蛇さんがバグった日
歓声が沸き上がる。何か興奮している様子で本能赴くままに叫んでいる声だった。
とても下品で品の無い罵倒も飛び交っていた。
目の前で行われる野蛮な行為を楽しんで…
自らに危険の及ばぬ立場であるが故に好き放題に怒鳴り散らす人間達が沢山いますな。
この場においてはそれが普通。
この場に集まる者達においてはそれが普通。
それ等をうっとおしく思いながら、目の前で行われる行為を楽しむ者も普通。
普通とは…まあ、アンケートを取れば8割9割に位置する大多数な面々の事で良いだろう。
では残り1割や2割に位置する者達はなんだろう。
この場に集まりながら楽しめなかった者?
無理矢理連れてこられた者?
ああ、今の自分みたいなモノを除いての普通としておいて。
観客側の中でどうにも青ざめたり吐いたりしてる者がいるんだけど。
なんでこんな場所にあんなのがいるのだろう。
中には泣き崩れている者もいますし。
もしかして、目の前で行われている見世物によって肉塊になってしまったモノを見て悲しんでいるのだろうか。
もしそうだとするなら…ご愁傷様です。
同情する事は出来ません。
なにせ自分もその見世物を行うので同じような運命を辿る事になるのかもしれないし。
なんでこんな事になったのか、今でも葛藤している訳でして。
えーと。なんでこんな事になったんだっけ?
あれは確か。
殺せ! ヤッチマエー! 叩き割れ!
殺っちまえー! コロセー! ぶっ刺せー!
うるせえぞ! 何だとコノヤロー!
お掃除お掃除… ヒギャア!
一名様ご案内… ヤメテクレー!
次ィー早くシロー。
あー…もううっさいわ。檻の中にまで聞こえてます。
殴りつけるかのように響く声は不快の一言で現状の説明が事足りる。
響く声量は半端なく、今から自身がソコに送り込まれる事となるなんて…
頭痛が痛い。
危険が危ない。
時既に時間切れ。
ここは荒野のウエスタンだ。
つまり、頭がおかしくなりそうだという事である。
せめて、自分が何故、こんな場所にいるのか。
まるで記憶喪失のような。
頭がバグってしまったかのような。
思い出そうとしている部分がすっぽりと抜けてしまっているのだ。
ただ一つだけ。
思い出せる事と言えば。
―――全てを奪われた
この事実だけである。
一体何をどうしてどうやって奪われてしまったのか。
それすらも朧気で何にも思い出せない状態です。
………そして何より気になる事は
自分は数日前にタマゴから生まれたばかりだというのに。
なんでこんなにも知識がある? もしかして残っている?
自身の体はサーペントエッグと呼ばれる蛇のような姿の亜竜種であると知っていた。
特徴としては尻尾の先に、生まれた時のタマゴが未だに引っ付いてる魔物ですな。
そしてそんな自分は彼等人間が喋る言葉も理解が出来た。
今も尻尾の先に鉄球の様な重量物として体の一部となっている、
とんでもなく頑丈なタマゴの殻を幾重にも及ぶ頭突きにて突き破り
暗がりの中から顔を出した所でいかついオッサンが歓喜の声を上げて頬ずりして来たのを今でも覚えている。
その後にそのオッサンが自分を大金と引き換えにこの施設に売り渡したというのも鮮明に覚えいてる。
ふむ、生まれて数日で自分は戦わされるというのか。
そんな生まれて数日程度の自分が口にした食べモノと言えば…
ドロドロとした殻が固くて中に白い液体が詰まった変な形をしたヤシの実のような物のみ。
そのヤシの実っぽいモノは結構おいしかったです。
中身が濃いめのココナッツミルクみたいな。想像通りの味でした。
そして、なんとなく物足りず殻を丸ごと呑み込んでしまった自分がいた。
その後に体を無理矢理押されて吐き出させられたのはなんとも奇妙な感覚だった。
ガシャコンッ…
おおっと。大袈裟に響く金属音。
いよいよ出番のようだ。
鉄製の檻より出ていくように促されるのが自分。
相対する檻も大仰とした竜の装飾が施されパリパリと電気のようなモノを発していた。
どうやら長く留まってしまうと痛みを感じさせるという仕掛けがあるらしい。
自分は直に外へ出たから良かったものの。
相手側の檻では悲鳴を上げながら人間に比べれば小さめな人影が数匹駆け出してくる。
そうか、自分は今からアレ等と戦わなければならないのだな?
