第四話
「おじさん名前なんていうの?」
「ん? 透だよ。白崎透。二人の名前は?」
「俺はしょうた! 翔太って書く!」
「僕はしょうじ! 勝二って書くよ!」
「翔太と勝二か。いい名前だ」
三人と一匹で連れ立ち、田んぼ沿いの道路をテクテクと歩いた。
太陽が真上に昇り、段々と暖かくなってきた。隣を見ると、翔太と勝二が太陽に負けない笑顔でこちらを見上げていた。
「その猫のなまえはー?」
「この猫は黒又さんだよ」
「クロマタサン? 変ななまえ〜」
二人はケラケラと笑いながら僕の手を引っ張った。周りに少しずつ民家が増えていくのが見てわかる。緑と灰色が混ざり合う田舎の色合いが昔を思い出させた。
「ここが僕たちの家だよ!」
翔太が一軒の家を差し示した。二階建てのしっかりした良い家だ。表札には柴田と書いてあった。
「お父さん呼んでくるからちょっと待っててー!」
二人が家の中に入っていった。
「子供の扱いが上手いな透」
「まあね。子供は好きなんだ」
「それなら早く結婚したらどうだ?」
「それとこれとは話が別なんだよ?」
黒又さんと言い合いをしていると、家の玄関から一人の男性が出てきた。
「透? 透か?」
「あれ? もしかして勝也兄ちゃん?」
小学生くらいの頃におじいちゃんの家に行くと、よく遊んでくれていた年上のお兄さんがいた。それが勝也兄ちゃんだ。あの頃から背格好が大きくなって顔も大人びているが、面影があったのですぐに分かった。
「透〜! 久しぶりだなあ! お前老けたな〜」
「第一声がそれ? そっちだって老けてるよ」
僕たちはお互いの顔を見て笑い合った。
「それより、透はここに住むことになったんだって?」
「そうなんだよ。おじいちゃんの家に住むことになったんだ」
「そうなんか! うちの子供が世話になったみたいで、ありがとな!」
「いやいや。それにしても勝也兄ちゃんの子供だったのか。どうりで元気なはずだ」
二人で笑いながら、しばらく昔の思い出話に花を咲かせた。勝也兄ちゃんも昔と変わってなくて、なんだかホッとした。
「そうだ、今からご飯食べに行こうと思うんだけど、勝也兄ちゃんも一緒に行かない?」
「いや、ちょっとうちの親父が調子悪くてな。診てないといけないんだ。すまんな」
「そうなんだ、大変だね……。じゃあどこかご飯が食べられる良いところを教えてもらえるかな?」
そうして、勝也兄ちゃんから幾つかの飲食店を教えてもらった。
「ありがとう勝也兄ちゃん。それじゃあ僕はそろそろ行くよ。時間ができたらゆっくり話をしよう」
「ああ、落ち着いたら連絡するわ。あ、連絡先教えてくれよ」
僕はスマホをポケットから取り出して電話番号とチャットアプリのアドレスを交換した。この町で知り合いがいるのは正直ありがたい。僕は交換した連絡先を愛おしむように眺めた。
「それじゃあ兄ちゃんまたね。翔太と勝二もまたな!」
「ああ、またな」
「透おじさんまたザリガニ取ろうね〜」
「ばいばい〜」
僕は三人と別れると、教えてもらった店へ行くために商店街へと向かった。
商店街へ着くと、僕は教えてもらったボヤージュという喫茶店で昼食をとった。そこは昔、おじいちゃんと一緒によく通っていた店だった。ここのオムライスが好きでよく食べていたものだ。
せっかくなので、僕はオムライスを頼んでみた。久しぶりに食べたオムライスは昔と同じ味がしてなんだか嬉しかった。
ちなみに、そこの店はなぜか黒又さんを店に入れても何も言われなかった。さすが田舎、小さいことには拘らない寛容な住民性だ。
お腹もいっぱいになり、店から出た僕はスーパーで食料品の買い出しをすることにした。黒又さんがあれ食べたいこれ食べたいとうるさかったので、やたらたくさん買い込むことになってしまった。
