ちいさい話が積もって大きい話になっている
アンジェラはちゃんと役職についてますが、説明が面倒なので当人たちが省いています。
ナンブ本人が知らされていないだけ。
■惑星アレクサンドリア 官邸 第三執務室
「そう、よかったじゃない。今回も誓いの通り変わらずにできたといったところかしら」
惑星アレクサンドリアの執政中枢である官邸にある第三執政室。比較的使われていない区画を急遽改装して整え私用にあつらえてくれたらしい。立場にふさわしい仕事場なのか、素人である私でも映画やドラマで政治家の中でも偉い人がいるところだとわかる内装に仕立てられていた。
34世紀の時代だというのに格調は変わらないのかアンティークとしても通じそうな重厚なデスクとテーブル。そこに座り私に与えられた仕事を手伝ってくれている女性が2人いる。地球帝国からの駐在官としてのクラウディアと現在再編中の海兵隊副司令の地位にあるエメラダ。
そして適当な生返事でコーヒーを啜りながら書面を見ているアンジェラはフリーの護衛を自称している。なんじゃそら?という話にクラウディアはさして気にもせず、次から次へと私がサインしている書面や書き込んでいる文章の添削をしてくれている。
一応ここにいるにあたっての制服姿の礼装であるだろうアンジェラではあるが、パンツスタイルに張る尻をデスクに乗せて書面をのぞき込む姿は中々に行儀が悪い。
「いやしかしねぇ……私はこうして朝から夜まで手を動かすことになっているのだから……これで3日目なんだけど」
「執政官補もこれで3日目、後は私に任せるとのことでしたから慣れていただきませんと……そこ、そちらに用いる構文はこちらのテンプレートの字体を使ってください」
ひぃ、と泣きつつ与えられた……先に書いていたものとは違う別のテンプレートを転送してくれたクラウディアにはお礼を伝えて。転送されたその筆致や構文……流れに沿って筆を動かす。私の仕事は必要文書に対してそれらしい文言を考え相談し決定するというもの。
午前中はそれで、昼休憩の後に午後からはその文章の清書である。
ただし電子的なサインではなく筆。34世紀に筆ペンのようなものを使って公文書を書かされている。
「21世紀の人間も難儀なものね……こんな原始的な方法で仕事をしていたなんて。手間がかかる分は同情するけど、その手間の分があなたのやったことに対する責任の取り方なんだから慣れてもらうしかないわ」
「その通りですよ暫定総司令官殿、本日はこちらの再生艦艇についてのものに加えて追加の人員更生許諾についてです」
クラウディアと私を挟むように残る文書仕事を予告してくれたのはエメラダ。現在は海賊軍の人間の管理や更生という名目での再編成のための計画を……アメリアや合流した元将官の人間と立てているらしい。エメラダはその中でも私の許諾が必要なものを説明しサインと文書を貰うために一時的にこちらにいる。彼女もまた海兵隊時代の礼服ではあるが、宇宙監獄要塞にいた時よりも真新しく見えた立派なもの。立派なデスクに似合う立派な人間だ。
「暫定ね……再編が終わったらアメリアが就任してくれるんだろうけどさぁ」
「いえ再編と統合が済んだら再生者様がなる予定ですよ」
また書類が増えたもので、お茶の休憩をしようと私の後ろの方に置かれている石油ストーブ型温度調整器の上のヤカンを取った時。うそでしょ!?という言葉が出てしまった。あの遺跡で管理されていた技術やAIの話とかもそうだが……軍隊の責任者や軍事的物資が関わること、とは一体なんなのか?
益々意味がわからない、宇宙の救世主ってそういう物騒な存在ではないはずでは?