鎌首を回し、高見より見物する飼主へ視線を向ける。
その顔は黒めのフードを深く被るが故にどのような表情をしているか知る事は叶わなかったが…
緩やかな動作で指を指すその先はやはり合計3匹にも及ぶ魔物達だった。
所謂ゴブリン。ちょっとだけ考える頭があって武器を持って戦ったりする事もある魔物だったか?
目の前に現れたそのゴブリン達は別段何にも持っておらずに素手ですが。
しかも貧弱な体付きで、その姿は森に住まうゴブリン達よりも細っこい。
なんというか、さっさと死んで来いとでも言わんばかりだ。
何を今更、あんなモノと戦えだなんて。
弱い物虐めにも程がある。
自分はランクAの魔物ですぞ?
ランクA……の?
ふむ、サーペントエッグは確かランクで言えばE程度の魔物だった筈。
しかも生まれたばかりでそう日数も経ってない。
ふむむ? 一体どういう事だ?
ますます疑問が深まるばかり。
現状を理解するに、逃げる事は不可能です。相手も同上。
先にも述べた見世物のような肉塊になる訳にもいかない。
別に戦って勝たねば確実なる死が待っているという訳ではないらしいのだが。
客の人気が取れねば死ぬだけである。そうでなくても戦うのでやっぱり大体が死ぬ。
逃げれば死ぬ。檻に留まっても死ぬ。既に一匹ゴブリンが檻の中で死んでおるようだ。
体をビクンビクンさせながら電気のようなエネルギーをその身に受け続けて口から黒い煙を吐いていた。
察するに本来なら4匹を相手にする感じだったのか。
この施設にとって魔物は消耗品。って事なんだろう。
無論…自分もあんな感じに死んじゃう可能性もあった訳だ。
戦う前にやっちゃって良いのかしら?
それにアレですよ。生まれたばかりの小さい蛇に。亜竜種とはいえ。
ゴブリン4体も仕向けるか?
まあ…大金を払う価値のある魔物を簡単に使い潰す気は多分ないだろう。
となればこのぐらいの魔物で丁度良い。
どの程度の強さなのかとの把握もゴブリンならば判断可能という事か?
しかしまあ…グラディエーター紛いな事をする羽目になるとはねぇ。
なんだか殺し合う見世物の中には人間も混じってるみたいですし。
こうして周囲を見渡せば古代ローマのコロッセウムみたいなイメージだわ。
といっても地面がせり上がっての登場をしていた人間もいましたし。
でもこの辺の単純な昇降機的な演出は普通にありそうか。
おかしいとしたら、魔法的な力を持つ檻なんてファンタジーならではだね。
んん…? 古代ローマのコロッセウム? グラディエーター?
色々と変な知識が頭に詰まってるねぇ。
前に戦ってた人間さんはごつい武器持って上半身半裸で奇妙な兜被ってましたし。
そのお陰で剣闘士。グラディエーターなんて単語が頭に思い浮かんだりしましたし。
ま、とりあえずは体を動かしましょうか。
どうせなら楽しまなくちゃね。
一方的に殺されるような目にだけはあいたくありませんし。
余裕のあるうちは、自身に何が出来るかの把握に努めましょうか。
相手さんの覚悟は決まったみたいですし試合開始って所かな。
合図は既に鐘っぽい音なってましたし。
という訳でまずはじっくりと腰を落ち着ける。
といっても蛇のような体なもので力を籠めやすい態勢をとっている訳です。
ちょっとばかり尻尾のタマゴが重くてとても邪魔ですが…
引きずっても傷一つ入らず、重量感たっぷりなそのタマゴは戦闘の役にも立ちそうです。
武器はコイツで良さそうだと理解をすれば、心構えも十分。方針はどうしたものかと考える。
そして自分がゴブリン達を視界に収めると、ゴブリン達は意を決して走り込んで来た。
相手から向かってくるなら、迎え撃つ感じで良いよね?
