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イノセントカプセル  作者: やすビー
12/21

追憶 4


 一時間半かけて来た道を何十分も経たない間に引き返す。電車の中で美月は眠ってしまった。


「美月の寝顔、変わらないな」


 美月の前に立っている力が呟いた。


「力くん、色々覚えてるんだね。何も知らないっていうわりには」


 陽太は美月の隣に座っている。


「覚えてるっていうか、蘇ってくるんだよ。お前らを見てると」


 過去の記憶。人は過去を忘れることで前進するのか? それとも過去を覚えていることが大切なのか? 


 思い出は美化されるという人がいる。だったら辛い思い出なんて消してくれればいいのに。楽しい思い出はあっさり消え、嫌な思い出ばかりはっきり残っている。


 そんな矛盾について考えている間に三人は陽太のマンションに着いた。


 力はリッチな部屋に感動し、美月は疲れた顔で目をこすっている。


「美月、少し休んだら? 」陽太が促す。


「でも、力くんいるし……」


「安心しろ美月、オレは夕飯をごちそうになるつもりだ! 」


 力が堂々と宣言すると、美月はペコっと頭を下げて和室に入っていった。


「部屋は立派だけど、オレ自身は立派じゃないよ」と、夕飯を気にする陽太。


「ごちそうといったらアレだろ~」と陽太の肩を叩く力。


「あ、……アレか」


「ほら、お前も覚えてるじゃん」


 陽太は笑顔で力をリビングの座布団へ促した。


「急にお邪魔して悪かったな」と言って力は出された麦茶を飲んだ。


「いや、助かったよ。美月のこととか……」


 陽太は和室の方を眺める。それにつられるように力も首を回した。


「美月のことって、やっぱり深青園が関係してるのか? 」


「わからない。あいつ、これまで色々あったみたいだから、その中に原因がある気もするし」


「そっか……まあ、精神的な病気の原因ってひとつとは限らないからな」


 陽太は頷いた。


「これからどうするんだ? 」


 力の問いに陽太は一瞬言葉を失った。


「……このままじゃいけないことは解ってるよ」


 このまま美月の存在を世間に隠し同居を続ける訳にはいかない。ただあの日、美月をあのアパートから連れ出した陽太には責任があった。


「いけないことはないんじゃないか」


「え? 」


「戸籍って何とかすれば取れるんじゃなかった? それにお前と結婚すれば……」


「結婚!? 」


 思わず大きな声を出してしまった陽太に驚いた力が、和室を見ながら指を一本立てて唇に押し当てた。


 陽太も慌てて手で口をふさぐ。


「力くんが変なこと言うから」と小声で怒る陽太。


「結婚が変なことかよ? 」と力も小声になる。


 美月が起きる気配がないことに安心した二人は話を続けた。


「結婚は愛を育んで好き合った同士がするもんじゃん」


「え、お前ら付き合ってんじゃないの? 」目を丸くする力。


「ないよ」


「同棲してるのに? 」


「同居だよ! 」


 陽太は少しふてくされた顔をした。


「でも、手は出しただろ? 」


「出してない! 」


 それを聞い力は声が声にならなかった。


「それは、オレだって男だから、色々……こう、なんていうか、一つ屋根の下に住んでてってのはあったけど……」


「けど? 」


「美月は前の家で乱暴され続けてたから、そいうのは避けたくて」


 話しながら顔が赤くなる陽太。


「美月を妹だってことにしようと思ったわけだ」


 力に心を見透かされ耳まで赤くなる陽太。


「実際、そういう感じだし」


 陽太は目の前にある麦茶を一気飲みした。


「美月はお前のことどう思ってんのかな? 」


「あの頃と変わらないと思うよ」一呼吸置いて答える陽太。


 美月の感情、それを読み取ることが出来れば苦労しない。陽太は思った。


「失礼な言い方かもしれないけど、美月が恋愛うんぬんなんてないと思う。そりゃ昔は解らないけど、今の美月って変だし……」


 自分がとても残酷なことを行っているようで、陽太は息が詰まった。


「障害者だって恋愛はするぜ」


 そんなこと他人に言われなくても解っていた。ただ、美月は障害者とは違った感じがする。氷細工の人形のようで、触れたら壊れてしまうような感覚。その不思議な感覚が陽太を迷わせていた。


