3話 小さな食事会
■地球帝国首都惑星 首都ニュー・ブリュッセル 迎賓館 ゲストルーム
「えぇ、アンリいたのぉ?」
「いたさぁ。ずっと見てたよ、つまんなかったでしょ」
「そんなことないよ。デカい行事って見てて楽しいし……それでも空腹だけはなぁ~」
「じいさん~そこは中に食事仕込むんだよ、うちの料理人もやってるし」
「あぁ~それトモエも言ってくれたんだけどさ。せっかくならこっちの料理が食べたいから断っちゃって」
「僕が来なかったらどうするつもりだったんだよ、そっちの料理人は機嫌悪くなっているかもしれないから後でなにかしてあげたら?」
そうするよ、と。食事の関係は毎度トモエと都合とか話や好みが合ったり合わなかったりだなぁと思いながら……テーブルの上に並ぶ華やかな前菜に手を付ける。冷菜寄せのテリーヌと野菜の香の物やら酢漬けの魚……みたいな具合の皿たち。晩餐会に出ていたものを、アンリが持ってきてくれたのだ。
もちろんアンリがタッパーに詰めて持ってきた……というわけではなく、彼の専属の料理人が持ってきてくれた。彼女が運んできたワゴンにコース一式が収められており、私と向かいに座るアンリへ提供してくれたのだ。二人とも面と向かって揃って同じ料理を食べている。料理は華やかの極みだが、いやぁ略式なのもあって気楽なテーブル。
「アンリ様のご要望で晩餐会で出たものと同じものを……でしたが、よろしかったのでしょうか」
「これが食べたかったんですよ。食べられないのがもう惜しくて……一度晩餐会の料理を食べて見たかったんですよ!いや二度でも何度でもいい、おいしいですねぇ……」
困惑して何度かアンリを見ている彼のシェフではあるが、アンリが自慢気な顔をしているとなると……大正解だろう?という無言のコミュニケーションかな。もちろん大正解。こういうのは、TPO。タイム・プレイス……オーガニック?オーガナイゼーション?さておいてこの時だからこそ食べたいものがある!
多少料理に興味があるもので……当然こうした晩餐会の料理がどういうものかは知っている。余程変な料理人でもないと凝った、その時に全力を尽くすような料理は作られない。とにかく晩餐会のメインは料理ではなく政治的な集まり、会話、会合だ。そこで作られる料理は見栄えと量を作ることに比重が置かれている。あと重要なところで予算か。
だが先に述べたようにTPO。この時に作られたものは、この時にしか遭遇できない。私は、これが食べたかったんだよ!
「う~んおいしい。やっぱり違う時、違う場所、違う素材で食べるのは勉強になるなぁ……」
「いやぁ僕としてはじいさんの作ったものがさぁ……なんか持って来てて残ってない?」
「ないない、完全にここで食べるつもりだったから。それにアンリ、こういうのはホームの味があるから違うものを食べて感動できるんだって」
そういうものか?と首をかしげるアンリに対してシェフの方はうんうんと頷いている。アンリは私の手料理を気に入ってくれたようだが、それはアンリが常に食べているホームの味があるから。別のものと比べて……帰るべき味がある、思い出せる比較できる芯があってこそ違いというものを楽しめるのだ。こればっかりはまだわからないだろうな……所謂実家の味、実家を離れてからこそわかるもんだし。
「あぁそうそう、アンリに聞いておきたかったんだけど身元保証人ってどういうものなの?」
「えっなんでそんな話が出てくるのさ。現行でもじいさんがやってることじゃん」
「いやだってエレナが」
ちら、っと横を見ると……私たちのテーブルと並ぶ席にいるエレナがびくっと動いた。
そう……無言のエレナ・ローデンシア提督。濃いネイビーなブルーで布面積がどうなってのかわからないドレスにて滅茶苦茶着飾っている彼女が座っているのだ。顔を真っ青にし今にも吐きそうな具合で……テーブルの上に置かれているワインの瓶とグラスに一切手を付けていないのに。
エレナの向かいにはエルシー駐在武官、彼女がアンリの護衛でもあるので同席しているんだが……彼女はグラスを揺らしてたまに唇を濡らす程度。無茶苦茶エレナを睨んでいる……すごい。アレキサンドリアの執務室で無茶苦茶やってただろうエレナが蛇に睨まれたカエルの如く動かない。私の所感ではヒグマのようにデカいなと、というものがある彼女だが……今では生まれたばかりの子犬のように震えている。温かいお湯と毛布が必要ではなくて?