クギャー!
グゲゲー!
クワキャー!
ふむ、叫び声をあげて気合は十分にしても…遅いね?
自分は飛び掛かってきたゴブリンの間をすり抜けて背後に回る。
後ろを振り向くとゴブリン達が今は何も無い虚空に拳を振り下ろして仲間達同士で殴り合っていた所だった。
手応えがあったが故に、無我夢中で必死で殴っているのだろう。
そんな様子を横目に憐れみの感情を覚えていると観客が笑い声をあげてその様子を楽しんでいた。
成程。こんな様子でも観客は楽しんで見れるのか。
とはいえこんな戯れ…長くは持つまい。
一応の好機なので感覚を掴む為にも尻尾の先に引っ付いているタマゴの感触を確かめましょう。
では、一匹。二匹。三匹…
順番にタマゴで頭をゴンゴンゴン…っとね。
ヒギャギャギャ!?
ウギャワー!レ?
ゴワゴワカカカ!?
対戦相手に叩かれた時点で仲間同士で殴り合ってた事に気が付いたらしい。
素っ頓狂な声を上げてキョロキョロと周りを見渡すゴブリン達。
その後直にお互いがお互いを罵り合っていたのか訳の分からない言葉で言い争っていた。
―――いいぞー蛇野郎! そのままぶっ殺しちまえー!
―――オラ! ゴブリン共! 3体1だろうが! 囲んでフクロにしちまえ!
―――さっさと終わらせろ! 次が控えてんだ!
んーむ、周りが煩い。はっきりと言葉が聞こえてしまう分…嫌な気分である。
流されるままに負の感情が膨れ上がりそうな気分にもなりそうだが。
とりあえずは耐久力のテストである。
ほれ、ゴブリン達よ。殴ってみるが良い。
3匹もいるのだ。流れを作って自然に攻撃を受けるのも簡単だろう?
ゴブリン達は構えるのみで動かない自分を見て今度は取り囲むような布陣を作る。
3方向より今度はじりじりと迫り、距離を置くそれ等の息遣いが聞こえる。
そして匂いまで嗅ぎ取れますよ。それ等はとても臭くてなんとも集中力を削いでくれますな。
まあこんな思考に考えが向く余裕があるので問題は無いのですがね。
余り時間をかけすぎても観客の不評を買うだけなのでなんとなく派手に行きましょう。
目の前の一匹に向かい体当たりを敢行します。
予め構えていたので速度は十分に出せました。
ゴブリンは反応も出来ずにその身に蛇の体当たりが直撃です。
細っこい体格のゴブリンを弾き飛ばすには十分すぎる威力。
縦回転を交えて跳ね飛ばされてのゴロゴロ転がり、脱力しきったポーズで動かぬそれは気絶したのでしょう。
残り2匹に視線を移せば恐怖に駆られたのか、それとも別の感情か。
片方は両手を振り上げて。もう片方は両手を広げて左右からの挟撃です。
速さ的に右側のゴブリンが先に攻撃が届きましたので、ゴブリン拳骨を額で受けました。
その細っこい体躯に見合わぬ拳圧は、流石は魔物。
痛みと呼べるか微妙な所でしたが殴られた衝撃波伝わり、まあこんなモノかと踏みとどまる。
もう一匹のゴブリンがゴブリンケンカキックを放ってきます。
んんーと、やっぱりただの蹴りですな。
なんとなく体で受け止めます。
単純に突き出しただけの蹴りはやはり、見た目以上に力はありましたが。
まあこんなもんか。
自分の蛇の体は浮き上がることもなく、ゴブリンは自分の攻撃で痛がる始末。
これがランクの差って奴ですな。うむす。
とりあえず、これ以上得られるモノは無いか。
客席から飛んでくる声は相変わらずに好き放題言ってはくれる。
耳障りな声が離れていてもはっきりと聞こえる所がなんともかんとも。
遮断する方法があれば良いのだが。今はちょっと無理そうですね。
それにしてもなーんか、落ち着いちゃってるよ。自分。
相手が素手のゴブリンだからかね。命の危険は特にない相手だし。
まっ…そんな相手を殺しちゃうのもなんだから。
アレよね。とりあえず最初ぐらいはアレをやってみたいものよ。
ガン! ゴン!
