英雄の背中
静寂だった。風だけが吹き抜ける。
焼け焦げた大地にも、空にも、もう“天上要塞”の影はなかった。
終わった――。
そう思った瞬間だった。
「……く、はは……。おのれ……、おのれおのれおのれぇぇぇ!!」
焼け爛れた顔を歪め、ゴドナーは狂ったように叫んだ。
「貴様のような劣等種に!! この俺が!!」
そう叫ぶと、服の裏ポケットから細身の瓶を取り出した。
中身は銀色の液体。まだ何かする気か!?
「させるかぁ!!」
渾身の力で地面を蹴り、その瓶を持つ右腕に刀身を叩きつける。
剣と共にゴドナーの体を離れた右腕は、勢いよく地面に打ち付けられ、鮮血の華が咲く。
握っていた小瓶も砕け散り、生々しく転がった腕に降り注いだ。
「ぐあぁぁぁ!?」
振り下ろした剣から、赤い雫が弧を描く。
見開かれたゴドナーの眼孔。その切っ先を首に振り下ろす。
刹那、転がった右腕が爆風を巻き起こした。
「っ!? くそっ!」
しまった……っ!! 体が!?
予期せぬ爆発に体は堪えきれない。吹き飛びながら睨みつけたゴドナーは、不気味に口角を吊り上げた。
どうにか態勢を立て直すと、白煙を上げる奴の右腕が目に入った。
「ふふ……、あははは!! 俺の右腕を“供物にされる”とはな。考えたな小僧」
「なっ、そんな!?」
その光景は、僕の身体を地に縛り付けた。
白煙が蠢く。
まるで肺呼吸でも始めるように、煙の奥が脈打つ。
―――次の瞬間。肉を裂くように、巨大な顎が煙幕を突き破った。
「なんで、天竜が……!?」
「驚いたようだな、小僧。言ったであろう? 天竜はアルデラントが生み出した生物兵器。その正体はな、人体を触媒にした召喚獣だ!! 片腕のみで少々小ぶりだが、時間稼ぎには充分だ」
『宿主さん、あいつが逃げるよ!』
「で、でも、天竜が……」
『出来る限り僕が守るから!! 動き出しちゃう前に走って!!』
「っく、逃がすかぁ! ――ッ!?」
駆け出した瞬間、天竜が僕目掛けて飛び込んできた。
その大きな口を開けて、生まれたままの白煙を引っ張りながら。
さらに、追い打ちのように、足から鈍い痛みが全身を駆け巡った。
さっきの爆風でッ!?
……だめだ。足が……、止まる。
「―――止まるんじゃねぇ!! そのまま走れッ!」
……えっ!?
鈍く腹に突き抜けた衝撃。
次の瞬間、突っ込んできた天竜の巨体が、地面にめり込んでいた。
その衝撃で体はよろめいたが、なんとか次の一歩が前に出た。
理解が追いつかない瞳に映ったのは、騎士の大きな背中だった。
身の丈ほどの大きな長剣。
風に揺れる、長のみが背負うことを許された群青色の龍の咆哮。
晴れた土煙に混じる煙草の匂い。
「コイツは俺が喰い殺す。お前は真っ直ぐ走れッ!!」
その背中は、本当に大きかった。
アストピアで騎士を志す者が皆追いかける、真の絶対英雄。
男の名は、青龍騎士団、団長ゴイル・ハーマン。
アストピア、いや、全世界最強の騎士だ。
「ゴイル団長……ッ!!」
「さっさと行けぇ!!」
まだ未熟な僕でもわかる圧倒的な存在感。
――あぁ。これが、僕たちが追い続けてきた“英雄の背中”なんだ。
団長の覇気に鼓舞され、僕は再び走り始める。




