断罪の光
「虫唾が走る顔をするようになったな。あのクソ眼鏡にそっくりだ……」
「覚悟してください。ここがあなたの断頭台です」
祈りを込めた真っ直ぐな剣を引き抜き、その刃でゴドナーの首を指し示す。
そんな僕の刃を一瞥もせず、ゴドナーは別の方向に視線を向けていた。
あくまでも今の僕は眼中にもないといった様子だった。
「少し見直したぞ。あの最高傑作である天竜クルスをこうも抑え込むとは。……ますます貴様らの事が嫌いになりそうだ。一人残らず首を跳ね、心臓に数十発の弾丸を打ち込んでやる」
ゴドナーは、焼け落ちた自分の国を見渡しながら、むしろ愉快そうに笑っていた。
切り札だと思っていた天竜が押さえ込まれているのに、焦りが見えない。
……なんだ? この違和感。
まだ、何か隠してるのか?
「戦争は諦めてください。あなたの身勝手な争いに、アストピアの人たちや精霊たちを巻き込むわけにはいかない」
「ふん。精霊に寄生されなければ戦えないような劣等種共に何ができる。貴様らは種の敗北者だ」
「違います。アストピアは、人と精霊とが辿り着いた共存という進化です。どちらか一方だけの想いじゃない。あなたのように精霊をただの力としてしか見ていないあなたには到底理解できるはずがない」
僕の言葉に眉をひそめ、一層鋭い眼差しを向けられた。
「では問おう。人間の進化とはなんだ?」
「……だから、それこそが―――っ!?」
急な耳鳴りに襲われた。
チカチカとする視界の先で、ゴドナーが銃をこちらに構えていた。
その銃口からは、火薬の匂いがする煙が空に消えていく。
「なにも理解していないのは貴様の方だ。精霊との共存が人間の進化……だと?」
殺気、というものだろうか。
ゴドナーからの圧に押し潰されそうだ。
「ふざけたことを抜かすなよ小僧。ならばアルデラントの民はなんだ? 精霊の力なんぞに頼る軟弱者は誰もおらんぞ? 我が国の民は人間ではない、という侮辱とも取れる答えになるが、本当にその答えであっているのか?」
「っ……」
「その程度の認識の奴を、この俺が相手しなければならない事が、耐え難いほどの屈辱だということぐらい貴様にも理解できるだろう」
そう言ってゴドナーは、改めて僕にその銃口を向けた。
「人の心に異物など不要だ。精霊など必要ない。人類の存続を脅かす可能性は、塵一つ残してはならない。だから証明するのだ。精霊などという不安定な力に依存した先にあるものをな。……神殺しは、貴様らが見て見ぬふりをしている、我が国以上の脅威そのものだ」
「……」
「私が考える人間としての進化とは、種としての絶対的な頂点に君臨することだッ! 人は人だけで生きねばならん。それが平和だ。誰も怯えず、誰も奪われず、誰も失わない。完全なる泰平だッ!!」
確かに、ゴドナーの言葉には力があった。
争いのない世界。
誰にも脅かされない未来。
人だけで生きていける完全な世界。
もし本当にそんなものがあるのなら、きっと以前の僕なら、心から救われただろう。
だって、精霊の力を使えなかった僕だったから。
そうか。そんな単純な事じゃなかったんだ。
「……ありがとうございます。僕、間違ったことを言ってしまったのかもしれません」
精霊との共存が“進化”。
そんな綺麗な言葉で片付けていい話じゃなかったんだ。
精霊暴走。
神殺し。
力に呑まれて壊れていった人たち。
確かに、精霊は危険かもしれない。
でも――。
「それでも、僕はあの人たちに救われた。精霊の力があったから、僕はここまで辿り着いた。オリジンがいなかったら、僕はあの壁の前から立ち上がれなかった。かぐやのことだって……」
胸の奥で、小さな光が灯る。
「僕は、一人じゃ強くなれなかった。誰にも頼らず生きることが進化なんじゃない。誰かを信じたから、僕は少しだけ強くなれた。それは人間だって同じはずです」
「戯言を」
そう言って引き金に手をかけたゴドナーを見て、左手を前に着き出した。
けたたましい破裂音が響く。
焼けるような熱が掌を貫き、伸ばした左腕を真っ赤な血が伝っていく。