「執政官補の予定では宇宙要塞であなたの保護を名目に海兵隊を排除し、連邦内の惑星国家が保有する警備隊や生産予定の人員から引き抜くつもりだったのでしょうが……」
それが台無しになったからまぁ……こうして冷たいデスクで仕事をさせられているわけだが……私が選んだ結果だから仕方がないといっていいのだろうか?宇宙の再生を目指すが軍隊の総司令官って何じゃらほいでしてよ。地球の再生も遠いし、どうなっているんだ。
書類を渡したエメラダがとんとんと手で私のデスクを叩き、金属の重厚な響きと上に敷かれたクリアマットの鈍さを伝える音で注意を促すと……彼女が呼び出した投影ディスプレイが生放送の会見を映し出す。そこには惑星アレクサンドリアのネロ執政官補が口頭での説明を記者に伝えている姿が見えた。
「今回の一件は現在も尚続く宇宙超常存在の遺産を不等に占拠し、連邦内の脅威となっている勢力への対処でしかありません。惑星アレクサンドリア政府は銀河連邦内の惑星国家として宇宙の平和を希求し、銀河連邦の秩序維持への協力のため派遣したに過ぎません」
「先日もお答えをいただきましたが、今も尚海賊軍の艦艇が本惑星国家に接近している事態はいつまで続くのかという市民の声がありますが」
「今回の件は再生者による特赦であるとお伝えしている通り。教導院や連邦内、帝国でも連邦内の平和維持活動としてこれ以上ない受け入れだと声明もありました」
「では解体されている艦艇軍の数以上に戦闘艦が急遽建造されているという話についてお聞かせしてほしいのですが」
「それはどこから出た声でしょうか、正式に出ていない問題についてお答えすることはできませんが」
「そもそも人員がどこにいったのかも不明で惑星国家単一で見てもこの不透明な軍事力の用途をハッキリさせていないのは問題ではないのですか?宇宙港が閉鎖されている今現在海賊軍の兵隊はどこに消えたのですか?これこそ宇宙の軍事バランスを過大に崩す行動では?」
「お答えできません!次!」
顔に出ているし言葉は崩していないが、相当頭にキているネロが記者の質問を打ち切ったところでエメラダは映像の中継を止めた。
「執政官補殿が、何に腹を立てているか言わなくてもわかるでしょう」
「そりゃまぁ……そうですね……」
彼女らと違って34世紀の機械的便利機能が全く使えない私のための配慮だと思いたいが。21世紀どころか20世紀後半日本のバブル時代にあっただろう工場事務所みたいなモノになっているのだ、私のデスクは。
金属のデスクに透明マット、ブラウン管のPCに蛍光灯や白い業務用電話の配置。椅子に至ってはビニールの事務用回転椅子ときている。後ろのは石油ストーブの形をした温度調整インテリア。
そんなご厚意とも嫌がらせとも受け取れる用意をしたのはネロ。仕事を余計に増やされた腹いせではないと思いたい、思いたい。彼女はこの3日間は午前に私へのレク……レクチャーという説明を行い、午後にはあぁした会見とアレクサンドリア政府内の調整をやっているらしいのだから。しなくてもいい仕事を増やされたとご立腹な部分はあるのだろう……あるだろうなぁ。
「……それでもこうなってよかったと思っているよ。嘘じゃない」
「そうね、ネロの言う通りに進めていたら失望はしていたわ」
「また試すようなことを。必要なんてなかったんですよ、1度で十分。アンジェラもそれがわかっていたから任せたんでしょうに……あ、その方式はエメラダに聞いてください」
「お任せを。それにしても再生者様が目覚めてまだ日が浅いのに、二人はよく理解しているようだ。良好な関係が構築できている、人柄でしょうか……こちら司令系統に関する同意書です」
「いやちょっと、これ本当に私がやらないとダメ?最初は政治活動がどうのってだけだったよね?アメリア以下の海兵隊員の総責任者が私ってそんな」
とたん、しんと部屋が静まり返ってしまった。
石油ストーブ型の温度調整機材の前であくびをしてまどろんでいるポリの息遣いだけしか聞こえない程に。
「……あなたが我々は生きていてよい、としたのですから責任者たる頭はあなたでなければ困るのですが」
「エメラダ副司令、そうした言葉の選び方では理解させられないわ。例えばそうね、海兵隊は獣の類じゃないんだから拾ったなら面倒みなさいというのもダメ。理解しているだろうと間を省かないで説明したほうがいい」
何がなにやら、というエメラダの瞳が私とアンジェラを交互に見てからアンジェラに任せるように一歩引いた顔付になった。そうするとアンジェラは自分が説得するからとばかりにクラウディアのデスクへコーヒーカップを置いてから椅子から降りて立つ。
