留年しました
また温かい季節がやってきた。
柔らかな空気、穏やかな日差し。
昼寝がはかどりそうな、春模様の優しい気候。
騒動から無事に復帰し、教官に挨拶に行った僕を待ち受けていたのは、病み上がりにはあまりにも無慈悲なお話だった。
『あぁ~。あんまりはっきりとは言えないんだが。お前留年な』
『……へ?』
『残念だが、単位も実習時間も足りん』
『そんな……』
……はい。
まぁ、当然ではあるが。
僕がどっかの金髪白衣に拉致られたのが、騎士学校の白虎隊2年目、初夏のことだった。
何もなければ、僕は今頃騎士学校の最終過程の四年生として、晴れて卒業前の本格的な実地訓練や、騎士団への体験入団などをする予定だった。
……だったのにッ――。
「留年してまたニ年生からってそんな……」
「仕方ないだろ? 事実お前授業も訓練も受けてないんだから」
容赦なく現実を突きつけてくれたのは、何事もなく、無事4年生になった友人のベルトラン。
ますますデカく育った身体に若干の恐怖すら感じている。
ベルは相変わらず優秀な戦闘成績を修めていたようで、既に騎士団からの補助任務に引っ張りだこらしい。
休日の昼前、穏やかな空の下に二人並んで河原に寝転ぶ。
流れる雲を呆然と眺めながら隣のベルを横目で見ると、彼のその屈強な腕には、僕の知らない傷が増えていた。
「そういうベルはもう騎士団にスカウトされたんでしょ? パンチさんが言ってたよ」
「そりゃその為に今まで頑張って来たんだ。そうなってもらわなきゃ困る。一般の入団試験なんて座学選考がある時点で絶望的だからな」
勢いをつけて上半身を起こし、ベルは開き直ったようにその分厚い胸板を仰け反ってみせた。
「そんな胸張って言われても」
というより、僕もこんな吞気にしている場合じゃない。事実留年はもう決まった事だ。
僕に残された選択肢は二つ。
一つは、もう二年間学校に残り、基礎から学び直すこと。
もう一つは、学校を辞めることだった。
ベルたちと同じ年に入団試験を受けるなら、遅れた分は独学で取り戻すしかない。
……正直、前者の方が確実だ。
けれど、その二年間を生きる為のお金が、今の僕には無かった。
在学中の生徒は原則労働禁止。
今まで貯めてきた金も、今年を乗り切る想定で計算していた。
留年なんて最初から考えていない。
このまま学校に残れば、いずれ本当に金が尽きる。
だったらいっそ働きながら独学で騎士を目指した方が、まだ現実的ですらあった。
……もっとも。
まともな教師が見つかれば、という最難関のハードルがまっているけど。
「そういや、あのかぐやって子はどうするんだ?」
買ったばかりだという真新しい黒シャツに付いた草を払いながら聞いてきた。
彼の言う、どうするんだ? という言葉通り、かぐやもそういう意味では僕と同じ状況ではあるのだが……。
「かぐやはキッパリ退学したって。来年、騎士団の入団試験に独学で挑むんだってさ」
こういう事だ。いつからこんなに潔くなったのだろう。
覚悟を決める速さだけなら、もう完全にかぐやの方が上だった。
「はぇ~。意外と肝が据わってんな。お前も見習えよ」
「うっ……」
本人は感情など込めていない軽い言葉なのだろうが、コレが僕には突き刺さるのだ。
かぐやが僕に、満面の笑みで退学届けを見せてきたのがほんの一週間前の事。
さすがに驚いて止めたのだが、その後の話を聞いて止めるのを止めてしまった。
「かぐやには強力過ぎる専属の先生が付いたんだってさ~」
何を隠そう、かぐやの特別専属講師になったのは、あの風花さんだと言うではないか。なんでも直談判に行ったんだとか……。
昔は泣き虫で、僕の後ろをちょこちょこ追いかけてきていたのに。
ヤマトにいちゃん、僕たちの後を追っかけてた女の子は、すこぶるたくましくなったよ……。
木から旅立っていく桜を見送りながら、理想通りにいかない現実に頭を抱える。
「どうしよう。まぁでも、師事云々は置いといても、一回パンチさんに相談してみようかな」
「若いうちの苦悩は人生の肥しってな。せいぜい頑張れよ」
そう言って、眩しい笑顔と共に背中を叩かれた。
「うぅ……。結果的にかぐや助かってるから、博士を全力で恨めないのが余計に腹立つ……」
「当たり前だろ。あの人はお前の大恩人なんだ。文句なんて言ったら軽蔑するぞ」
「ベルはあの人の本性を知らないからそんなこと言えるんだよ」
脳裏に浮かぶのは虫唾が走るあのしたり顔。僕を立ち直らせてくれた時はあんなにカッコよかったはずなのになぁ。
「本性はどうあれ、あんだけ一触即発だったアルデラント政府を黙らせたんだ。こっちじゃ間違いなく歴史に名が残る英雄だぞ」
英雄、かぁ……。
その響きに、二年前、頬を殴られた時の熱と、あの紅い眼差しが蘇る。
「……よしっ。悩んでてもしょうがない。ちょっと相談してみる」
ともあれ、こんな不格好な形ではあるが、再び立派な騎士を目指す。
ある意味僕の再出発だ。
そんな春風の裏側で、誰にも気付かれないまま、新たな災厄の芽が静かに根を張っていた。




