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名前のない英雄譚【無能の白銀騎士】  作者: 木ノ添 空青
神殺しの少女編

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決戦の武者震い

「……寒っ」


 真っ暗闇な部屋の中で窓を開けると、夏とは思えないほど冷たい風がまとわりついてきた。

 先日まではそこら中でゲコゲコ鳴いていた蛙に変わり、秋虫の心地の良い音色が聞こえる。


「いよいよ、今日か……」


 作戦決行の直前。いつもより、空気が張り詰めている気がした。

 これは、なんだかんだゆったりとした雰囲気の研究所との差だろうか。


 ふと思えば、昨日もやけに静かな一日だった。

 何の変哲もない、不気味なくらいに穏やかな一日。


 ゴドナーが何らかの動きを見せるかと思い、内心ヒヤヒヤしていたけれど、予定通り議会に参加する為に不在らしい。どうやら杞憂だったのかな。

 今までは絵空事のように、漠然と想像していただけだったアルデラントでの革命。

 もう少しで、絵空事が史実へと変わる。


 弱く震える体を落ち着かそうといろいろな術を考えてみたが、昨日すれ違いざまに言われた博士の言葉が、その余裕を与えてくれなかった。

 『覚悟はできているか?』そのたった一言の呟きが、とてつもなく重くのしかかっている。


 そんな覚悟、とっくに出来てる。

 オリジンにも伝えたけど、精霊たちやかぐやに深い傷を負わせた神殺しと、そんな運命を作り上げたゴドナーたちを絶対に許す訳にはいかない。


 ……そう思っていた。

 その覚悟を口に出す度、裏腹に僕の体は無意識に震えだす。

 水底から湧き出す冷たい水のように、不安が込み上げる。


 この不穏な思いを鎮めてくれるのは、やはりあの子の姿だった。

 絶対に助けたい。

 本能が、記憶が、体が……。

 あの子からもらったすべての感情が、あの子を救えと僕を突き動かしている。


 いつの間にか、とても大きな存在になっていたあの子。

 家族の顔すらもわからない僕の中で、偶然ここで出会っただけの同郷の少女、という存在だけではなくなっていた。


「……必ず、助ける」


 そっと目を閉じると、秒針の進む音がやけにうるさい。

 まるで、世界の変革を煽り、待ち焦がれているようだ。


 しばらく月の隠れた真っ暗な空を眺めていると、背後に嫌な気配を感じた。

 振り返ってみると、いつの間に入ってきたのか、白衣の男がソファの上でふんぞり返っていた。


「邪魔しているぞ。相変わらず実に殺風景な部屋だな。なんかこう、興が乗るものはないのか?」

「僕の部屋は公園じゃないんですよ。てかノック!」

「まったく、こんな夜中にやかましい。老犬か貴様」

「……無事だったんですね。てっきり磔にされたのかと思いましたよ」

「あんな豚小屋に寝泊まりなど冗談ではない。牢を破って脱走してやったわ。もう後には退けんぞ。めでたく全員指名手配犯だな」

「あんたって人は……。何か騒ぎを起こさないと気が済まないんですか……」


 というか牢破りって……。相変わらずだな。

 しばらく見なかったけど、お変わりないようで何よりだ。


「はぁ……。それで、用件はなんですか? もうそろそろ時間ですよ」

「おっと、あまりにも無様な顔が愉快で忘れていた。アルデラントへと招いていたアストピアの騎士団を連れて来たぞ、既に指定の場所に到着した」

「そうですか。わかりました」

「作戦開始まではそこで待機してもらうのだが……。なんだ、妙に大人しいな。死期を悟った様な雰囲気を出して」

「縁起でもないこと言わないでくださいよ。……ただ、実感がわかないもんなんだなぁと」

「我々は、何も特別な事をしようとしている訳ではない。お前も納得できん事をされたら反発するであろう? 我々も同じだ。この国は自由を奪った。だから我々が取り返す。それだけだ」

「そう、ですか。……よし、そういう事ならお灸をすえに行きましょう」


 首に触れていた襟を正す。

 博士は、小さく鼻を鳴らし、わずかに口角を上げてみせた。


「では、我々も支度を始めよう。ゴドナーはまだ議会から帰っている途中のようだ。アルデラント内からここに繋がる転移装置には細工を施しておいた。若干の時間稼ぎになるだろう。我々は革命軍が兵器開発局への侵攻を始めるのと同時に零番研究棟へと侵入する。無関係な職員にはなるべく危害は加えず、敷地の外へ避難してもらう」

「まずは、二十八番研究棟への襲撃を利用するんですよね」

「あぁ、一番外れにあるので危害もなく、騒ぎも起こしやすい。既に同志を何名か待機させている。時間になったら派手に爆破する段取りだ。それを皮切りに作戦が始まる」

「いよいよですね。僕は爆発を合図に、零番研究棟ですね」

「そうだ。私とはそこで合流だ。そういえば、そこである人物と待ち合わせをする」

「待ち合わせ?」

「どうしても連れて行けと聞かなくてな。お前も知っている頼れる人物だ。心配はいらん」


 そう言ってメガネを押し上げ、ニヤリと微笑んだ。

 この人のこの顔はだいたい心配が募るんだけど、本当に大丈夫だろうか……。


「……時間だ。私は持ち場に向かう」


 壁にあった時計を睨みつけ、博士が部屋から出て行った。

 僕は、動きやすいように白虎隊の騎士服を身に纏い、大事に隠しておいた剣を腰に携える。

 腰元から剣を引き抜き胸元に掲げた。帯剣時の敬礼だ。


「行ってまいります。精霊王様の、ご加護を……」


 目を瞑ると、一瞬真っ白な光が現れ、頭に囁くような声が響いた。


『いよいよかい? 楽しみだねぇ~。今どんな気持ち? ずっと見てるからね』

「ちょっとオリジン。今お祈りしてるんだから」


 端から見ればただの独り言に見えるだろう。

 でも、そんなことも考えられないくらい、一気に緊張感が高まる。


「さぁ、行こう。これは僕一人の戦いじゃない。みんなとの戦いなんだ。必ず神殺しを止める」


 固まる体を砕くように剣を鞘に差し込み部屋の扉を開けて、静まり返った廊下へと歩みだす。

 作戦開始まで、あと数分。



 ◇◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◇



「アルデラント軍、総員戦闘準備。これより愚かな反乱因子の制圧作戦を開始する。なお本作戦の指揮は、このゴドナー・ハンバッグが執り行う。……諸君、必ず勝利を掴みとり、神に祝杯を捧げよう」


 このアルデラントの空を揺るがさんばかりの雄叫びは、この時の僕らにはまだ、届いてはいなかった。

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