さてエレナが来たのはアンリが来た後。アンリとエルシーが部屋に訪ねてきて、食事をしようというもので……アンジェラが席を外して少ししてからのことだった。
大体アンリと式典の時に見えた公園の光景とか、像とかについてデカいなぁ~かっこいいぜと笑いながら聞いていた時。すげぇ着飾り方をしてワインとグラス2つを持ってきたのだが、ノックをせずドアを開いたら開いたで……そのまま退席しようとしていくのだ。
食事の席だし……アンリの方にはエルシーさんがいるし、一緒にということで同席してもらったが。先ほどからワインに手を付けないし一言もしゃべらない、身も小さくしている。なんで?
「エレナ・ローデンシアについては後日、バルテルミー参謀からお話があるかと。よろしいですねローデンシア提督」
無言で頷くエレナ。目線は扉のほうに泳ぎ、なんとか退出しようとしているのはわかるのだが。対面にいるエルシーがそれを許さず、それ以上は必要ないよな?まだここにいなさいとテーブルを指で叩き抑えている。フランソワーズやフィオナがやったような肉体的接触もなく230以上あるエレナを抑えているのはすごい。
デカい金髪美女2人いるテーブル……金髪縦ロールでハイパーボリュームのあるエレナ、片やデカいサングラスと金髪をショートにし後ろで纏めているクール美人。盛りと結びで絵になるんだけど……その酒のテーブルは冷えに冷え切っているのがわかる。
「う~ん、そうだな。例えば……いや、そうだな。じいさんにはまず僕の身元保証人になって欲しいんだけど」
「アンリ様!?」
その冷え切ったテーブルを、蹴り上げそうな勢いで立ち上がったのがエルシー。先ほどまで厳めしい顔だったものだが驚愕の顔に崩れているのが私でもわかるほど。飯の席でも見たことがない。エレナは飛び上ったグラスとワインボトルをキャッチしている、なんという反射神経。
「実は僕は今、姓がないんだよね。これは先代の当主が予定外に早く亡くなったもんで、急に当主を継ぐことになった。でも準備がまだ出来てなくて色々手続きが保留中なんだよ」
「いけません、例え話でも冗談であってもあなたが!ヴィルヘルミナは今!」
隣のテーブルが飛び上った、だけではない。私たちの食事の席にも詰め寄ってテーブルを叩き。それ以上言ってはいけないと止めるエルシーを……アンリは手で制して話を続ける。これ続けてもいい話なのかな?よくない気がするな~
「と、いうように地球帝国では貴族の中でもある程度の階層では、身元の保証人ってすごい重要なことなんだよ。保護者というか……もう公的に絶対の繋がりを持てる。同性間だと親子とか親族、異性だと婚約者だね」
そこでエルシーは……どの程度の話の尺度か見せるために使われるか、使われただろうことを察し。今後はこういうことを控えてくれ、というようにテーブルの上を指でつつき……隣の席に戻っていく。道中エレナからワインのボトルをひったくり、手酌で飲み始める程度にはオカンムリのようで。
「まぁエレナはお転婆でね。貰い手がいないんだよ、明日ジョエルから厳しいお話はあるけど、そう邪見にしないで」
「しないよ、まぁ間近で見たしさ。そういうその……海軍?っぽさ?」
あれが全部じゃないよ、と笑いながら……晩餐会にはなく新たに追加されたスープを口に進めている。さらに肉料理に入るのもスムーズにだ。う~んアンリ、ある程度のとの弁だが相当ないい所の子だな?道に入っている!私は一応社会人的なマナー講座とか冠婚葬祭での慣れからなもんで、雲泥の差。時間も時間だし量は軽めだから1品が少ないもので……そうした移り変わりも、慣れているアンリの方が所作が綺麗だ。
「ただじいさんに俺の身元保証人になって欲しいのは本当なんだよね~ヴィルヘルミナは嫌がるけど手続きが楽になるところもあるし。それにじいさんいつ行っても会ってくれるしさ~」
ちらとエルシーを見るともう知らんとの具合でワインを開けて、アンリの料理人にも酒と残りにと確保していた晩餐料理を肴にしていく。軽い料理と言えど、残りを食いつくす勢いで……飲んでは食っていく。エレナは我々のテーブルにも並んだデザートをちびちび食べている。完全に目の前の酒飲みに気が負けている。かわいそう……