そのスーパーの中で、おばさんたちが噂話をしているのを耳にした。勝也兄ちゃんのうちのおじいさんの体調が良くないという話だった。そんなに悪いのだろうか? 僕は少し心配になった。
パンパンになった買い物袋を下げて家路についている時だった。町外れに木が生い茂っている小さな森のような場所を見つけた。そこの奥を木の隙間から覗いてみると、鳥居が立っているのが見えた。どうやら神社のようだ。
「ここ神社? もしかして黒又さんの神社ですか?」
「違うわ! こんな汚ったない神社がわしを祀ってる神社なわけないだろう!」
「そうなんですか? 立派な神社だと思うけどなあ。折角だし、挨拶して帰ろう」
「あ! ちょっと待て透!」
僕は黒又さんが呼び止めるのを無視して入り口らしきところから森の中へと入っていった。
中の参道を通り、鳥居をくぐると拝殿が見えてきた。すると、拝殿の前に何かが居るのが見えた。
「あれは……犬? いや、狐か?」
この辺って野生の狐がいるんだっけ? と訝しんでいると、狐がこちらに歩み寄ってきた。よく見ると、その狐は真っ白でとても綺麗な毛並みをしていて思わず見惚れてしまった。
「久しぶりだな黒いの。ここに何しにきたんだ?」
狐が僕の目の前に来ると突然話しかけてきた。し、喋った? もしかして、この町の動物はみんな喋るのだろうか? 僕が戸惑っていると、黒又さんが僕の頭の上から飛び降りた。
「ふん。わしは来たくなかったんだが、こいつが強引に入っていきおったんだよ」
黒又さんが吐き捨てるように答えた。なんだか険悪だ。猫と狐って仲が悪いのかな?
「なんじゃ? この人間は。黒いのの使いか?」
「こいつは新しいお役目だ。虎徹の孫だよ」
「ああ、なるほど」
「え、おじいちゃんのこと知ってるんですか?」
「もちろん。虎徹はよく我に油揚げをくれたからな」
やっぱ狐って油揚げ好きなんだ……。ていうか、おじいちゃんは動物が好きだったからなあ。すぐに動物に餌をあげて、よくおばあちゃんに怒られてたな。
「我は宇迦様の使いの白狐じゃ。虎徹は我のことを白尾と呼んでおったがな」
尻尾が白いから白尾なんだろうか? おじいちゃん名前つけるの雑だなあ。
「僕は白崎透と言います。えっと、これからよろしくお願いします」
僕は自己紹介をすると、ぺこぺこと頭を下げた。白尾さんが偉そうだったので、なんとなく下手に出てしまった。
「透か。お役目をするならば、何かと出会う機会も少なくないだろう。よろしく頼むぞ」
「そうだ、折角なのでお近づきの印にどうぞ」
僕はスーパーの袋から味噌汁用に買っておいた油揚げを取り出し、白尾さんへと差し出した。
「むほっ! 油揚げ! 殊勝な心がけじゃ」
油揚げを袋から出してあげると、白尾さんは嬉々として油揚げを咥えた。
「ふがふが。何か困ったことがあったら我に言うと良い。そこの黒いのよりも有用な助言を与えてやるぞ!」
「なんだと! ただの使いぱしりのお前より神様のわしの方が優れておるに決まっとるだろ!」
「ふん、吠えておれ。それじゃ我はこれで失礼するぞ」
白尾さんはそういうと、こちらを向いて何度か尻尾を振り、拝殿の方へと走っていった。
「綺麗な狐さんでしたね」
「ふん! 狐なんぞ獣臭くて敵わんわ!」
黒又さんも獣なのに……やっぱり狐と猫って仲が悪いのかもなあ。
「それにしても油揚げが無くなったから味噌汁が味気なくなってしまうじゃないか」
「味噌汁なんて飲むんですか?」
「味噌汁は身体にいいんだぞ?」
「おばあちゃんみたいなこと言うなあ」
ブツクサと文句を垂れる黒又さんを宥めながら、僕たちは神社を後にした。




