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痛みのあとで

 夜は、やけに長かった。

 目を閉じても眠れない。

 じくじくとした痛みが意識を引き戻し、脈に合わせるように鈍い熱が広がっていく。

 アイリスは浅く息を整えながら、ただそれに耐えていた。

 無意識に、胸元へ手が伸びる。

 指先に触れたのは、小さな装飾のついたネックレスだった。

 そっとなぞり、やがて手を離す。

 そのまま指先を下ろし、枕の下へ滑り込ませる。

 紙の感触。

 サイラスがくれた押し花。

 指先で、そっと押さえる。

 帰る場所。

 待っている人。

 そのことを静かに思い浮かべると、それだけで、少しだけ息がしやすくなった。

 ここで向き合うしかないと、思った。


 そのとき、扉が静かに開いた。

 顔を上げると、ルーファスが立っていた。

 何も言わない。

 ただ視線が落ちる。

 包帯の巻かれた手元へ。

 わずかに、眉が寄った。

「……まだ起きてたの」

 短い言葉。

 アイリスは小さく頷く。

「……ちょっと、痛くて」

 ルーファスは答えない。

 しばらく、そのまま立っていた。

 視線は、包帯から離れない。

 やがて、懐に手を入れる。

 取り出したのは、小さな瓶だった。

 中で、透明な液体がわずかに揺れている。

「……これ」

 短く言って、差し出す。

「飲んで」

 アイリスはその瓶を見る。

 ほんの少し、迷う。

「痛みは、少しはましになる」

 付け足すように言う。

 それ以上は何も言わない。

 押しつけるでも、強く勧めるでもなく、ただそこに差し出されているだけ。

 アイリスはゆっくりと手を伸ばす。

 指先が瓶に触れる。

 ほんのりと冷たかった。

「……ありがとう」

 小さく言う。

 ルーファスはわずかに目を逸らした。

「別に」

 短い返事。

 それだけで、会話は終わる。

 瓶の蓋を開けると、かすかに苦い匂いがした。

 口に含む。

 舌に広がる、強い苦味。

 思わず、眉が寄る。


 少しして、痛みが遠のいていく。

 消えたわけではない。

 けれど、その輪郭がぼやけていく。

 張り詰めていた意識が、わずかにほどけた。

 ふと視線を上げると、ルーファスはまだそこにいた。

 何も言わず、ただ立っている。

「……もういい」

 ぽつりと告げる。

「早く寝て」

 その言い方は不器用で、命令のようでいて、どこかやわらかい。

 アイリスは小さく頷いた。

 横になる。

 さっきまでより、呼吸が楽だった。

 視界がゆっくりと暗くなり、意識が沈んでいく。

 眠りに落ちる直前、扉の閉まる音がかすかに聞こえた。


 アイリスは、浅い眠りの中で夢を見た。

 東の畑だった。

 やわらかな陽の光に包まれた、見慣れた場所。

 まだ背の低い頃の自分が、そこにいる。

 足元には、蔓の伸びる花。

 白い小さな花がいくつも連なり、風に揺れていた。

「ほら、こっち」

 声がする。

 振り向くと、サイラスがいた。

 今より少し幼い顔で、手招きしている。

 アイリスは笑って駆け寄った。

 草を踏む感触。

 陽の匂い。

 すべてが、懐かしい。

「これ、編める?」

 サイラスが蔓を差し出す。

 まだぎこちない手つきで、それを受け取る。

「できるよ」

 少し得意げに答える。

「お母さんに教えてもらったの」

 指先で、ゆっくりと蔓を絡めていく。

 何度かやり直しながら、それでも形にしていく。

 不格好な、小さな輪。

「……できた」

 差し出すと、サイラスは少し驚いたように目を見開いた。

「すごいな」

 素直な声だった。

 アイリスは、少しだけ照れる。

 ふと、風が吹く。

 花の香りが、ふわりと広がった。

 胸の奥に残るような、やさしい匂い。

 甘すぎず、どこか涼しくて、静かに沁みてくる。

「いい匂いだね」

 サイラスが言う。

「うん」

 アイリスも頷く。

「この花、好き」

 そう言って、もう一度深く息を吸い込む。

 その様子を見つめながら、サイラスがぽつりと呟いた。

「……俺も、好きだな」

 その言葉が、なぜか少しくすぐったくて。

 アイリスは、小さく笑った。


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