私の前で、腰に手を当ててスラリと脚を伸ばして立ち問いかけてきた。
「軍隊が最も苦心することは何?勝敗ではなく。戦術や戦略レベルの話ではなくてね。あなたのタブレットに入っていたコミックにあったから答えはわかるでしょう」
タブレットにあったコミック。私が電子書籍で買ったものがいつでも読めるように収められているはずだが、その中でミリタリーチックなもので多くあるのはロボットが活躍するもの。その中で確かにそういうセリフがあったような、と思い出せばすぐに出てくる。
「平時における維持?士気とか予算とか、そういう戦争の時に直接関係しないところみたいな?」
「半分正解よ。軍隊が平時に一番苦心するのは社会との関係に他ならない。軍隊は社会にあって、国家という社会とは隔絶した社会。軍事機密や武装の都合で社会とは隔絶しなければいけないが、社会の安全保障のために存在している。意味はわかるわよね?あなたがいた21世紀でも軍隊が苦心していたのは肌感覚では理解していたのではなくて。嫌悪と無関心こそ内外を蝕むと」
あぁ、それはなんとなく……と口に出ていた。アンジェラの言葉の通り21世紀でもそういうものは感じることが多くあった。小さいものでは基地を一般人に開放してお祭りをしていたりするのだが、一番目にする機会を多くしていたのは、そういうのに理解がある芸能人を招いてのテレビ番組企画にしていたものだろうか。
「つまり私にそういう広報活動をしろと?いや……そういうのには興味があるけど」
「違う。そういう一般市民層のレイヤーの話ではなく再生者であるアナタが必要だからあってよいとしている、銀河連邦に存在を認めさせることをしてほしいの。これは帝国の兵士でさえもそう願っている、人類兵士が抱えている問題の対処」
そういうことなのか?とエメラダを見ればあぁと納得している顔であり、姿勢を直してこちらに向き直っているところだった。アメリアの後任で帝国軍宇宙海兵隊を率いていた彼女なのですぐにわかったことのようだが。
「再生者様が連邦と連邦市民の仲立ちをしていただくことで、全体的に兵士の地位と意識が向上するのです。それが僅かであっても内部にはよい影響を与えるでしょう。他の者から聞いているとは思いますが、地球人類の兵士はそう立場がよいものではありません。海賊軍が生まれたのも根はそこです。そこから始めていただければ……真に我々を救うということになるのではないのでしょうか」
ううん、エメラダにそう言われれば確かにと納得してしまった。
アンジェラがかつて話してくれたように地球人類は連邦の中でも軍隊のアウトソーシング先であり、色々押し付けられている側だ。その上で生体サイボーグ兵士の扱いや海兵隊の兵士生産から全体的に連邦社会で軍隊の扱いが悪いらしい。
私が再生者として海賊軍に恩赦を与えて海兵隊という軍隊に復帰させるのはそうした問題に対してただの対処療法でしかない。
エメラダ曰くそれは最初の1歩であり、再生者という存在が認めているようなものとしたことで風向きを大きく変えられるのだろうとのことだ。いやもしかしたら変えるのではなく新たに生み出すのではとも。
「しかし必要だといっても何に必要な軍隊だと言えばいいのか難しいところじゃないか。戦争しているわけじゃないんでしょ?ギルドと戦うって言うなら別だろうけど」
「……もしやお伝えになっていない?アンジェラ、いやクラウディア?」
「その件についてはソニアが伝える予定だったのよ。早々にネロからの別件で引き離されてしまったけれど」
「我々の専門外ではありますから。それに連絡がありましたが教導院の方もまだ別件で忙しいようで」
私への話、了解はこれまでのでいいのだろうと判断したのか。何やら別のことが入って来たのか話は切り替わり……彼女らだけで何やら話しているようになってしまった。そのため私は与えられた仕事に戻ろうとエメラダから渡された文書を改めて見て、またサインをしてはめくるのだが……何か引っかかるものがある。
そうは感じても違和感らしい違和感はなく、手元を見渡してもテーブルの上にはローカルな機材しかない。パソコン?のブラウン管には黒い背景でライトグリーンの文字列が浮かぶロー具合であるし光の反射で私の顔が写ってしまうもの。鏡変わりに見れば顔に何かつけ忘れているわけでもない、手にはスマートウォッチ。スマホとも連動していないが機能しており……いや?スマホがないな?
