7話 マナーが人を作るなら?
■夜 セカンドアース ニューブリュッセル 郊外 レストラン
「近い、近い。もう少し離れてください」
「えぇ?そんなに?これじゃ互いの表情がわからなくないか?」
レストランで前菜がワゴンで運ばれれてきた直後。カタリナによって「今度はこちら側。今の時代の、地球帝国での男女感の距離感と作法の確認をしましょう」とのことで……ひとまず冷製である前菜は冷めることもないのでさておいて。先ほどのようにエレナの席との間はどの程度が適切か?という問いをカタリナ副長に与えられて……私は再び椅子をもって、テーブルから離れて運ぶ。
昨晩でいえばちょうどアンリと食事をしたときぐらいの距離。概ね……私がワインボトルを傾けて、エレナにサーブできるぐらいの距離に置いたのだ。彼女らスーパー・ソルジャーにとってアルコールは……代謝分解機能によりほぼ水と同義。なので水を私からサーブ出来るぐらいの距離ぐらいがちょどいいのでは?と思ったのだが。そこでカタリナからストップがかかってしまった。なぜ?
「極端な話をしますが、最低でも座った相手からサーベルが届く範囲は危険です」
「振りませんわ!?この方を相手に、とんでもない!」
「イギリス議会の話をなさってらっしゃる?」
「作法の話をしています」
あれはソードラインではあるが、今カタリナが持っているサーベルは恐らく刀身が1m以上あるし、持ち手も豪奢に拵えてある。平安武士の大太刀ぐらい?さらにエレナが上体を伸ばし、腕を振れば……概ね2m以上の距離を取らないといけないのではないだろうか?その1/3でいいだろう、80ないぐらいで。どういう基準なんだ本当に。
男女間のトラブル防止のためのマナーにしては血なまぐさい話になっているな、わからんですばいって顔をしていると……カタリナが補足するように私の隣に立つ。エレナの副官というより私の副官のような立ち位置。
「本来男女間で護衛もつけずに食事をとなるようなことはなく、大体は護衛がついています。それも婚約者等社会的に繋がり会がある家同士。今回もアンジェラが外に出ているのが不思議なぐらいの状況なのです。最初に我々がいたのは、あなたに対してエレナが粗相を働くことがないように、と言うのを今理解してください」
「ドーリで見なさん並んでいるけど視線が私ではなく、彼女に」
「暴れません、暴れませんから!信じてくださいまし!」
「信じているから、ここにいるんだよ。落ち着いて」
何かあったら全員でエレナに突撃するつもりで、しかし顔を隠しているから個人が特定されないことで上官に立ち向かう責任の所在をうやむやにしようというものだったらしい。そこに至るものがどういう理屈か、思考ルートなのかが……さっぱりわからず余計混乱してしまう。
彼女らの根底にある貞操だか男女の観念はわからないが、そういうものがあるもので……一人で夜中にアルコールを持ち込んで私に突撃してきたという前例を省みてのことだったのかもしれない。式典も終わったしスポーツ合宿の最終日ぐらいのノリではなかった、ということが証明されたようだ。エルシーの反応から違うだろうとはすぐわかったが……
「詳しいことを説明するには難しいのですが、そういうものとして考えてください」
「そういうもの、ね。なら私はそういうものを考えていない……と思ってくれれば」
その言葉を聞いて何某か思うところがあったのか、ガタッと立ち上がったエレナがテーブル天板に膝をぶつけて「ぎっ」と妙な声を出す。作用反作用で胸部が上下に揺れる、おぉドレスから放りでてしまいそう。だが放り出たのはオ胸ではなく料理!皿が浮いて、そこからさらに宙に浮いた!落ちる!乗った!セーフ!テーブルも若干浮いたからかな?2回跳ねたが、どんな膂力なんだエレナは。
「それは……風紀とか、いえ……そうですね、観念的なものが……」
「銀河連邦の、というのとは違う……34世紀地球帝国の、求めているところはそういうところでは?」
モノクル越しにすごい困った顔をしているのはわかる。考えていることもわかる。彼女らが求めているところは……今の時代にあるそういう壁のない人間ではあるが。それはそれとして節度というものはどうなるのか、という話にもなる。まぁ節度を守って楽しく交流ぐらいでいいんじゃないか。あんまり距離感があっても……少なくとも命をかけて戦う仲間じゃないか、エレナ達は。34世紀のマナーがどうなのかはわからない。だがその34世紀のマナーで作られた男女観念で困っている、苦しいところがあるなら別にその時代に合わせなくてもいいだろう。
私を構成しているのは21世紀だし。
「あなたは図体の大きい我々が恐ろしくないと」
「……それは私が聞かないといけないものでは?」
トンチでモノクルのクール・インテリ美女を言い負かしてやったぜ!というつもりなど毛頭はない。しかし彼女の問いには……そっくりそのまま返ってしまうのだ。彼女らが語ったような私の人物像。それが対面にいるとなると、私よりもエレナやカタリナの方が距離を取るべきなのではないだろうか。今の私の脅威度合いで言えば……エルダーに片足突っ込んでないか?ないよね?
