追憶 3
陽太は仕事の合間にスマートフォンを眺める時間が増え、家ではパソコンに向かっている。陽太が調べごとをしている最中、美月はポータブルオーディオで音楽を聴いていた。
気付けば九月、夏休みの時期が終わり、もうすぐ季節は秋がやってくる。美月の秋物の服は近くのファストブランドショップから陽太が適当に買ってきた。陽太が選んだ服に喜ぶ美月だったが、まだ暑い日が続きなかなか袖を通せない。
インターネットで深青園を検索したが、引っかかるものはまるでなかった。
養護施設のサイトなどに片っ端からアクセスするも、手がかりは得られず、美月が記憶していた園長夫妻の名前、深川洋三と民子についても検索していた。しかしそちらもヒットするものはなかった。
昔世話にになった人を探すにはどうしたらよいかを佳保に相談したが、今は個人情報が固く守られているため探すのは困難と言われた。
「あの人に会いたいみたいな番組にでも応募するか~」とパソコンを前に独り言を呟く陽太。
「それで見つかるっかな? 」と後ろから美月の声がして、陽太は驚き、慌て振り返った。
美月は手にポータブルオーディオを持って立っていた。毎年寒い季節がくるまで、部屋のドアは常に開けてあるのだ。
「どうした? 」
「音が出なくなっちゃって」
「ああ、充電が切れたんだよ。貸して」
陽太は美月からポータブルオーディオを受け取ると専用の充電器に差し込んだ。
「園長先生たち、まだ見つからないの? 」
「うん。結構頑張って色々当たってみたんだけど難しいな」
イスをクルクル回転させながらため息をつく陽太。
「諦める? 」残念そうな目をする美月。
「それはしない! なんとか方法を考えてみるよ。深青園で覚えてる人が園長と副園長ってだけなのが厳しいんだよな。他に誰か……」
陽太は何かを思い出したかのように目を見開いて固まった。
「陽太くん? 」
「美月……、力くんの名字って覚えてるか?! 」陽太は立ち上がって美月の肩を掴んだ。
「力くんは……覚えてない」
陽太は「だよな」と言って、全身から気が抜けるような大きなため息をついた。
「ごめんなさい」
「いや、それが当たり前なんだよ。オレなんて中学の同級生の名前も忘れてるし」
「そうなの? 」
「そうそう、だから同窓会の案内をSNSで知ったりして」
ニックネームの方が良く覚えてたなと陽太は当時を回想した。
「力くんをSNSで探すことは出来ないの? 」
美月のこの一言が陽太の目の輝きを変えた。
「それだ……それだよ……それだよ! 」
陽太の急な大声に驚く美月。陽太はそんな美月の手を強く握った。
「探しにいくだけじゃなくて、探して貰えばいいんだ」
再びパソコンの前に向かい、とあるSNSの新規アカウント作成ページを開く陽太。
カチャカチャと音をたて、踊るように陽太の指がタイピングする。美月はそれを横から覗いていた。
『アカウント名 陽太と美月
自己紹介 養護施設、深青園の陽太と美月です。同じ養護施設にいた力くんを探しています。
園長の深川洋三さん、副園長の民子さんも探しています。お心当たりのある方はご連絡下さい』
陽太はこれに似た文章をSNSの他、交流サイト、掲示板とありとあらゆる所へ記載した。
そして連絡が来るのを祈り続けること約一週間。スマートフォンにある通知が舞い降りた。
最寄りの駅から電車を乗り継いで一時間半、陽太と美月はとあるアパートを探していた。お洒落な街を手を繋いでうろうろする二人は端から見ればカップルに見える。
今、地図を見るために使っているスマートフォンに力と思われる人物から連絡があったのだ。
何度かメールでやり取りして、互いに偽りの人物ではない確証が得られたことから「会って、話がしたい」という方向にになり、休日の昼、陽太と美月は力のアパートに向かった。
「ここかな? 」陽太は力からのメールに添付されたアパートの外観の画像と、目の前のアパートを見比べる。
美月は一足早くアパートに入り、郵便受けを確認していた。
「あった。三〇五、永瀬」
永瀬とは、教えて貰った力の名字だ。
「行こう」陽太は当たり前のように美月の手を取り、階段を上った。
美月が住んでいたアパートとは違い、外壁が白く清潔感がある。階段もお洒落でコンクリートにレンガのタイルが埋め込まれている感じだ。
三階に着き、力の部屋へ急ぐ二人。三〇五号室は角部屋だった。
ドアの前で深呼吸する陽太。
そんなことには構っていない美月は早々にインターフォンを鳴らした。
しかし反応が遅い。陽太はのぞき穴から見られている自分の姿を想像した。
美月が二回目のインターフォンを鳴らそうと人差し指を立てた瞬間、ドアが開いた。
「ごめん、トイレ入ってた! 」
そう言って慌てて出てきた男性は極短髪で体格が良い。陽太は一目で分かった。