尻尾の先に付いたタマゴアタックにて残りのゴブリン達はゴロゴロと転げまわり闘技場の隅で気絶。
お片付けしやすいように全部同じ場所に飛ばしておきましたよ。うん。
追撃してトドメを刺すのも面倒なので派手に勝利の雄たけびをあげましょう。
ガオーンっとね。
声を上げた後に気が付きましたが、対戦相手を殺さずの意思表明はどうしたら良いのでしょう。
外野からは、コロセーだの食っちまえーだの。ガンガン野次がとんできます。
少々どころか、かなり困りましたが…これ以上の進展がないと判断され扉が開きます。
本来であれば勝負が終わった後に魔物を外へ導く者が者が存在したのだろう。
けれども自分で外へ出ようとするその蛇の姿に戸惑いを覚える怪しい男を発見。
どうしたものかと闘技場内と既に外へ出てしまった自分を見返していた。
そして自分を入れる筈の檻を華麗にスルーされた辺りで
数名の職員が食べ物と自分に取り付けられている電気ビリビリ装置で誘導しようと試みました。
一度ビリビリされたので分かります。ちょっぴり気持ち良かったですが何度も受けるものではないです。
まあアレですね。やっぱり自由はそんなにないようです。
とりあえず食べ物に釣られるがままに檻に収まりビリビリの刑は免れたかな?
おとなしく檻の中で木の実っぽいのを食べ続けるのです。
もぐもぐ、もそもそ、ゴブリンよりおいしいです。
あんなモノ食えって言われても困るのですよ。はい。
一応倒して食べれば強くなれますけど。
今更ランクA………ではないか。今更…でもないよね。
生まれたばかりですし倒しておけば良かったかもしれません。
…まあそれも今更ですね、今更が続いてます。
だって、やってみたいじゃないですか。
グラディエーターになって相手を殺さず突き進む系ヒーローっぽいのとか。
…でも、そのうち普通に殺っちゃいそうです。
トドメを刺す以外に強くなる方法が魔物に備わっていれば良いんですけどねー。
今後を考えるも…なんとかなるでしょ。今の所はね。
ゴクリと、木の実が足りなかったのでなんとなく、ヤシの実っぽい何かをまた呑み込んでしまいました。
その後に今の自分の飼主が歯磨き粉のチューブを巻いてひり出すが如くに圧迫し。
体を押して吐き出す事を強要されましたがやっぱり変な気分です。
吐き癖が付いたらどうするんですか?
まったくもう…
ささやかなる抗議の声を上げるも虚しく響き自分は石の牢獄へと閉じ込められるのでした。
いやあ…作りは立派なのですが。石作りですよ。石造りなのは良いですが。
その他に何もないんですよ。魔物小屋みたいなものなんでしょうか。
個人的に住むのであれば木造が一番です。落ち着きますし。
それにしてもこの状態は…うー。寒い寒い。防寒具は…自前のタマゴだけですね。
自分のですし、このまま外にいれば体調を崩しそうです。
しゅるしゅると体を丸くすれば体が全部タマゴの中に納まりました。
タマゴの割れ目のトゲトゲは出入りを繰り返すうちに潰れて丸くなっていってますし。
体がすっぽり収まるタマゴはやはり良いものです。
これを脱ぎ捨てるなんてとんでもない。
そう言いきれてしまうぐらいに依存しそうです。
このタマゴの中でなら延々と眠り続けられそうですよ。
…ふぅ、落ち着いた所で考える時間は十分に与えられました。
次なる対戦は数日後。のようです。
それまでに現状の把握を出来る限りに行う必要がありますな。
どうにも今の体は変な感じがしますし。
自分の身に何かが起きたというのも何となく察しています。
特に…何かが物足りない気がして哀しい気分になってしまい、心を圧迫するのです。
お陰で思考が纏まらず、それより先は通行止めと言わんばかり。
その物足りなさが何なのか。
考える内に自分はタマゴの中で微睡んでいくのだった。
* * *
時間軸が数日吹っ飛んだようです。
間に何があったかは追々。
蛇さんには良くある事?