スマホと、タブレットがないな?
「アンジェラ、アンジェラ。タブレットって私のタブレット?板の、電子機材の」
「……そうだけど、どうしたの突然。今からソニアに連絡を取るのだから変な要請はやめてちょうだい」
「いや私のタブレット返してほしいんだけど、スマホも。あるんだよね?いや……ちょっとまって中身を見たの?」
私のデスクの上にある白いフラットな電話の受話器、それを掴んだアンジェラの手が止まった。アンジェラだけではない、クラウディアもまた口と手が止まり……エメラダとポリだけは何だという目でこちらを見ていた。
「要塞からの帰還後、必要性がありとの判断で部隊内レクに必要な心理プロファイリング用に拝見したわ、全て」
「全部?コミックだけではなく?」
「全部よ、センシティブなものも含めて」
悲鳴にならない、声が出た。
「なんでだよ!プライバシーはどうしたのさプライバシーは!34世紀だろ!?個人情報の保護はどうなってるのさ!」
「いい?必要だったの。救世主とされる宇宙の再生者がどういう人物か知る必要があった、わかる?」
「そこまでの必要はないだろ!?」
「アンジェラ、いったいどういう……所属管轄は違うがそこまで声を荒げるようなことをしたので……?」
「再生者様が好む性嗜好も研究及び把握済みというだけの話」
「えぇ……いや、それは、公人と言えどハラスメントであり許されるようなものでは」
「やめて!そういう目で見ないで!エメラダさん、違うんです!これは、こう……21世紀では健全な話で」
「そろそろ内線が繋がるから静かにして。エメラダ副司令も深く追求しないでいただけると幸いかと、この拒絶範囲の節操なさ。アメリア司令も欲求の許容範囲にはいっていると予想されているから。デリガットの欲しがっていた地球人原種の繁殖能力を持っているというのだけ覚えておいてくだされば。あと無暗無防備に海兵隊へ近づかせないでいただきたく」
「ご冗談を、孫がいるのですよ?私の娘のフランソワーズとはお会いしているはずですが」
「彼女がアメリアの孫!?アメリアがそこまでの年齢には見えなかったけど」
その一言で静かになってしまった。いやアンジェラは私と場を静かにさせたかったのか。そのまま内線で繋がった教導院らしき相手に言葉を続け。一方エメラダは何か信じられないものを見る目でこちらを見てから……そそくさと退席の準備を始めている。クラウディアは見て見ぬふりをしてくれたが、それがつらい。何かフォローをしてくれればよかったのだが。何か言ってくれない?腫物を扱うのはやめてほしいが?
「タブレット返して……」
「今はソニアが持っているから、彼女から返してもらって。赤枠の装丁がされている特定作者の全集がお気に入りのようだから難しいかもしれないけれど。ずいぶんあったわねアレ」
「キィ~~~~~~~~~~~~~~~~!」
「おやおや、ずいぶん盛り上がっていますねぇ。元気が有り余っているようでよいことです」
プライバシーはもうないが、せめて娯楽である電子書籍はいつでも読みたいので返してくれと最後の訴えをしようとしたとき。第三執務室の扉が開き、知らない声と共に誰かが入って来た。その女性はソニアと共にであり、いやソニアは一歩下がってついてきている形。ソニアは彼女に追従する形に見えた。
彼女がソニアと同じ教導院の騎士であるのは……ローブ、聖職者のような装いであることから明らか。しかし1つ大きく違うところがあった。耳だ。彼女の耳は長く尖っていたのだ。
スペース・エルフ!宇宙に神秘的種族のエルフがいたのだ!エルフの騎士がここに来たというのは一体どういうことなのだろうか!?というか……誰!?
第二章 スペース・マリーン3378 おわり
第三章 コスモ・レコンキスタに続く
あの赤いレーザーの人のやってるのって結構重要なんですよね~




