8話 ネロ執政官補による中間レポート
誰も彼もが、うまくいかないもので……
■ 宇宙監獄要塞 外殻部 作業ステーション サブコントロール・ルーム
「宇宙暗黒将軍、聞いたことないお役職ね……クラウディア、知ってる?帝国の方で保存していたものとかに残ってなかった?」
「さぁ……ENRのサブスクリプション・ドラマでも聞いたことがありませんね。あれもドキュメント系は揃っている方ですが。21世紀のドラマか、ムービーのでしょうか」
「カートゥーンやコミックかもしれませんが、ナンブ様の保有するデータにそれらしいものはありませんでした」
「人類側へは、プライベート保護を理由にハードウェア関係の調査を拒否してのに……アンタはしっかりチェックしてるなんて」
到達から7日。宇宙暗黒将軍だかが誕生してから4日が過ぎた。
その7日間に私たちがやっていたことは、この要塞の内部ネットワーク制圧の拡張行為だ。外部は外部でドロイドの増産から工事。
もちろん……あいつからの連絡があればそれなりに応えて指示やアドバイスを逐次行う、つもりではあった。ここから離れた惑星アレクサンドリアから、と偽装した上でだ。
だが監視の目があまりにも強固にして柔軟。兵士の巡回や同伴であれば、入浴や排せつの時間で定時の連絡と計画できたのだけど。
連中がうまいこと考えた上でやったのか、それとも偶然かはわからない。
狡猾にも……周到にも?というのか兵隊以外にも軍用犬をつけさせたのは中々に出来た対応だ。エメラダ副司令が許可したこの手は中々にやる。高圧的な拘束や監視よりも、愛玩犬のようにそこにいるのが当然と思われるようなものにも監視させる。
そのぐらいが心理的に緩められるし、何よりあいつから見て犬に背を向けて何かをやるという裏切りのような行為が出来ないのだろう。一々あのポリだかいう犬を窺いながら考えた姿も見れたし。
そして何より犬が一緒になってから犬のほうが、というよりもあいつがべったりであったのは外から見て明らかだった。思考の誘導というのは、それとなく相手に気づかれないようにやるのが最上位の策。すっかり犬に懐いたあいつは勝手に順応していく、ような方向になっていった。
「まったく21世紀の流行と文学のセンスが疑われるわね……何よ宇宙暗黒将軍って」
「同感ではありますが……それより問題はこの状況ですよ、執政官補はこういう作戦だったと査問会でお答えするつもりですか?」
「んなわけないでしょ……というかこれこそプリムの範囲でしょ、どうなってんのよコレは」
「簡単なことです。まず最初にこの遺跡の中枢と私が既に交流しているのはご存じですね?」
そう、とっくにこの遺跡と遺跡の外殻としてある監獄要塞のは私たちが掌握している。プリムが接続した時点で遺跡の方のAIは状況を理解し、協力。そこから要塞側のシステムをハックして今に至る。途中不気味がっていた身分IDの作成もこの時にはもうできている。
つまりあいつだけではなく、我々も要塞内部をパスできるわけだが。それが今あいつの状況にどう繋がるか、というのを聞きたいのだ。
「神経ネットワーク防衛機能追加措置の際に、エメラダ副司令らが進言した生体サイボーグ兵士に行われる新兵用の鎮静システムを適用しただけです。ただし内容はこちらで用意したものですが」
「内容?ちょっと、内容なんて用意できるものなの」
「初耳ですよ……それは我々の技術ではありませんね?大体あれは旧来のナノマシンによる情緒抑制のでこれはもはや」
人間が訓練して新兵となるわけだが、訓練しても人間は人間。そこから実戦となり武器を持って生命体を相手にする場合は極度の緊張が発生する。それは生産時から初等教育を施されている生体サイボーグであっても変わらない。
実戦というのは予期せぬトラブル、マニュアルの通りに行かないことは散々教えられている。
そのため神経伝達の段階から鎮静作用を施される外部措置を追加され、冷静に対処できるようにされている。地球時代の初期は薬学的に行われていたらしいが現在はそれらに頼らずとも可能になっているので、ほぼ安全に施される……平時のマニュアル行為ではある。
