【我はアスピク】-3-
蛇の王は道に迷っていた。
スキルとして地形を把握可能となるスキルを持っているにも関わらず。
魔王と呼ばれた蛇は目的地へ辿り着けなかった。
理由は単純にして明快である。
目的地その物が存在していなかったのだから仕方ない。
故にアスピクと呼ばれる唯一の個体は突き進む。
手掛かりなど何一つ残ってないが気の向くままに進む。
そのうち走るのも面倒になったので遂には空を飛び始める。
蛇であり、数十メートルを超す巨躯でありながらも、その蛇は空を跳んでいる。
理不尽な速度で飛翔するソレは常人が見ても理解の及ばぬ存在であった。
アスピクの目に何かが止まる。
見渡す限りの森一色であるのだが。
アスピクの目にはソレが映っていた。
「みぃ~つけたぞぉー!」
天地を揺るがす咆哮が森へ響いた。
アスピクの体が一筋の矢となりて
魔力で形成された弓とも似た何かにより打ち出された。
キュイイイイーーーーーーン…!
ズドガーン!
ピギャー…べちょ。
理不尽なる来訪者を迎え入れた建物は爆裂四散。
見るも無残な姿を晒し、館の主は思考を停止し固まった。
アスピクの頭より何かが落下した。
その何かは勢いの向くままに散々連れまわした
スライムという魔物である。
館の主は動きのあったソレを目に留め考える。
観察すればそのスライムはただのスライムではなかった。
金色のスライムである。
こんな色のスライム等、館の主である者の記憶の中にそんな前例はない。
神々しいまでの光を内包し体内で巡る魔力の大きさは
館の主が知る中でも最上級のモノであった。
「美しい…」プルプル…
「そうかそうか。
我を前にそのような感情を抱くとは見込みがあるではないか!」
「ハッ…一体これは?」プルルンプルルン…
目の前で起きたばかりの超常現象に理解の及ばぬままに。
館の主、この場に存在したもう一匹のスライムは驚きに身を震わせる。
「我は蛇王アスピク! ユグドラシル種のスライムよ!
我の軍門に下れい! 抵抗は許さん! 逃げれば叩きのめす!」
「………」プルプルプルルルルルルル…ぺちょん
ユグドラシル種と呼ばれたそのスライムは。
世界で4種しか存在出来ぬと言われる種族の一角。
まさに、そのモノだった。
巧妙に擬態し、人間側として生活していたにも関わらず。
本編登場のその時に、アスピクに見つかったのは理不尽としか言いようがない。
突如現れたその理不尽なる来訪者にユグドラシル種のスライムは悟る。
もうダメだ…おしまいだ…と。
「その行為、肯定とみなす! 3分以内に復帰せぬ場合。食ろうてやるぞ!」
「はい…戻ります。逆らいません。」ぷるん
スライムは人型に擬態もせずに
スライム特有の球体状となりアスピクと向かい合う。
「ですのでお父さん。その子を私に下さい。」ぷるるん
「許さん! コレは私のモノだ!」
「ぷぺぺぺぺぺぺぺぺ!?」
「立派な子供も沢山作ります! ですから!」ぷるりん
「ぺぽ!? ポポポポポポペペ!?」
「ならん! 我等は聖都【グレイシア】を潰さねばならんのだ!」
「なんと! ならば私のこの能力でやはり大量の我が子達を!