「そのヴィルヘルミナ?って人が許せばいいよ。それに……何?別に公的な保証?がなくともまぁ……何?別にいいんじゃない?私にはそこらへん気にしなくていいよ」
「本当に!?いいの!?やった言質とれた!イェーイ!最高!再生者万歳!」
なんじゃそりゃ、と私が食後のノンカフェインティーをススーッと飲んでいる迎いでガッツポーズとってはしゃいでいるアンリ。一方隣に控えていたはずの料理人さんも飲み始めて、知らねぇとばかりにエルシーとワゴンを空にしつつある。エレナはこのまま顔がネイビーブルーになりそうだし。
「先代とは何もできなかったからな~これからじいさんとバンバン遊ぶ、遊ぼう!」
「今……今!?もうどっぷり夜だけど……あっ」
とんだワンパク坊主、たくましくあってほしいじゃないんだが。と困ったところで思い出したものがる。席を立ちクローゼットの隣に置いた荷物を漁ると出てくる……グローブとボール。アンリの求めているだろう……同性間の保証人?親子の交流遊びといえばのキャッチボールの道具。
ただし夜中にキャッチボールなど、危険で出来るわけない。だから出来るようなものを作ってもらったのだ。プリムに。
「わはははは!なにそれ!バカみたいに光ってる!」
「いやーポリと遊ぶように作ってもらったんだよね!グローブとボール、光るから夜中でもすごいんだよ!」
「夜中にこれで?遊ぶの?21世紀の意味が解らなすぎる!」
いやだって空いてる時間は夜しかないし、夜に遊びたいけど遊べる人なんていないしで作ってもらったんだって。ポリは毎日の警備業務で疲れてもう寝ているから一度も遊べなくて。だいたい遊ぶって言ってるのアンリじゃないか!あとカラーリングがやたらカラフルなのは20から21世紀にあるミームなんだよ、一気に虹が描けてるブラシとか。パソコンとか。
「まぁとにかく他も静かだし、今なら外でやっても大丈夫でしょ。みんなお酒飲んでるから外に出ないって」
窓を開けて、風そよぐ夜の庭へ……素足のまま飛び込めば。ちょっと自然の湿気た土と芝生の感触が足に伝わってくる。光源にもなるグローブをアンリへ投げ渡し、こちらもはめたグローブを振って出てくるように誘う。アンリもそのまま素足で飛び出て、転がりボールを要求してくる。ゲーミングに光るボールを。
「おぉ!?うまいじゃないか!やってたんじゃないの?練習してた?」
「ないない!でも運動神経はいいからね!エルシーから鍛えてもらってるし!」
初めてだというのが末恐ろしい。ゲーミング・レインボー・ボールが……ゴールデン・グローブも物理的に眩むような光輝くグローブに吸い込まれていく。狙いも投球も正確!これやってたでしょ!壁相手にとか!わかるぞ、そういうのやってしまう少年ハート!
もう互いにテンションが上がってしまったもので、ただお互いの距離を開いてキャッチボールするなんてところでは収まらない。走りながら互いのグローブを目掛けて投球するフェイズに移行していった!段々鋭くなる投球、アンリ……このまま成長して胸板ブ厚い二刀流選手になれるんじゃないか?
「アンリ!贔屓目に見てもいけるぜメジャー……ギャラクシー・リーグ!」
と、調子に乗って叫んだのがいけなかった。アンリも調子に乗ってすごい鋭い投球を放つもんで……私の体のほうが追い付かず、シャイニング・グローブがボールを擦って滑り。球はスピンし……私に与えられたゲストルームのガラスをブチ破った!
「……それじゃ、僕は夜遅いからこれで!じいさん後よろしく!」
「えっちょっとこれ私、えっアンリ!?」
「それではローデンシア提督、後はお任せしますので……本日のことは他言無用」
「えっ!えっ!その私何も!?」
アンリはエルシーと料理人を引き連れてそそくさと帰ってしまった!
ガラスの割れた音を聞いて海兵隊の警備員、そして場所が場所のせいで駆けつけて来たフランソワーズ・バロウズに見つかる前に!
なんと説明すれば、どころか何をどうしたらこうなるのかという顔の彼女に……どういえばいいのか、と。結局聴取も不問としそこそこにガラス窓の交換が入ってその日は終わったのだが。
夜中に再生者とローデンシア提督が、酒に酔って庭に出て遊び……窓を破壊した。
そうした公的記録が残ってしまったもので……お、覚えていなさいアンリ!




