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名前のない英雄譚【無能の白銀騎士】  作者: 木ノ添 空青
騎士見習い編

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小さな兆し

 ――王都 政府執務室

 やや強い南風が、遊び相手でも探しているように窓を叩いている。

 今日は気持ちまで沈みそうな曇天模様。こんな景色では気持ちよく息抜きもできない。


 気分転換になるかと眺めていた景色から机に視線を戻すと、山のように積み上げられた現実がどっしりと待ち構えており、こめかみに嫌な頭痛が走る。


「ふうちゃんもおらんし、サボれるワケにもいかへんしなぁ……」


 この書類の多くが、平和の均衡が崩れたアルデラントとの今後を見据えた、政治方針やら軍事方針の資料である。


 アストピアの騎士を介入させたあの日の革命。

 あれ以来、両国の情勢はいまだ白波立っていた。


 国の精鋭を援軍に送り出し、神殺しと諸悪の根源たる男の野望を断つことに成功したアルデラント革命。

 首輪をかけられ虐げられていたアルデラントの民には自由が戻り、武力で押さえつけていた反感が一気に爆発し、結果としてアルデラント政府がアストピア側に続けていた好戦的な態度も、その内乱に影を潜めていた。


 しかし、あの戦場に立っていた天竜の捕食者(ドラゴンプレデター)の皆が、口を揃えて言っていた。

 あれは、とても革命などと呼べるような戦いではなかった、と。

 まるで手応えのない、気味が悪くなるほどに一方的な戦い。


 立ちはだかった軍人たちは総じて戦闘技術がなく、ただ武器を配られ、引き金の引き方を教わっただけの子供のようだったとも溢していた。


 こちらがいくら屈強な精鋭騎士を揃えたとはいえ、たった七人の騎士に圧倒された脆弱な兵力。

 あれでは軍隊が聞いて呆れる。さしずめ武器と戦っていたようなものだ。


 援軍を少しづつ増やしながらの持久戦。下手をすれば抑え込まれる展開にすらなると思っていたが……。

 これは単純に相手の慢心と捉えるべきなのか……。

 ナメられてたんは癪やけど、もしちゃうんやったら、それでいい。


「もし、そうじゃないんやとしたら……」


 ゆったりと椅子に腰掛け、重い息を吐き出す。

 同じ時だろうか、無駄に派手な装飾で飾られた扉が小さく小突かれた。


「はいはい、なに?」

「失礼致しますッ!!」


 思わず眉間に皺を寄せたくなる勢いで扉が開かれ、左胸に拳を当てた神王騎士が一人立っていた。


「陛下、お客様がお見えです」


 客? そんな予定あったか?

 いつもなら傍らに付いているおっかない秘書に予定を尋ねるところだが、生憎今は不在である。


「だれや?」

「それが、≪通りすがりの薬師≫だと名乗っているのですが、どこからどう見ても、革命軍のガリベニアス総統閣下かと……」


 その名を聞いて、余計に疲れが重くのしかかった。

 アイツがここにやって来た場合、神殺し開発の実態報告やら革命の提案やら、穏やかな話を聞いた試しが一つもない。

 背もたれを軋ませ、両腕を肘掛の脇に投げ出す。


「今度はなんやねん。――あぁ、通して」

「はっ、かしこまりました」

「……あんの堅物眼鏡、まぁた厄介な話持ってきたんちゃうやろな」


 こめかみに走る頭痛がさらに内側へと潜り込んだ。

 眉をゆがめながら脚を組み直し、机の上に散らばった書類をまとめ、角を揃える。


 ほどなく、雑に扉を打ちながら金色頭の鋭い眼光が顔を出した。

 いつ見ても、ちゃんと食事を摂っているのか不安になる細い体格だ。


「邪魔するぞ」


 その癖、人一倍にデカい態度。

 片手をポケットに突っ込み、大股で臆することなく部屋へ押し入って来る。

 親の顔を見てみたいと、つい皮肉めいた事を考えてしまう。


「あぁ、そんなんええから本題おいてさっさと帰れ」

「開口一番に帰れとは、いやはや随分と手厚い持て成しだな。その鬱陶しそうな表情を見るとつい長居をしたくなるではないか」


 押し上げた眼鏡と一緒に顔を持ち上げ、その紅い視線をこちらに注いできた。


 首を傾げてその視線をかわし、片付けた机に頬杖を突く。


「あほか。相っ変らずちゃらんぽらんで安心したわ」


 そんな不躾な客はというと、こちらの話を片耳で聞き、ぐるりと部屋の中を眺めていた。


「む? 傍付きの女はどうした? その山のように溜め込んだ仕事に嫌気がさして遂に見限られたか?」

「あんな有能な秘書を簡単に離して堪るか。愛弟子んとこ行っとるから、今日はうちだけお留守番」


 目の前にずっと立たれるのも居心地が悪いので、ソファーを指差して座るよう促すと、ガリベニアスは羽織っていた薄手のコートをその背もたれに投げ掛け、座ると同時に大袈裟に足を組んだ。


「あいつは確か、月影風花とか言ったな。あの小娘の師になったという話は本当だったのか」

「かぐやちゃんはまだ一人にしときたくないねん。護衛も兼ねてうちが押っ付けたったんや」

「なるほどな。それは名案だ。実はそのことが気になって、今日ここへ来たのだ」


 投げ出していた身体を大振りに引き起こし、膝の先で手を組んだ。

 弱まることのない風が不気味な音を残し、表を走り去っていく。


「やっぱ、あの子まだ狙われとんのか?」

「まだ何とも言えん。だが、そうなる可能性は高いだろう」

「結論から言え。なにが起こる?」

「……握りつぶした戦争の導火線に、再び火が点された」


 瞳を閉じ、両膝の上にそっと握ったやり場のない拳を置く。

 深く息を吸い込み、ため息に混ぜた言葉を投げた。


「思ったより早かったな。誰が動かしてんねん」

「"ビルガ―・ハンバッグ"。先のアルデラント革命でジンが討ち果たした、あのゴドナー・ハンバッグの、実弟だ」

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