この個体とであれば、十分な戦力となりて聖都を蹂躙できるものかと!」
「むっ…成程。その手があったか!」
「ププペ!? ポペポペポペポペポペ!?」
話は丸く収まった。
しかしただ一匹。
抗議の声を上げるが理解されずに取り残されるスライムがいたが、
そんな金色のスライムの心情等は些細な事である。
諦めの境地に達した金色のスライムは不意に訪れる何者かの気配を感じた。
無論そのスライムが感じる前に他の二匹は気が付いていたが。
この状況を打破するべきものは何一つとして存在しない。
「何があった! サプ殿!」
姿を現したその人影は。
少女のような姿だったが、人間というには不自然な姿であった。
肌は白く、緑色の頭髪…であろう部分には葉っぱが生い茂っていた。
体つきも下半部の作りが人間とは逸脱していた。
一見すれば魔物であろう種族の一つ。
詳しく説明するのであればその種族もまた。
「ふむ、おかしいと思えばもう一匹。
ユグドラシル種の入れ食い状態だな。運が良い。」
ひゅるん。
突然の来訪者は、暴虐無人に振る舞う魔物の触手により
ぐるぐる巻きにされた。力量の差は歴然である。
彼等ユグドラシル種がどのような策を練ろうとも。
目の前のアスピクという魔物の前では全てが無意味。
生まれたばかりの赤子達の前に相撲レスラーが乱入したようなモノなのだ。
それ程までに力の差が歴然としている事に、
ユグドラシル種の2匹は理解していた。
そして大口を開けた蛇の王の眼前に運ばれた
緑色の生きモノは死を覚悟する。
「ひぃ! そんな触手と舌を見せつけるなんて…乱暴するつもりでしょう!」
「丁度腹が減っておってな。
我が軍門に下らんのならこのまま食ろうてくれる。」
「い…言う事を聞けリフ! アスピク様! ご容赦を!」ぷるるぷ!
「プペ! プペプペ!」
金色のスライムの必死な抵抗によりアスピクは外観主に緑色の生き物を解放する。
若干赤く火照った顔をするリフと呼ばれた魔物は戸惑うばかり。
実を言うとそんな状況に心を震わせ、
歓喜に喜び悶えていたと本人が気づくのはまた別のお話しである。
「一体…どういう状況。」
「私も分からん…」ぷるんぷるん
「プペ…ペペペ。」
「では落ち着いた所で貴様等。
ユグドラシル種の二匹には罪を償って貰おう。」
依然として理解の及ばぬ状況に戸惑うばかりの二匹の前で
アスピクは『蛇王の威光』を放ちつつ、そう言った。
ユグドラシルの魔物達は逆らう気すら起きなかった。
逃げる気力も湧き上がらなかった。
馬鹿げた力の差を目の当たりにし完全に委縮してしまったのだ。
「罰とは一体…」ぷるるるるる...
「ひい…もしかして。。。」
「無論、貴様等が食らうでもなく生まれ出でた可能性を持つ魔物達を…
魔物として正面から挑むのではなく…
あまつさえ人間共を使い自らの手を汚す事も無く…
ただただ処分され続けた我が同胞達の呪いを。受けるが良い!」
「プペ?」
辺りが閃光に包まれた。
アスピクが持つユニークスキル『蛇王の呪い』の力による物である。
適性を持たない者ですら視認できる程の魔力の塊が
圧倒的な存在感を持って現れた。
「あっ…ああっ……やだ…やめて!」
「うわぁ…さらば我がグミ生。」ぺちょん
「ペポ? ポポ? ポン。」
「審判の時だ。」
呪いの蛇はスネークリングの姿と似ていた。
その数は千を超えている。
心半ばに生を終えた蛇の呪いは
アスピクの魔力により仮初の体を得て自らを殺した要因となろう者達を。
ユグドラシル種の二匹を睨み続けていた。
「お願いします…なんでもしますから! 命ばかりは!」
「償える事であれば力の及ぶ限りに…何卒お慈悲を。」ぺちょぉ…
「ペル?ペルル?」
「では貴様等に言い渡す。
10年だ! 10年以内に我の納得する成果を出さねば貴様等は死ぬ。
既にユグドラシル・ティアは誕生している!
故に我等が呪いの執行は思い留まった!
何を成せば良いのか考えろ!
だがしかし、考えた所で既に貴様等を働かせる用意は出来ている。」
そして光り輝く蛇達は二匹のユグドラシル種に収束し、その体内に吸収されてしまった。
見るからに青ざめた二匹の魔物は互いに顔を見合わせる。
「もう一度言おう。貴様等の余命は10年だ。
我を納得させる働きがなかった場合。それまでの命となる事と知れ!」
「はいぃ…誠心誠意を持って、尽くします。」
「お慈悲を…感謝します。」るプ!
