おかえり
「はぁ、はぁ……」
人の出入りがすっかりなくなった閑静なエントランス。
明かりの灯った院内。
漂う冷たい空気が、熱く火照った頬を撫でる。
息を整えながら静かに階段を昇り、彼のいた二階へと向かう。
一番奥のその部屋は、明かりもなく、寂しそうに名札がぶら下がっていた。
そっと触れた冷え切ったドアを静かに開くと、遠くから花火の音が響いてきた。
真っ白な床に揺れる花火の光を辿ると、窓辺に佇んだ一人の少年の背中が見えた。
すっかり細くなってしまった後ろ姿。伸びた髪。
それでも変わらない、どこか気の抜けた立ち姿。
ずっと横たわっていた姿に、今更ながら自分の身長との差を比べてみたり。
「……っ!」
ずっと横たわっていた彼が、こうして立っている。
それだけのことなのに、胸の奥がぐしゃぐしゃになる。
次第に滲んでいくその後ろ姿。
震える声を必死で落ち着かせながら名前を呼ぶ。
「……ジンくん」
外の景色に夢中になっていたのか、私の声に合わせて肩を跳ね上げ、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「かぐや、だよね? ……はは、驚いちゃった。よかった、無事だったんだね」
「――ッ!」
今起きたばかりだという事などお構いなしに駆け寄って、ハッキリとそのぬくもりを抱きしめた。
「あ、ちょ!? まだフラフラしてるから」
「っばか……。なんで昔からこんな無茶するの」
「ごめんね。少しでも早く、自由な世界に帰してあげたかったんだ」
「だからって、全部ひとりで抱え込んで。心配、したんだから」
痩せて骨ばってしまった手が、震えている頭にそっと触れた。
私のおでこに伝わる、打ち上げ花火とは別の微かな音が、少しだけ早くなった。
「今更だけど、ずっと待たせちゃってごめん。一人ぼっちにしちゃってごめん。……大切な思い出を、無かったことにしちゃって、ごめんね」
「ううん、私こそごめんなさい。本当に辛かったのはジンくんの方だったのに。……私、なにも考えられなくなっちゃって」
あの日からずっと、胸の奥に刺さったままだった後悔が、ようやく言葉になっていく。
「ずっと捜してたんだ。あの日の事、ちゃんと謝りたくて。騎士学校に行けば、会えるんじゃないかと思って、私、騎士になったんだよ? そして、一目見た時もすぐにわかった。全然変わってないんだもん。……でも、避けられるかもなんて考えたら、怖くて、声かけられなくて」
「かぐやは、もっと前から会いに来てくれてたんだね」
少しだけ落ち着いた窓の外。
同時に安心感と嬉しさと気恥ずかしさが込み上げてきて、少しだけ包む腕に力を込めた。
「そういえば、その、声を聞くのは初めてだよね。なんか、意外と大人っぽいんだね」
「……うるさい。恥ずかしいから、意識しないようにしてたのに」
赤くなっているであろう熱い顔を彼の胸に埋め、言葉を精霊に託して彼に伝えた。
(なんなら前みたいにこっちでもいいんだよ?)
「普通に喋ろうよ、せっかくなんだし」
(……変なこと言うから、急に恥ずかしくなったじゃん)
「あはは、それは申し訳ない」
「もう。……ねぇジンくん」
「なに?」
淡い月明かりに照らされた夜空。
そこから溢れ出す星の瞬き。
陽が落ちてもなお熱の冷めない熱帯夜。ひんやりとした白い天井。
伝う涙を拭うことなどせず、そっと、一言だけ唇に添えた。
「おかえりなさい」