それでも、僕は手を下ろさなかった。
「だったら、精霊たちのことだって、信じてあげるべきじゃないですか。人間だけで生きる。それがあなたの進化なら、それでいい。でも、精霊と生きる道を選んだ人たちまで否定する権利なんて、誰にもない。アストピアは、人と精霊が一緒に生きるって決めた国なんです」
風穴の開いた左手から、白銀の稲妻がうねりだした。
震える腕に優しく絡み付き、柔らかい光を放ちながらバチバチと暴れ出す。
「あなたの理想を語るのは自由だけど、人間の未来を決めるのはあなたじゃない。誰と生きるか。何を信じるか。どんな未来を選ぶのか。それは、僕たち一人ひとりが決めることだ。だから――、人間の進化は、“自由であること”なんだ」
「……そうか。それが貴様の答えか」
その声には怒気よりも、呆れに近い感情が滲んでいた。
「やはり貴様は、何も理解していない」
ゴドナーは自分の白衣の内ポケットから、小さな機械を取り出した。
瞬間、背筋が凍る。
「まさか……、まだ切り札が!?」
「本来であれば、アストピア侵攻の際に投入する予定だった兵器だ。天竜だけではない。これこそが、人類の進化の結晶だ」
ゴドナーがその機械を起動した瞬間、空間そのものが軋んだ。
地面ではない。
空だ。
「喜べ、我が軍の秘奥を馳走してやる。これこそが、アルデラントが誇る最高の技術によって作り出した、至高の軍事力。さぁ、仰ぎ見るがいい、この“天上要塞・ドレッドノート”をッ―――!!」
まるで世界そのものを無理矢理こじ開けるような、耳障りな金属音。
やがて、巨大な影がゆっくりと姿を現す。
「冗談だろ。……なんだよ、あれ」
現れたのは、鋼鉄で出来た“島”だった。
砲門。砲門。砲門。
船体を埋め尽くす無数の砲塔。
その全てが、まるで生き物の眼球のように、一斉に僕の方を向いた。
「さぁドレッドノート、狩りの時間だ。……放て! 全弾放射ァッ!!」
轟音。
空そのものが崩れ落ちてくるようだった。
四方八方から響く衝撃と共に、晴れた青空が、黒く染まった。
視界を埋め尽くす鋼鉄の豪雨。
逃げ場なんてない。
狂うことなく降り注いできた黒い影を、逃げることなく迎え入れる。
大気を揺らすほどの爆発、天竜のブレスにも引け劣らぬような衝撃。
周囲の地面をえぐり、爆風が瓦礫を吹き飛ばす。
「……おのれ貴様ッ! どういうことだ!?」
掲げた左手から激しく舞い踊る白い稲妻。
確かに怖い、膝が崩れそうだ。
でも僕はあの日と違うんだ。
伸ばした手を力なく落としたりはしない。
砂塵や煤が付いた頬を右手で拭い、浮遊する要塞の陰に立つゴドナーを睨み上げる。
「答えろ!! その力はなんだ!?」
「……貴方が縛り付けた鎖を喰い千切った力だ」
「おのれ、くそがぁ!!」
やけを起こして無数にばら撒く銃弾に加え、再び砲撃が飛んでくる。
だが、何の感情もない真っ黒な弾幕を、左手が纏った白光が呑み込んでいった。
「精霊に媚びへつらう劣等種の分際で、いい気になるなよクソガキ!!」
「行ける? オリジン」
『ふふん、誰に聞いてるんだい?』
左手から、やがて全身までを包み込む白い雷光。
携えた剣を引き抜き、一つ小さく息を吐く。
流星群のように降り注ぐ鉄球を、白銀の火花に変えながら一気に距離を詰める。
「はぁぁぁぁぁーーッ!!」
宙に浮いた鋼鉄の城目掛けて思いっきり飛び上がる。
力任せに剣を切り払う。その剣筋をなぞる消滅の光。
思い出す。
泣くことすら許されなかった少女。
助けてと言えなかった声。
震えていた小さな手。
「消えろォォォォォッ!!」
『コンヴィクションスクリーム!!』
剣に束ねた断罪の光。泣き叫ぶことも許されなかったかぐやの為の一撃。
巨大な光の奔流が漂う要塞にぶつかると、弾けるように空へ駆けあがる。
その全てを呑み込んだ光は、瞬く間にふわりと消えていった。
とても静かな時間だった。
なにも聞こえない。ただ風だけが通り過ぎて行った。
空に残ったのは、白い光の残滓だけ。
そこに、“天上要塞”だったものは何一つ残っていなかった。