「こういうのも対話してみて、初めてわかるものだよなぁ。エレナはワインが好みで?」
「社交界の通例というのもありますから。こういう場ではそういうものかと」
「私もそういう場だというのは知ってるけど、なにぶん酒がダメでね……」
では私も飲まない、とでも言いそうなエレナのグラスにボトルを傾けてサーブ。本来こういうのは……これレストランで提供する人がいるのだろうが。ちょっと状況が特殊すぎるもので、料理をもってくると皆そそくさと帰っていくものでね。私がやるわけですよ。
カタリナもなんともしがたい顔をしているもので、私も彼女に向けてグラスを傾けた。もうそういうのはさておこうというものを理解してくれたか。彼女もそのあたりの席をこちらに近づけて……私とエレナの間に入るように座り、白く透明に透き通るワインを受け取ってくれる。長いテーブルの長い側に座る私とカタリナ、本来の席に座るのがエレナ。テーブル・マナーはあるだろうが、ここにマナーというものもないだろう。
「しかし怖いか、怖くないか?で言えばびっくりしたなぁ。クーデターだって?しかも2回」
「そ、それはですね!いつまでたっても軍人の待遇を改善しないことを、皆当然のように……!」
「それは1回目ですね。2回目は1回目の謹慎中に、あなたを迎えに行こうとアークⅠを奪取した時です。1回目はまだしも、2回目はついていく方もついていく方です」
レストラン側は極力この部屋にサーブに来たくないのか。私の前菜料理の盛りもエレナと同じく特盛なもので。食えないよこんな量とカタリナに薦め……私は私でちびちびお茶を飲む。若い子らがごはん沢山食べているとうれしいおじさんの気分。あれってこういう感じかぁ?ちょっと違うな?
「ここぞという時いつも、いつも間が悪く……!次はないと頼み込み、ようやく第三艦隊の司令に収まれたのです!」
「あれ以降の責任はすべてあなたが取ってくださる、太鼓判を押すというものですから。今日の貸し切りは総司令官であなた持ちというのが公の見解ですね」
「親睦会だよ、親睦会。ただのね」
わぁすごい。私が高級レストラン貸切るために第三艦隊の兵隊差し向けたことになってるじゃない。兵隊やくざも真っ青だな。これの責任を私が取る?まぁ取るか……そうさせたのも私のが故だし。今後はこういうことがないように、コンセンサスを取っていかないとね。
「まぁ概ね大体私と君らの間のイメージのすり合わせは出来た、初回にしてはいい方じゃないか?」
「そんな、まだまだ聞きたいことがありますのに!」
「何を?なんでも答えるけど」
「ご、ご趣味は?」
「料理に食事、運動とアウトドア。あとは座学かなぁ」
まぁ多趣味で勤勉なお方で、と驚くエレナではあるが……カタリナは聞くのはそこかい、という具合に顔を顰めている。サーブされてきたスープをつまらなそうに飲みながら。しかもジビエと言い難い塊肉料理を……彼女自ら切り分けながら。店側は完全に厄介者連中が来たって対応だなこれ、どういう店でどういう選ばれ方をしたんだ?
まぁ適当に私も摘まもう……としたらカタリナがサーブしてくれる。そこは譲らないものがあるんだろうな。ちょっと悪い気もするが有難く受けよう。そのままエレナの趣味は、と聞けばゴルフと返ってきたものでびっくり。紳士淑女のスポーツの嗜みかな。
「私はスコアについて詳しくないんだけど、どのぐらいなのかな?」
「体格に見合わずかなり冷静に打ちます。弾道計算と環境への読みで、確実な軌道を考えて打つですよ。艦隊行動でも同じ考え方をしますね……派手ではないのですが、クラブでは常に上位であり手本となっていました」
「見合わずってそんな、どういうイメージを持っていたのあなたは!」
じゃぁ惑星トル・ヴィルムのあのラムアタックな艦隊行動は何って思うのだが……あれも彼女が冷静に考えた上での最善の手だったのだろう。多少……多少?荒っぽかったが、思い出していけば本当に切羽詰まった状況だった。彼女の迅速な行動が、あの惑星を救ったといってもいい。やり方はびっくりしたが。
「君と会うのが軍事行動の時だけ、というのもだし。そういうのを見てみたいね」
「み、見ますか!やります、やりましょう!その時は是非あなたも!」
「ゴルフコンペにしたほうが集まりますよ、人は」
「カタリナぁ」
はははこやつらめ、という具合に運ばれてきたこれまた山盛りの冷製でクリーミーでケーキなスイーツを取り分けつつ。いや実際ゴルフの指導をうけるのはいいんだろうが、ゴルフコンペして人集まるものなのか?そこまで行くとバブル期の休日のサラリーマン見たいになってくるじゃないか。そこまではしなくてもなぁと思いながら、なんとか食事会を終えたと思ったのだが。
■地球帝国首都惑星 首都ニュー・ブリュッセル 迎賓館 ゲストルーム
「今日は戻らないと思っていたわ」
「アンジェラ達を外に置いてぇ?」
「どうかしら、ずいぶん盛り上がっていたようだけど」
なんだかアンジェラの機嫌が悪い。遅くなるから……はいはいどうせ会社の飲み会でしょみたいに言ってくるサラリーマンの奥さんみたいだが?ポリはもう帰ってくるなり寝ているというのに。なんでこんな……何?私が本当にやらかした時のネロみたいな嫌な言い方をしているんだ?「私が何で怒っているかわかる?」みたいなこと聞かないじゃないかアンジェラは。
「何を怒っているのかはわからないけど、私には戻る場所があるんだから君を置いてどっか行くなんてないって」
「ないわよ、あなたの戻る場所なんて」
えぇ、何言ってるのさアンジェラはさ。と……靴抜いて適当に水でも飲もうとした時にはちょっと遅かった。本当に様子がおかしいアンジェラの姿に気づいた、気づいてしまったのだが……あまりに異様な、剣幕であるため私の方が困り言葉が出なくなる。何かを押し殺し、だが押し殺していたが故に歪に歪んでしまった顔をこちらに向けているアンジェラの姿。そして……
「あなたの帰る場所なんて、とっくになくなっているのよ!」
私は、今まで聞いたことのない……彼女の悲痛な声を聞いてしまった。
それが私に向けられているものと理解するのに、少々時間が要するほどに。




