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確信

 白布の張られた簡素なベッドが、部屋の隅に置かれていた。

 レオンはその横へ移動し、手袋をはめる。

 アイリスを見ることなく、器具を整えながら言った。

「横になってください」

 短く、それだけ。

 アイリスは一瞬だけベッドを見る。

 それから何も言わず、歩み寄った。

 軋む音とともに体を横たえる。

 布は冷たく、かすかに薬品の匂いがした。

 視界の端で、レオンが動く。

 細いガラス管を取り上げ、光にかざす。

「これは、改良後の抽出液です」

 淡々とした声。

「貴方の体は、一度これに耐えています」

 レオンはベッドの傍へ来る。

 動きに迷いはない。

「ですから、確認が必要です」

 アイリスは視線を逸らさない。

「……確認って?」

「再現です」

 言い切る。


 布に液体を含ませる。

 それを、アイリスの手首に当てた。

 ひやりとした感触。

 じん、と違和感が広がる。

「少し、吸入も」

 小さな容器の蓋を開ける。

 甘い香りが広がる。

 ゆっくりと、体の奥へ入り込んでくる。

 レオンは一歩下がる。

 ただ観察している。


 数秒。

 何も起きない。

 だが——

 じわり、と熱が上がる。

 手首。

 触れられた場所が、焼けるように熱い。

 視線を落とす。

 赤い斑点が、浮かび上がっていた。

「……っ」

 息が詰まる。

 それはゆっくりと広がっていく。

 皮膚の内側から滲み出るように。

 熱が上がる。

 心臓が速くなる。

 呼吸が浅くなる。

「順調です」

 レオンの声は変わらない。

「発症速度も、想定通り」


 アイリスは歯を食いしばる。

 指先が震える。

 体の奥がざわつく。

 血が熱い。

 内側から押し上げられるような感覚。

 視界が揺れる。

「……やめて……」

 かすれた声。

 だが、レオンは動かない。

「まだです」

 淡々と返す。

「ここからが重要です」

「通常であれば、この段階で症状は急激に悪化します」

 呼吸が乱れる。

 喉が焼けるように痛い。

 熱が腕から肩へ広がっていく。

「ですが、貴方は違う」

 静かに続ける。

「どこまで耐えるのか——それを確認します」

 その言葉に、アイリスは顔を上げる。

 滲む視界の中で、レオンを睨む。

「……間違ってる」

 息を乱しながら、それでも言い切る。

 レオンは一瞬だけ沈黙する。

 だが、すぐに視線を戻した。

「評価は後で」

 感情のない声。


 体が大きく揺れる。

 熱が限界に近づく。

 それでも——意識は落ちない。


 レオンの目が、わずかに細められる。

「……やはり、致死量でも崩れない」

 小さく呟く。

 確信に近い響きだった。

 レオンは机の上の小瓶を手に取る。

 透明な液体。

 わずかに粘度があり、光を受けて鈍く揺れる。

「……これを使います」


 アイリスの呼吸は荒い。

 視線は揺れ、指先は震えている。

 発疹は腕を越え、首元へ広がっていた。

 レオンはアイリスの顎に手をかける。

 強引に顔を上げさせる。

「口を開けてください」

 拒む間もなく、唇がこじ開けられる。

 ガラス管の先が、唇に触れる。

 冷たい感触。

 傾けられる。

 液体が、口の中へ流れ込む。

 苦い。

 焼けるような味が、喉に落ちる。

「……っ」

 反射的に飲み込む。

 一拍。

 何も変わらない。

 呼吸は荒いまま。

 熱も、痛みも、消えない。


 だが——

 ふ、と。

 ほんのわずかに、息が楽になる。

「……あ……」

 かすかな声が漏れる。

 焼けつくような熱が、少しだけ引いた。

 発疹の広がりが止まる。

 だが——

 消えない。


 赤は残る。

 完全には戻らない。

 レオンはその変化を見つめていた。

 瞬きすら少ない。

「……抑制はできている」

 静かに呟く。

「だが、完全な反転には至らない」

 視線が、アイリスの腕をなぞる。

 残った発疹。

 消えきらない熱。

 不完全な回復。

 レオンはゆっくりと息を吐く。

「……まだ、足りない」

 それは失敗ではない。

 むしろ——確信に近い。

「方向性は正しい」

 小さく続ける。

「あと一段階」

 その視線が、再びアイリスへ向けられる。

 測るように。

 選ぶように。

「もう少しで、完成する」


 アイリスは荒い呼吸のまま、レオンを睨む。

 熱はまだ残っている。

 痛みも消えていない。

 それでも——意識ははっきりしていた。

「……それで、この国を変えるつもり……?」

 かすれた声。

 レオンは、わずかに目を細める。

「変える必要はありません」

 ガラス器具が、かすかに音を立てた。

「残るべきものだけが、残ればいい」

 淡々とした声だった。


 わずかな沈黙。

 レオンは視線を落とし、器具へと手を伸ばす。

「今の結果を踏まえて、もう一度」

 静かに言う。

 アイリスの指先が、わずかに強く握られた。

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