「力くん! 」
「お~! 陽太か! 」
「全然変わってないね」
「お前こそ、相変わらずひょろひょろしてんな~! 」
「そして、美月」
陽太はドアの裏に隠れてしまっていた美月の腕を引き寄せる。
「おー!みーづきー! 」
力は両手でがっしりと美月を抱きしめた。
「力くん……苦しい……」と小さな声で訴える美月。
「ごめんごめん。もー、あまりに美月がキレイになってたから感動しちまったよ」
陽太は簡単にそう言える力が羨ましかった。
「汚いけど上がってくれよ。大きな声出し過ぎると怒られるからな」
そう説明する力の声が誰よりも大きかった。
部屋に入らせてもらう二人。玄関が少し狭い。
六畳くらいのワンルームで、小さなキッチンが付いていた。男一人の生活なら、これくらいで十分だと心から皮肉に思う陽太。
汚いというのは謙遜かと思った二人だったが、実際に力の部屋は物や服で足の踏み場がなかった。
「ちょっと待って」と言い、力は床の荷物をベッドの上に乗せる。そして足で物をどかし、ようやくフローリングと対面できた。
力はそこに折りたたみ式のテーブルを持ってきて、陽太と美月にクッションを渡した。
「まあ、くつろいでくれよ」
「あ、ありがとう……」
丸いちゃぶ台のようなテーブルを二人が囲むと、力は冷蔵庫からペットボトルのジュースを三本持ってきてテーブルに置いた。
そして自分も席に着く。
「久しぶりだな、こういうの」力が微笑む。
「力くん、今何やってるの? 」陽太が尋ねる。
「高校出て、専門通って、今はバイトしながらアパレル関係」
「アパレル? 」
「似合わないって思ってるだろ。お前は? 」
「オレは高卒で今は販促品の仕分けみたいな工場勤務」
「私はニート」
美月の爆弾発言に陽太と力は開いた口がふさがらなかった。
「美月はニートとは違うよ」と頭をポンポン叩く力。
「でも、仕事してないからニートでしょ? 」
美月は真っ直ぐな目で陽太の口の辺りを見た。
「あの……、ニートってのは働く意思のないだらけた人間のことで、美月みたいに理由があって働けない人とは違うと思うよ」
「そうなの? 」
「そういうことだよ。病気の人は働けなくてもニートじゃないだろ」
「そっか」
陽太は力にメールで美月のことやこれまでのことをそれなりに伝えていた。
「で、本題なんだけどいいかな? 」切り出す陽太。
「深青園のことか? 」
「うん」
陽太は真剣な眼差しで力の目を見つめる。そこには真相に近づく何かがまっている、はずだった。
「せっかく二人に来て貰って申し訳ないのだが、オレ、そもそも深青園って名前すら忘れてたくらい何も知らないんだよな」
「えっ……場所は? 」驚く陽太。
「場所も分からない。覚えているのはお前らと一年近く過ごしたことだけかな」
「でも、力くんは深青園の近くに住んでて、それで預けられたんじゃないの? 」
陽太の声に熱がこもる。
「近くに住んでたのはオレの曾ばあちゃんだよ」
目を丸くする陽太。
「オレの母親は十八のときオレを産んだんだけど、相手に逃げられ、親には勘当されて、でも働かないと生きて行けないから、給料とか貯金が安定するまで田舎の曾ばあちゃんにオレを預けたんだ。でもその曾ばあちゃんが病気になってさ、どうにもこうにもならなかったから近くの養護施設に預けたんだと。まあ、一年で元気になって、その頃母親も収入が安定してきたからオレは深青園を出たって訳」
陽太はいつの間にか正座になっていた。
「この話、二十歳の誕生日にかあちゃんから聞かされたんだ。二年前……最近だろ? 」
「その曾おばあちゃんの居場所って知らないの? 」
必死に食い下がる陽太。
「随分前に病気が再発して死んじゃったみたいだよ。それに、かあちゃんも曾ばあちゃんがどこに住んでたか知らないんだ。オレを預けたときも、帰されたときも、東京駅だったって」
力は天井を見上げながら残念そうに語った。
「そっか……あの風景は、東京じゃないよね」肩を落とす陽太。
「ごめんな。役に立てなくて」
そう言って、力は三人分のペットボトルのキャップを開けた。
「いや、いいんだ。こうして力くんと会えたことが嬉しいよ」
陽太の顔は笑っていたが、期待外れの結果が彼の心と声を震わせていた。
「しかし深青園とか、園長の名前だとか、よく覚えてるな? 」
「園長の名前はオレも忘れてた。美月が記憶力いいみたいでさ」
と、美月の方を見て微笑む陽太。
美月は少し恥ずかしそうに下を向いた。
「オレ、あれならよく覚えてるわ」力のテンションが急に上がった。
「あれ? 」
「タイムカプセル! 」
力は人差し指をピンと立てて主張する。
「タイムカプセル? 」陽太は首を傾げた。
「ほら! 書かされたじゃん……将来の夢とか、好きな食いもんの絵とか! 」