しかしそれに内容がある、とはどういうことだ?これは医療的にも近い処置行為であるのだから内容などないようなもの、施術の形式だろうか。
「彼女らの行動を長く監視していた管理AIの情報から作成した海賊軍から出た不平不満と彼らが求める救世主像、理想と思われる指導者像をお渡ししました。パワー・アーマー本体から神経と聴覚や視覚の入力を通して今のナンブ様はそれと同一化しています」
「それって洗脳ではないですか!」
「これはあの集団の中でナンブ様の精神および身体の安全を確保するための処置ですから、若干ニュアンスが違います」
「ここに来て面倒なことを起こしてくれたわね……査問会じゃすまないかも、どういう状況よこれ。再生者が洗脳されて宇宙海賊軍の将軍になっているなんて」
我ら二者、クラウディアと共に顔を顰めて頭を抱える状況が、この監視モニターそれぞれに映っている。どうしたもんかしらねこれ。
■ 監獄要塞の再武装化について 本項目は提出不可 廃棄
当初計画していた海賊軍の撃滅方法は遺跡からの経由のハックと、サブ・コントロール・ルームからの補助で緊急用パージ・プロトコルを実行して要塞を崩壊させるものだった。それも遺跡の制御や一部のトランスフォーム機能を連動させればより素早くできる、不意打ちとして十分に効果を見込めるはずだった。
しかし今目の前で、この監獄要塞で行われていることはなんだ?
トランスフォーム機能と連動させ、工作艦やドロイドが全力で働いて宇宙艦船用ポートが新造されている上にパワー・アーマー装備や航空戦闘機の工場が続々建築されている。それに加えて再利用施設まで出来上がり、廃棄予定の艦船が再整備されてジェネレーターの再点検と再生まで行われている。立派な軍需工場と基地が一体化した要塞となっているのだ。
あの宇宙暗黒将軍様の主導で、これら再軍事施設化が進んでいる。
「最近できた地球帝国の基地より真新しくしているわね、床までピカピカ新品じゃない」
「それらのデータをモデル指標に合わせ機能を再構築させました。資材の質がもう少し良ければ、これ以上のものを用意できたはずです」
「何と戦うんですか……自警活動の題目があっても過剰戦力になっています。最終的に隠ぺいか破壊したほうがいいですよ、これは。コトとシダイによっては教導院の緊急評議会が招集されますよ」
古びた建築構造体の再利用が基盤となっている監獄要塞。しかしそれらが常に稼働される再利用施設により再生されていくのだ。老朽化し、海賊としてふさわしい荒くれでうらぶれた基地は最新の軍事基地に生まれ変わりつつあるのだ。
それは基地施設だけではない。艦船や、人員すらも同じであった。
■ 海賊軍化した海兵隊員の再配属について 本項目も提出不可、廃棄
「将軍閣下、本日も集合時間の通り、配属希望の人員が並びました」
「よろしい。申請書類とエメラダ副司令の許可を確認した後に再編を。艦艇の状況は」
「再生艦艇については、順調です。ただ輸送機の数が想定より少なくなるかもしれません。部品と別機種の生産が必要かと」
「ではそのように計画の調整を、頼めるか」
「もちろんでございます再生者様。工場スペースを追加のため拡張いたしましょう」
これだ。あの宇宙暗黒将軍の仮設の司令部では毎時このようなことが続いていたのだ。
兵士が増える、装備の調整と再配備と調達の問題が出る。管理AIに相談し任せて次の仕事に入る。次の仕事とは、毎日……24時間ごとに海賊軍から移動してくる兵士の再配属の手続きの後に顔を合わせてのご挨拶ときたもんだ。
「傭兵や私設軍隊の規模でもここまで異質なのは見たことがありません、毎日志願者が来ている上でのこの統制は……」
「再要塞化よりこっちのほうが厄介ね。ちょっと言い訳しづらいわ」
「正当な手続きに則り、正当な権利を行使しているだけですよ」
それが厄介だと言っているのよ!
催眠だか洗脳で宇宙暗黒将軍になったあいつは、日ごとに海賊軍内部を掌握しつつある。しかしそれは強権的なふるまい、威圧や力を使った脅しで従えているのではないのが本当に厄介きわまりない!
