき事故で死んだんです」


「父は電車通勤でした。ただ、毎月一度だけ車を使ってどこかへ出かけていたんです。母もどこへ行くかは知らないようでした。父のことは信用していたし……。帰ってくるとタイヤに土が付いていました」


「だからって……」


「車で出かけるときはいつも黒いスーツで、メガネもかけていました」


 美月は陽太の言葉を避けるように話し続けた。


「あの日……事故があった日、父の車は千葉から東京へ向かっていた。ものすごいスピードで走り抜ける父の黒い車を何人もの人が目撃してて……」


「美月もう止めよう」肩で呼吸をする美月を見て声を掛ける陽太。


「父が隠し事をしているのは解ってた。父は園長を知っていた……それで、自殺した二人を見たんだよ! だから焦って車がスピンするほどのスピードで逃げたんだよ! 」


 泣きじゃくる美月を引き寄せて抱きしめる陽太。


 重彦は声を掛けることが出来なくなり、散らばった会報を集めた。


「帰ろうか美月? 」頭を撫でる陽太。


「……ダメ」


「でも……」


「私は……逃げたくない……」


 手をパーにして陽太を引き離す美月。涙を流しながら歯を食いしばっている。それはいつもの美月とは違っていた。


「大丈夫なのか? 」


「園長とお父さんが知り合いなら、きっと何かある……。少しでも可能性があるなら、それを知りたい。過去の解らないこととか深青園のことから解放されてすっきりしたいの……」


 心から溢れ出てくるような言葉。美月は涙を拭い、陽太の目を見つめた。


 陽太が美月とこんなにしっかり目が合ったのは初めてのことだ。その力強い眼差しに恐怖すら感じる。陽太は美月の熱いメッセージを受け止めた。


「すみません。例の家を見せて貰っていいですか? 」


 気まずそうにしていた重彦が顔をあげて咳払いをする。


「わかりました。案内します」



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