「美月ってさ、ロボットっていうか人形っていうか、アンドロイドみたいな感じなんだよね。オレ、時々本当に人間じゃないんじゃないかって思う」


 そう話しながら陽太は鼻ををすすって目をこすった。


「ごめん。なんか変なこと聞いて」力は申し訳なさそうに頭を下げた。


「力くん、いつもそうだったよね」


 陽太がクスッと笑う。


「何が? 」


「深青園にいたときも、オレらのことからかって最後に謝ってた」


「そうだったか? 」


「そうだったよ」


 陽太の笑顔に力はホッとして笑った。


 その日の夕飯はごちそうだった。


「久しぶりだな~。やっぱ美味いわ」


「ご飯、キラキラしてるね」


「オレはしょっちゅう食ってるぞ」


 三人が持つ茶碗の中には黄金に輝くご飯が盛られていた。いわゆる卵かけご飯である。


 裕福ではなかった深青園では、この卵かけご飯がごちそうだった。


「つーか、この三人で飯食う日が再びやってくるとわな……」力は感慨深げにそう言った。


「同窓会みたいでいいじゃん」


 陽太はおかわりのために炊飯器のふたを開ける。


「大人になったね、二人とも」と美月が微笑む。


 陽太と力は一瞬顔を見合わせた。


「美月も大人になったな」力が言う。


「私は……、実感ない。子供のままのような気がする」


「そんなことないだろ。まあ、美人系か可愛い系かといったら可愛い系だけど」


 力はノンアルコールビールを飲みながら美月の話を聞いていた。


「昔からね、大人になりたくなかったから丁度いいの」


「そうだったの? 」陽太は卵を混ぜながら聞いた。


「はじめて生理が来たとき泣いたんだ。大人になりたくなくて」


 陽太と力の箸が止まってしまった。


「あ、ごめんなさい。食事中に……」と頭を下げる美月。


「いや……」


「でもさ、大人になりたくないって考えることが、すでに大人だったりするって聞くけどな」


 力は美月とは目を合わさないでそう言った。


「精神的なことじゃないの。私が言いたいのは肉体的なこと」


 それに対し言葉をかける者はいなかった。


「やっぱ、卵かけご飯ってごちそうだよな」


 陽太は場の空気を変えようとおどけてみせた。




「お前、美月と居て大変じゃない? 」


 陽太は美月を家に残し、力を駅まで送っていた。


「まあ、大変といえば大変だけど……自分が選んだ道だから」


「そんな責任とらなくていいんじゃないか。お前はその家から美月を助けただけで立派なんだからさ、後は施設とかに相談してさ」


 力の口からそのようなことを聞くとは思っていなかった陽太は動揺した。


「オレは美月をまた施設送りになんてしたくないよ」とささやかな抵抗をする。


「施設ってのはたとえだよ。成人してるんだし、中学卒業してるなら戸籍問題とか何とかなりそうだし、それだったらオレ手伝うよ。美月が自立するために」


 立ち止まる陽太に力が慌てて足を止める。


「力くんは、美月が嫌いなの? 」


 車の音にかき消されそうな声だった。


「バカ! 嫌いなわけないだろ。 ただ、陽太の将来が心配なだけだよ」


 力は陽太の頭をポンポンと叩いた。


「それは……ありがと」


 そして再び歩き始める二人。


「だってさ、せっかく養護施設から解放されて幸せにやってるみたいなのに、またあの頃に縛られるなんて辛いだろ」


「オレは平気なんだ。たぶん一般の家庭で育った子供より恵まれてて幸せだから。辛いのは美月なんだよ」


 力は「そうだな」と頷いた。


「今、オレの中での一番は美月の幸せなんだ」


「そっか、それでこれからどうすんだ? 」意地悪く尋ねる力。


「深青園に関する情報を必死に探すよ」


「……美月ってさ、多重人格ってことないよな? 」


 力は突然話題を変えた。


「それは、ないと思うよ。あれって人格交代すると記憶も交代するじゃん。美月はずっと記憶が続いてるから」


 陽太は力が何故こんな質問をしてきたのかは理解出来ていた。


 深青園時代の明るく元気な美月が成長して性格が変わるというのは普通にあること。しかし、陽太と再会してからの美月はクールだったり、子供っぽかったり、とても頭が良い真面目人間だったりとキャラが突然変わることあったからだ。


 先ほども急に「大人になりたくない」とキャラを変えて二人を驚かせていた。


「オレ、これからも協力するから」


「何? 」きょとんとする陽太。


「色々言ってイメージ悪くなってるかもしんないけど、オレ、お前らのこと大事だから、これからも連絡くれよな」


「ありがとう」


 陽太は胸が熱くなった。味方が居るということは、とても心強いということを再確認する。


「卵かけご飯も三人で食うと美味いし! 」


 そんなことを言いながら、駅前のロータリーで二人は別れた。



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