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残る香り

 土をかける音だけが、静かに響いていた。

 乾いた土が崩れ、棺の上に落ちていく。

 単調なその音に、思考が引きずられる。

 ふと、手が止まる。

 ——今頃、どうしているだろう。

 花を編んでいた横顔。

 少しだけ得意げな笑い方。

 不格好な輪を差し出された日のこと。

 無事でいればいい。

 それだけを、何度も思う。

 ぎゅっと手に力が入る。

 すぐに、また動かす。

 止まってはいられない。

 そのとき。

 ふと、鼻をかすめる匂いがあった。

 甘く、どこか涼しい香り。

 ——どこかで、嗅いだことがある。


 サイラスはゆっくりと顔を上げる。

 棺のそばに、白い花が置かれていた。

 蔓が絡み合い、小さな輪になっている。

 腕輪だった。

 別の棺にも、同じものがある。

 さらにその隣にも。

 腕輪が入っていない棺もあった。

 代わりに、布に包まれた小さな袋が置かれている。

 口がわずかに開き、中から乾いた花がのぞいていた。

 香りは、そこから漂っている。

 ——偶然じゃない。

 胸の奥に、わずかな違和感が残った。


 作業を終えたあと、サイラスはその足で向かった。

 アイリスの父のもとへ。

 久しぶりに見る姿だった。

 以前より、少し痩せて見える。

 顔色もよくない。

 ——こんなだったか。

 一瞬、そう思う。

「……お疲れのようですね」

「まあな」

 短い返答。

 それだけで、会話は一度途切れた。

 サイラスは手にしていた花を差し出す。

「こちら、最近よく見かけるのですが」

 父はそれを受け取り、目を細める。

「……似てるな」

「似ている、というのは」

「ああ。うちでも扱ってる花に、よく似てる」

 少し間を置く。

「でも、違う」

 指先で花弁に触れる。

「香りが強い。こんな匂いじゃない」

 サイラスは黙って聞いていた。

「今年はな、注文が多くて」

 父は視線を落とす。

「足りない分は、外から仕入れてる」

「外、というと」

「……行商人だ」

 少しだけ間を置く。

「決まった相手じゃない。毎回、違うやつが持ってくる」

「どこから来ているかは——知らん」

 短く言い切る。

 風が、わずかに吹いた。

 あの香りが、また鼻をかすめる。

 胸の奥に、引っかかる。

「……この花」

 サイラスは静かに言う。

「最近、急に増えたように感じます」

 父は答えない。

 ただ、花を見つめている。

 沈黙が落ちる。

 ——もし、これが関係しているなら。

 確証はない。

 けれど、見過ごしていいものでもなかった。

 サイラスはゆっくりと息を吐く。

 そして、踵を返した。


 机に向かう。

 紙を引き寄せる。

 迷いはなかった。

 ひとつは、荷を扱う商人に託し、王都へ。

 もうひとつは、墓守同士の伝手を使って。

 確実に届くように。

 ペンを走らせる。

 知らなければならない。

 このことを、誰かに伝えなければならない。

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