熱くなり半分立ち上がって喋る力。
「そんなことしたっけ? 」
力とは対照的に黙って考え込む陽太。
「なあ、美月は覚えてるよな! 」
「タイム……カプセル……? 」
静まり返る部屋。
「なんだよ~! お前たち、忘れちまったのか? 」力は一人で悔しがっていた。
「それって、埋めた? 」陽太が問う。
「埋めたよ! 庭にでかい木があったじゃんか、その下にさ重機で穴掘って! 」
「重機で? タイムカプセルのために? 」
「オレ、車好きだったから興奮したんだよな~」
楽しそうに思い出を語る力。
陽太は目を閉じた。
深青園にいた頃を改めて思い出そうとする。脳裏に浮かんだセピア色の風景がだんだんと色づいていった。キシキシとしなる廊下。少しカビ臭い布団。床がタイルの浴室。不揃いの食器が並ぶ食卓。空気の抜けたサッカーボール。広い庭。大きな木。笑顔。園長の、副園長の、美月の、力の笑顔。鏡に映った自分の笑顔。
目を開けると、大粒の涙が陽太の頬をつたった。
「大丈夫か? 」心配する力。
「……絵、描いたんだ」
「絵? 」
「タイムカプセルに入れるからって園長に言われて、みんなの笑った顔描いた」
「思い出したか! 」
笑顔を見せる陽太にハイタッチする力。
「美月は思い出せたか? 」急かす力。
しかし、美月は無言のまま何かを考えていた。
「力くん、そんな簡単には思い出せないよ。オレだって今必死だったんだから」
「だよな。泣くほどだもんな」
「穴……」美月が呟いた。
「どうした美月? 」顔を覗き込む陽太。
「大きな穴、掘った? 」
美月はただ一点を見つめ、口だけを動かした。
「そりゃ、重機で掘ったからデカい穴だろうな」と笑う力。
「埋めた? 」
「タイムカプセル、埋めたはずだよ」
優しく答える陽太。
陽太は美月の異変に気付いていた。まるで人形のように振る舞うとき、それは美月が何かに不安を抱き自我が崩壊する前兆である。
それは美月と暮らした日々の中で得た数少ないもののひとつだった。
「力くん、悪いけど今日はもう帰っていいかな? 」
「え? 今来たばかりじゃん」目を丸くする力。
「ごめん、他にも行かなきゃならない場所があって」勿論嘘である。
「そうなのか。……なんか、情報とかなくて悪かったな」
力は陽太と美月を玄関まで送った。本当は下まで送ると言った力だったが、陽太に断られた。
「また、連絡するよ。……美月のことも」
陽太はそう言って美月の手を握り階段へ向かった。力は陽太たちの姿が見えなくなるまでドアを開けたままだった。
アパートの階段を一段づつ下りる美月。力なくカクカクと下りるので、陽太は気が気ではなかった。
一番下まで下りると、美月は最後の段に座った。
「美月、大丈夫か? 」
「大きな穴……。大きな穴……。大きな穴……」
「気になるのか? タイムカプセル」陽太はうつろな目をした美月に問いかけてみる。
「……違う。違う、違うの……」
「何が、違うんだ? 」
「タイムカプセルなんて埋まってない……」
そう言って、美月は頭を抱えた。
そして苦しそうに呼吸を荒くしながら走り出す。慌てて彼女を追いかける陽太。
美月は近場の電柱につかまりしゃがみ込んだ。真っ青な顔、そして目には涙を浮かべている。
「美月! 」陽太は彼女の冷たい手を握って後方から抱きしめる。
「違うの……私じゃない……私じゃない……私じゃないの……」
美月は泣きながら繰り返した。
通行人が二人を見てしらけた顔をする。恋人同士のケンカに見えるのだろう。
「わかったよ、美月。だから、もう泣くな」
勿論陽太は何もわかってなどいない。ただの慰めだ。そして美月に対してまた疑問がひとつ増える。
何故、美月はタイムカプセルを否定したのか。やはり、美月が恐れている過去の出来事は深青園にあるようだ。
「陽太~! 」
声がした方を向くと、そこには力の姿があった。二人を心配して様子を見ていたらしい。
「あ、あの、今は美月が大変で」目を泳がせる陽太。
「解ってるよ。メールで話してたやつだろ」
優しい力の声に陽太はホッとして頷く。
「力くん……? 」
呼吸が整ってきた美月が力を見上げる。
「大丈夫だよ、美月。オレはいつでもお前らの味方だから」
陽太は頑張って涙をこらえた。
「どうせ、用事なんてないんだろ? 」
「うん。……嘘ついてごめん」
「じゃあさ、お前の家に行ってもいいか? 」
「うち? 」
急な力の提案に驚く陽太。感情が忙しい。
「いつもの家の方が美月も安心するだろ」
それもそうだ。
「美月、帰るよ。力くんも一緒に」
転んでケガをした小さい子を抱き上げるように、陽太はゆっくり美月を起す。
「力くんも? 」
「トランプでもする? 昔みたいに」陽太が言う。
「うん」美月にやっと笑顔が戻った。