神経ネットワークの防御措置という当初の目的を果たした後、何をするか?
やることやったので帰ります、報告はそれなりにしておきます!がんばってねで帰る?違う。
あいつは海賊軍の健全化を行い始めたのだ。
健全化と言っても、それは私がそう判断しただけ。
あいつはそこまで考えていないのだろう。なんか勝手にそういう風に事態が進んでいるのだ。敢えて言うなら綱紀粛正とか……なの?これ?
内容としては監獄要塞の本来の目的、この要塞に常駐する軍隊の意義を唱え始めたのだ。本来ここにある兵力は、あのような宇宙を蝕む悪を捕まえるためにあるのであるから……そのために活動するべきだと。
無論それはエメラダ副司令以下アメリア総司令の留守を守る残留幹部らは反対した。
指揮系統外から、それらを超越した越権行為であると判断。あたりまえだ。
しかしあいつはあいつで、ここの遺跡が自分が受け継いだものである上に……工業的施設の稼働もできる。海賊軍が正当な理由がなく不当占拠しているのならば、エメラダらの正当性を保証する根拠になるものはない。
自分の活動は海賊軍の許可を受けずともやれるはずだ、と言い始めたのだ。
これには反論する材料もない上に、あいつ一人でもやる強情さを見せたのが大変よくなかった。海賊軍の連中に対して強い態度で命令するならともなく、自分ひとりでもやるという断固とした姿勢を見せたのがよくなかった。とてもよくない。
先の臨検に立ち会った兵士達がそうで、特に監視の連中や軍用犬もこの危なっかしい状態を放置しておくわけにはいかない、心配だとついていくことになってしまったのだ。
名目上は当初から続く監視と護衛。
その追従が1度、また1度と続き成果を上げ始めると、海賊軍内部でも持て余されていた人員が続々とエメラダに上申して配属転換を希望し始めたのだ。
エメラダは状況判断に窮したのだろうか、それとも見定める時間が欲しいと判断したのか。希望者のみに許可をだしたのが……それもまたよくなかった。今では続々とあいつの元に転がり込んで再編成されている。芋づる式というより、甘い餌に誘われた獣の群れだ。
そして獣か、鳥か。それらが多く集まるところには、おいしい食事があると判断する獣の習性。毎日毎時兵隊が流出している。
■ 再編された海兵隊戦力による宇宙自警活動について これも提出不可どれも不可!
あいつ一人や、あいつに着いていった連中が何をしたかといえば、警察活動。自警活動と言っても差し仕えのない行為。航路を探り、怪しい動きを見せていた輸送船に臨検として乗り込み文字通り積み荷を検める。ゴヨウ・アラタメである。
最初は付き添いの海兵隊の経験則から、奪取したデータや聴取などを使い航路を収集しながら拿捕臨検と逮捕を繰り返す。
そしてその先陣を切っているのはあの宇宙暗黒将軍。真っ先にすっ飛んで行ってショック・セイバーを4本振り回して制圧していくのだ。どういう技術か知らないがあの武装を用いればほぼ無傷で制圧できるのもあり……臨検行為の勢いが進む進む進んでいく。
「個人用のパワー・アーマーに収めたフォース・フィールド技術と宇宙に溢れる力の流れを操作できる補助機能。これらにショック・セイバーを複数操ることの可能な制御系統と自己判断機能が基盤に埋め込みましたので教導院の騎士でも太刀打ちは出来ないでしょう」
「あんたねぇ……なんでそんなものを作って!着せて!野放しにしてるのよ!」
「必要なことでしたので作り上げてお渡ししたまでですが。それこそあれはナンブ様の意志で装着されています」
ちぃっアンジェラも言っていたけど使徒と呼ばれているこのAIユニット達は我々とは考え方が違う。あいつの方向を向いているかと思えば、あいつにいい顔をして何かの目的に向けてうまく運んでいるようにも見える。7日間こいつを側においてそれがよくわかってきたのが自分達の油断だ。急な事態の連続だったのか自分にしては遅すぎる、あまりに迂闊だった。
「あれのどこがよどこが、まともな判断能力がないって言える状況よ?」
「そうですか?うまく兵士を纏めてコトを運んでいるではありませんか」