「ぺるっぷ?」
廃墟と化した建物の前で一つの主従関係が出来上がった。
見る者が見れば有り得ない光景であった。
ランクAに分類される魔物が二匹。
世界に4種しか存在出来ぬとされる魔物が二匹。
より強大な魔物の前で首を垂れるその光景。
アスピクの頭部には金色に輝く王冠が輝いていた。
「では付いてこい、ユグドラシルの魔物よ!
ちなみに我から逃げたと判断されれば、その場で貴様等は死ぬ。」
「マジっすか。私はとにかく遅いんです。」プルルプル
「えっと…私も速さには自信がなくて。」
「プププ。ププ!」
しゅるん。
「ならば我が運ぼう。次なる目的地はリムの領域だ!」
「ゲッ…マジっすか。私達殺されます。
せめて…満足行くまで子を成してから死地へ…」プルプルン
「うう…どうしてこうなったの。」
「ペペ…」
蛇王アスピクはゆく。
ユグドラシルの魔物を持物として。
その持物が時折叫び声を上げるが些細な問題である。
金色の王冠がきらりと光りを反射する。
その度にアスピクの頭皮が薄くなり。
癒しのグミ体の効果により強靭な頭皮となって再生されるので
ギブ&ギブな関係を築かれていた。
癒しのグミ体を持つこのスライムを頭に乗せれば頭皮の問題は無くなる。
そんな事を思い立った人間が過去に存在したようだが、
頭部ごと溶かされて、この世を去ったという事例は数件確認されている。
この行為は対象がアスピクであるから許される行為であった。
アスピクを恐れぬスライムであるからこそ、なされた結果であった。
アスピクは跳ぶ。
上空より方角を見定めて異質な地形で広がる魔城へ進路を向ける。
空間の歪みを感じたアスピクは一律の不安を感じた。
かつて、自分が戦い。
敗れる事となったあの力と同一のものが魔城で感じられたのだ。
急がねばならんが。
この持物共の体が持たんのもまた事実。
我の勘は良く当たるのだが。
今…感じるこの感覚は全くもって予想がつかん。
つまりは…あの忌々しい女神が関係しているに違いない。
悪い予感も良い予感も何も感じられん…!
ミシミシミシ…ぐちゃり。
持物は悲鳴を上げた。
血飛沫、ゲル飛沫を撒き散らし。
ぐったりと力なく垂れさがるソレ等は生きてはいるものの
暫く再起は不能であろう。
アスピクはそれ等を見て自分が急ぎすぎたであろう事を反省する。
金色のスライムにソレ等の治療を命ずると。
アスピクは一匹瞑想する。
何かが起こる筈なのだ。
間に合わぬのなら、見届けなくてはならん。
機を逃せば取り返しのつかなくなる事態が起こる。
ヨルンの奴は今頃何をしているのだろうか。
ふと、アスピクはそんな事を考えていた。
心配はしておらんが、あ奴は正直。
何をしでかすか分からん奴だからな。
我でも読めぬ奴が故に………やはり心配なのかもしれん。
この胸騒ぎが杞憂であれば良いのだが。
アスピクが見下ろせば、ユグドラシル種である魔物が二匹。
だらしなく泡を吹いていた。
復帰にはまだ暫く時間がかかりそうだ。
「おお天使よ…アナタの子をこの身に!」 ぷりん!
「触手が! 触手はやなの! もうやめてー!」
「ぷぷぷぷぷ! ペペペペペ!」
「休憩時間は10分だ。それまでに治さねば貴様等は死ぬ。」
傍から聞けば理不尽な要求を突き付けられた持物達。
ソレ等の能力的に、決して不可能な要求はしていない。
結果的に3分で治療を済ませたソレ等はアスピクに付き従い後に続く。
今度は持物としてではなく。配下として後に続く。
彼等は魔物として理解していた。
目の前のこの理不尽の塊である蛇の魔物こそが王たる器である事に。
彼等に負の感情が沸き上がる事は無かった。
清々しいまでの力の差を見せつけられていたからだ。
恐怖を通り越して一種の安心感すらも彼等は得ていた。
その中で一匹。
アスピクの頭部に居座る王冠だけは違った。
(この髪の毛っぽい鱗。やっぱり美味ェ…)
* * *
この世界の人間の命の重さ
髪の毛 > 命
無論。極一部の人間に限ります。




