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名前のない英雄譚【無能の白銀騎士】  作者: 木ノ添 空青
騎士見習い編

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一つ屋根の下で

「えぇ!? ティナちゃんに弟子入りした!?」


 だいぶ聞き馴染んだ彼女の声がひっくり返ったのを聞いたのは、これが初めてだったりする。

 まぁ、当然の反応だろう。なにせ、自分が最近仲良くなった友人に、最近再会出来た幼馴染が弟子入りしたのだ。

 驚かれるだろうなぁ、とは予想していたけど……。


 口をあんぐりと開けたままのかぐや。

 その正面では、オレンジジュースの入ったカップに両手を添えたティナ先生が平然としていた。


「まぁ、そういうわけだから。アンタの衛兵をしばらく借りるわよ」


 若干の雲が漂う空の下。時間を忘れそうな穏やかな陽気の昼前。

 ワケありとはいえ、己の鍛錬に励むべき若人が二人。

 そして、勇猛な騎士服姿のまま堂々とサボりを決め込む現役バリバリの有名騎士様。

 これがド平日、ほどよく空いた喫茶店のテラスでの事である。


「衛兵って、僕はそんな扱いですか?」

「まぁ、ティナちゃんがいいなら」


 おっと、訂正はないご様子。それでいいのか僕……。


「とにかくそういう事になったから、引っ越しとかでバタバタする前に、かぐやにも伝えておいた方がいいかぁと思って」

「う、ん?? あの、ちょっと待ってね……。引っ越し? ジンくんが住んでたのって騎士学校の寮だったよね? 学校も辞めちゃうの!?」

「騎士学校は辞めないよ? 寮だけ出るって感じだね。ティナ先生が、掃除・洗濯・炊事・買い出し等々、全部やるんであれば物置にしてる部屋の一つを貸してくれるんだって。というか聞いてよ!? この歳でもう一軒家に住んでるんだってよ!?」

「金なら腐るほどあるからね。悔しかったらあたしを超えてみなさい?」

「うっ、ぐうの音も出ない……」

「いや、待って待って、そうじゃないの」


 嬉しそうに注文していたアップルジュースの満ちたカップを軽く握り潰し、呆れたように顔を右手で覆いながら、そう言葉を溢した黒髪の少女。


「なにが?」

「つまり、そうなったらティナちゃんと二人暮らしって事だよね? 誰も何も言わなかったの?」


 そこでティナ先生の方を確認するが、同じように、はて? といった表情だ。


「別に何も……。あっ、でもパンチさんが、ティナ先生は眠くなると機嫌が最悪になるから気を付けろよって言ってたっけ?」

「はぁ!? またあのカスマッチは変な話を……」

「え? えっ!? そう。なに? 私が心配性なだけなの?」


 ……あ、わかった。もしかして僕は疑われているのか?

 まだ十三歳の女の子相手に? 理性を失って飛びかかる危険人物だと思われてるってこと?


「……まさか、僕がティナ先生と二人っきりなのを良い事に、不埒な事をしようと考えてる命知らずな奴だと思ってる?」

「えっと、ふらち? ってどういうことなのかしら?」


 良かった、こっちの知識は年相応みたいだ。わからないですよね。まだ知らなくていいんです。


「もしかしなくてもそうなるでしょ!?」


 顔をしかめて唇を尖らすティナ先生を置き去りにして、身を乗り出してきたかぐや。どうやら図星のようだ。

 もしかすると、ティナさんを師匠に選んだ理由まで疑われているのかもしれない。

 とりあえず僕の趣味の弁解は置いておくとして。


「そんな恐ろしい事できるはずないでしょ? きっと毛の一本も残らない……」

「真っ先に命の心配をするあたり、本当にジンくんらしいね」

「えっと、褒められてるのかな?」


 大袈裟な溜め息の後、再び座り直したかぐやは、徐にアップルジュースへ口を付けた。


「なんにせよ二人きりはダメだって」

「ダメって言っても……。もう退去しますって伝えてきちゃったし。ティナ先生はそれが弟子にする条件だって」

「ふら? ふらっち? しゅわっち?」


 うん、こっちはそっとしておこう。

 やがて、ゆっくりとうつむいてしまったかぐやは顔を上げずにぶつくさと何やら呟いたようだった。


「……だったら、私も」

「えっ?」

「私も一緒に住むから!! 監視役として!」

「はいっ!?」

「……別にいいよね?」


 しおらしく、潤ませた黄金色の瞳で上目遣いを向けてきた。


「い、いや、僕に言われても……」


 妙な気恥ずかしさを誤魔化すように、彼女の対面に座る少女に顔を向ける

 不埒という言葉一つで、簡単に思考が迷子になった十三歳は、斜めに傾いたしかめっ面のまま答えた。


「ん? 別にいいわよ?」

「よしっ!」


 小さな拳を握ったのを僕は見逃さなかった。

 その仕草にはどんな意味が込められているのかなんて、野暮な詮索はしないでおこう。


「そう、ですか。いやまぁ、家主はティナ先生だから、ティナ先生が良いなら仰せのままにって感じだけど……」

「やた! じゃあよろしくね、ご主人様」

「ご主人様……。いい響きね! あんたもかぐやを見習いなさい?」

「はい……、ご主人、様」

「さて、それじゃ私も引っ越しの準備しなくちゃ」


 何はともあれ無事思考の迷路から脱出できた小さな先生と、少女の監視役という新たな役を勝ち取ったかぐや。

 少女二人の間に挟まれた僕の生活はいったいどうなることやら……。


 ちなみに、かぐやとひとつ屋根の下で暮らすことの方がマズいのでは? と気が付いたのは、荷物のまとめられた部屋に帰ってしばらくの事だった。

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