記憶
[8:30]『午前0時まで残り15時間30分』
朝。僕はいつも通りに教室の扉を開けた。
いつも通りの教室…
じゃなかった。
「おはよう」
と声をかけられる。それに、
「おはよう」
と返す。
いつもはいる筈の蓮がそこにいなかった。
蓮の机も無くなっていた。昨日までここに蓮が座っていたのに。
「消えたんだ…」
昨日の夜のことを思い出す。
目の前で消えた蓮のこと。
確かに僕の前にいた。
確かに話をした。
確かに笑い合った。
なのに、今は其の痕跡もない。
なのに、皆んなは、普段通り会話をしている。
まるで最初から何もなかったように。
其の内一人に、
「昨日のこと……覚えてるよね?」
思いに縋るような弱い声でそう言った。
「昨日…?」
「いや、なんでもない。覚えてないのならそれでいいんだ。」
「昨日か?」
別のところで声がした。
僕は振り返った。
「何かあったっけ?」
僕は答えられなかった。いや、口に出せなかったというのが正解かもしれない。
そいつは少し考える素振りを見せた後、
「昨日…僕は大切なものを失ったような気がする」
と言った。
僕は驚きのあまり目を見開く。
「え……?」
「分からないんだ。」
そいつは頭を抑え、
「でも何か引っ掛かっているような気がする。」
僕は其の言葉を聞いて、その場から動けなくなった。
もしかしたら…もしかしたらこの人は何かを覚えているのかもしれない。
「大切なものって…何?」
「それは…思い出せない。」
僕は、其の名を言った。
「神谷蓮。」
其の名を口にした時、教室の雰囲気がガラッと変わった。
「神谷…?」
誰かが呟いた。
僕は顔を上げると、
「覚えているのか?」
「いや…でも、知ってるような気がする。」
「俺は覚えてるぜ」
突然背後から声がする。
それに釣られたように、
「僕も」
「私も」
と徐々に数を増やしていった。
16人。覚えてる人がいた。
「よかった…」
僕はつぶやいた。
「俺だけじゃなくて。」
*[13:30]『午前0時まで残り10時間30分』
その日の昼休み。
覚えている16人は教室に集合した。
僕は机を囲むみんなを見る。
「みんな、本当に蓮のことを覚えているのか?」
「どういう意味?」
「僕は、みんなのことを信じたい。でも、確認しないといけない。蓮とのことを話してくれないか?」
一人が口を開く。
「俺は…蓮と一緒によく帰った。くだらない話ばかりしてたけど、楽しかった。」
「私は…体育の時に助けてもらった。ボールが私の前に飛んできた時、蓮が前に出てくれて守ってくれた。蓮、優しかった。」
「給食の時間…おかずをよく一個取られた。勝手にとるなって言ったら、じゃあ明日から一個多く持ってこいよって…」
其の言葉を言った後、少し遅れて、涙混じりの声で
「明日なんて来ないくせに…」
「私は雨降っている時に傘忘れちゃって、傘貸してもらった。今日返そうと思ったのに…今思えば、蓮優しかったなぁ…」
「僕は、数学のテスト教えてもらった。でも、2人共間違えて先生に怒られたな。バカだったなぁ。」
それから、数人。
16人それぞれ蓮との思い出。
それぞれ違う神谷蓮。
僕だけの友達じゃなかったと今更思う。
みんなの中に蓮はいた。
そんな中、一人が口を開いた。
「あれ…?」
「どうした…?」
「蓮ってどんな声してたっけ…?」
「顔は覚えてる…でも、声が思い出せない…」
嫌な予感がした。
だが、其の予感は当たってしまった。
1人。また1人。
「神谷蓮って誰だっけ?」
「お前、こんな時に冗談は言うな。覚えているんだろう?」
「ごめん…本当に思い出せない。」
僕は叫んだ。
「昨日まで一緒にいたじゃないか!」
そいつは少し困ったような顔をして、
「昨日ってなんかあったっけ?」
直人は言葉を失った。
記憶が消えている。少しずつ。
名前が…
声が…
思い出が…
そして存在そのものが。
僕はスマホをポケットの中から出す。
蓮との写真を探す。
「これ…」
写真を開く。直人が写っている。
其の横には…誰もいなかった。
「え…?」
直人は何度も画面を見た。
昨日まで確かにそこにいて、肩を組んで笑っていたのに。
それなのに、今は直人1人だけ。
「なんでだよ…?」
別の写真を開く。
また自分のみ。
次の写真。
また自分のみ。
動画を再生する。
聞こえるのは、直人の声だけ。
蓮の声が一切なかった。
「やめてくれよ…俺の記憶まで消すな…」
直人はスマホを握りしめた。
*[17:30]『午前0時まで残り6時間30分』
直人は放課後一人で校舎を歩いていた。
廊下、階段、体育館。
全部思い出のある場所だった。
一緒に笑ったり、喧嘩したり、くだらない話をした。
でも、何かを思い出そうとすると、何かピースが足りない。
「蓮…」
直人は立ち止まった。
「お前の声…」
思い出せない。目を瞑って必死に思い出そうとする。
すると、脳内で、
『当たり前だろ。』
聞こえた。
直人は目を開ける。
「蓮…?」
そこには誰もいない。当たり前だ。蓮は消えたのだから。
直人はゆっくりと歩いて教室に戻った。
蓮がいたはずの席。そこへ座る。
そして、僕は誰もいない空間へ話しかける。
「なあ、蓮。明日も学校来るよな?」
返事はもちろん無い。だが、あの時の言葉が深く心に残っていた。
『当たり前だろ。』
直人は少し笑う。
「来なかったじゃん…」
涙が頬を滴り落ちる。
*[23:48]『午前0時まで残り12分』
其の夜。
記憶が残っている人だけ集まった。
でも、16人はいない。
1人、1人記憶がなくなっていき、
最後に残ったのは7人だった。
直人は目の前にいる6人を見る。
「僕たちだけか…」
誰も何も喋らない。
直人はゆっくりと口を開いた。
「蓮はここに絶対にいた。」
直人は溢れ出てきた涙を拭う。
「僕たちが覚えてる限り。」
少し間を置き、
「消えたことにはならないよな。」
一人が頷く。
「うん。」
そして7人全員が顔を見合わせる。
「絶対に忘れないぞ、蓮。」
*[0:00]『午前0時まで残り0分』
其の瞬間。全員のスマホが鳴った。
スマホを見る。
{記憶保持者:7名}
{記憶消失者:25名}
直人は息を呑む。
其の下には
{次のゲームまで残り0:00}
「ゲーム?」
誰も答えなかった。
部屋の中に機械音が響き渡る。
{記憶保持者7名を確認しました。}
全員のスマホに通知。
{次のゲームを開始します。}