たった7日間で海賊軍の中に入り込んで、うまく纏まるようなものか?纏まっているから困っている。それもただの賊軍の頭という野蛮なものではない。先のレポートに記したように、要塞の再軍事化が続いていくと周囲の振る舞いも変わっていくのだ。強者に媚びるようなものではなく、司令官としてあいつを扱い始める。
経験のないところを、経験のある者らが補佐する。それはどこでもそうだがあいつはとにかく話を聞くし受け入れる。その上で施設的なものや数的なものを用意させ実行に移していく。最終的に決定するのはあいつではあるのだが、あくまで主体は兵士達というのがなんとも理想的すぎるもので醜悪だ。
あいつの行動がただの俗欲や支配欲であれば誰も着いていかず、周囲も活気づかないだろう。しかしやっているのが統制を取らせて行使する宇宙の悪徳狩りとなると自分達は正しいことをしているという酔いが蔓延していくのだ。
そして海賊軍が求める指導者というのは、現頭領であるアメリアのように英雄的な行動と振る舞いが出来る者。
振る舞い1つとっても、あいつは最前線に乗り込み……セイバーを振り回し戦い暴れて制圧していく。まず先に危険に飛び込む姿。それに正しさが加わるともう手が付けられない。本人は控えめに振舞っているが、それが威厳を勝手に作り出し周囲は自分達が望んだ存在だとして扱い始めているのだ。
「完ッ全に暴力を振るうことに抵抗がなくなっているわね……危険な兆候よ」
「新兵用の神経伝達物質抑制プログラムが悪い方向に働いていますね、複合的構成からでしょうか、これはこれで検証が必要でしょう」
これはクラウディアが想像する通りだろう。
あくまで新兵用にストレスを抑制するものでしなく、それも元々訓練を受けていた戦士向けのもの。それを21世紀でなんの訓練も受けず平凡に暮らしていた人間に適用すればどうなるか想像は出来ない。
ここへの出発前の簡易な心理テストや質問から、暴力に対して非常に抵抗感や恐怖を持つ人間だとは出ていたのだ。
そんな平和に長く浸かっていた時代の人間に施せば何の影響もないはずがない。それに適用させ戦闘に出すことが、この管理AIからすれば許容範囲というのは……まったく何が目的なのだか。
「それはそうと執政官補、そろそろまた報告書を書かねば間に合いませんよ」
「あぁはいはいそうだったわね……あんたの方はどう?」
「テンプレートの項目を増やすかどうかで指が止まっていましたが、増やした方が良さそうです」
あいつの警察活動には足りないものがある。それは事務的な保証だ。海賊軍が臨検して違法な取引をと物資も連邦警察に突き出したとして、海賊軍が出したものであるならそもそも何もかも怪しいので銀河連邦警察は受け付けられないとなるのだが。
そこで我々が内部から監視しているもので、一応には正当性はある。記録事態はあり、海賊軍ではなく再生者が監獄要塞の機能を取り戻そうとしている……という趣旨の報告を地球帝国海軍や銀河連邦警察に提出して話を通しやすくしているわけだ。事務仕事が想定の倍以上増えていること以外は、簡易であり即興で必要に迫られ適当にでっち上げている計画なのでそう難しいものでもないのだけど。
「あぁまた拿捕された船舶が来ましたよ……今日何隻目でしたっけ」
「数えたくないわ……監獄の一時収容人数超えるわよ、どうすんの宇宙に放り出すの」
「ナンブ様がそのようなことをするわけないでしょう。先例の通り、聴取、逮捕、拘束、そして船舶ごと引き渡しです」
「だからその書類手続きで国際的に足りない事務は……もういいわ」
プリム、まさか私たちに介入させる暇を与えないつもりじゃないでしょうね。そうはいかない……地球人類の置かれている立場を少しでも改善したいなら、この異常事態を収拾しつつも本来の目的を果たさなければならないのだ。なんとか状況をかき回せる、介入できる隙を作らないと。
「執政官補、あれを」
「これまたデカい船がとっ捕まって……まって、まってあれは」
そんなことを言ってたらチャンスが向こうからやってきたじゃない。
アメリア海賊軍頭領、アメリア総司令の艦隊が!




