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名前のない英雄譚【無能の白銀騎士】  作者: 木ノ添 空青
騎士見習い編

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理想の師匠

「失礼しま~す。パンチさんはいらっしゃいますでしょうか?」


 僕が目を覚ました、あの夏から続いている病院での身体検査が終わった夕暮れ時。

 昨日言われた通り、パンチさんが紹介してくれるという先生へ会いに来たところである。


 正直、パンチさんに断られたら、大人しく酒場とかで一年ほど学費を稼ぎ、また一から騎士学校でやり直そうかとも考えていた。最近では働いてから騎士になりたいと入学してくる人も珍しくない。


 しかし、いったい誰なんだろう。

 昨日とは打って変わり、人気のない応接室の扉を開けた。

 

 普段ならばここは、青龍騎士団への来賓を通す部屋らしい。

 ふかふかの絨毯、飾られた数々の勲章。

 青龍騎士団が残してきた歴戦の記録を目の当たりにしているせいか、どうも落ち着かない。


「パンチさんはまだ職務中なのかな?」


 ふらふらと部屋の中を彷徨い歩き、いよいよ二周目を始めようかと考えていた時だった。

 静かだった扉の向こうが少し騒がしくなった。今までの静寂も相まって尚更際立つ。


「いいからいいから、ちょっとだけ」

「わかったから離しなさいよハナクソ頭!!」 


 そして僕は、近付いてくるこの声の主に察しがついてしまった。


 きゃんきゃんと捲し立てるまだ幼い声。先輩にも容赦ない言葉遣い。

 そして、昨日パンチさんが言っていた『プライドをへし折れるか?』の意味。


「そういうことかぁ……」


 間も無く扉が開くと、パンチさんと一緒に、噂の先生が入ってきた。


「……ったく! あら? なんだ、客ってあんただったの?」

「えっと、ご無沙汰しています」


 人形のようにちんまりとした身体。やや丈余りの騎士服。

 任務帰りからそのまま来てくれたのか、額や首筋には汗が浮かび、亜麻色の柔らかそうな髪を後ろで小さく結わえている。


「ジン。改めて紹介しよう! コイツがお前に紹介したい先生だ」


 そう、パンチさんが連れて来たのは、泣く子も黙る天才天竜殺し、ティナ・ルミエールその人だった。


 確かに彼女は、騎士学校を飛び級で卒業し、青龍騎士団に配属された前代未聞の神童とも名高い。

 文武共に優秀な騎士でありながら、まだ若干十三歳。

 

 そう、つまり……。

 年下の女の子が、僕の先生になるかもしれない、という事か。


「……ちょっとだけ待って下さい。予想もしていなかったプライドのへし折り方になりそうなので」

「先生? ってなんの話よ」

「騎士学校の話だよ。お前も聞いただろ? かぐやちゃんが学校辞めて、風花さんに面倒見てもらうことにしたって」

「そりゃ聞いたけど、それでなんであたしが先生……」


 なにかを察したのか微動だにもしなくなった。


「……噓でしょ?」


 嫌そうに顔を引きつらせるティナさんを前に、僕は静かに息を吸った。

 そして、片膝をつく。


「僕を弟子にしてくださいッ!」


 床に額が届きそうな勢いで頭を下げた。


「えぇ~? 嫌よそんなの。あたし弟子をとるって柄じゃないし」

「頼む! ちょっと考えてやってくれねぇか? お前の実力なら申し分ねぇだろ?」

「お願いします! ティナさんに武術教えていただけるなら、僕はなんだってします!」


 額が床にも届きそうな勢いで頭を下げた。


「……まぁ、悪い気はしないわね」

「なら!」

「でもいや。というか、誰かを育てるなんて責任持てないわよ」

「僕だって厚かましいお願いだってのは理解してますけど、もう後が無くて……!」

「ふ~ん。ちなみに聞くけど、なんで弟子になりたいのよ?」

「……カッコつけた理由と現実よりな理由、どっちがいいですか?」

「カッコつけたほうから」

「ティナさんに戦い方を教わって、誰にも負けない騎士になりたいんです」

「本音は?」

「……いや、本音というか、別にそんなんじゃないんですけど」


 なんだろう。自分のせいではないとは言え、留年したというのはこんなに言いにくいことだったのか。


「……なんか、この前の一件で騎士学校、留年することになりまして、その、なんというか、学費が足りなくて……、でも騎士にはなりたくて」


 視線を逸らしながら、途切れ途切れに言葉を絞り出す。


「あぁ~。……なんというか。無下にしにくいわね。すげぇめんどくさい角度から切り込まれた気分よ」

「な? お前もなんとかしたいって思うだろ? ちょっと考えてみてくれねぇか?」

「えぇ~?」

「……ちなみになんですけど、ティナさんはパンチさんにやれとは言わないんですね」

「こいつは無理でしょ。あんたも自分の人生考えるならこんな師匠はやめときなさい」

「お前なぁ……」


 そんなやり取りもありながら、一通り考えがまとまったのか、腕を組んで膝を着いていた僕の方に向き直った。

 どこか面倒くさそうに半開きの目で、重そうな溜め息を吐いた。


「はぁ、しょうがないわね。……まぁ考えてあげてもいいわよ? 条件付きだけど」

「この際なんでもします! お願いします!」


 思っていた以上に前向きに考えてもらえたのかな。

 あのティナさんに剣を教えてもらえるのか……。

 でも、まだ決まったわけじゃない。こんなに貴重な機会、絶対に逃すわけにはいかない。


「それで条件はなんですか? いったい僕になにをさせるんですか?」

「私と手合わせしなさい? あたしはこれで戦ってあげる」


 そう言ってティナさんが取り出したのは、どこに隠し持っていたのか、食堂にでも置いてありそうな木製のフォークだった。


「げ、お前、そのフォークって……」


 なんだか嫌な物でも見るかのように、パンチさんの表情が歪んだ。


「なんですかそれ?」

「なにも難しい事じゃないわ。あたしに一撃当ててみなさい? そしたら考えてあげる」

「たった一撃でいいんですか?」

「たった一撃でいいわよ?」


 ティナさんは笑っていた。

 まるで、本当に“一撃くらいなら当てられる”と思っているみたいに。

 ――その笑みの意味を、僕はまだ理解していなかった。

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