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名前のない英雄譚【無能の白銀騎士】  作者: 木ノ添 空青
神殺しの少女編

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僕の願いが叶うなら

『はじめましてじゃないでしょ、宿主さん。忘れたのかい? 無を司る大精霊、オリジンって名前を』

「君が、オリジン……。僕の声が……聞こえるの? 時々見えていたここは、夢じゃなかったの?」

『ここは、君とボクの境界線。精霊の間って言って、ボクら精霊が宿る人間の心の奥にある場所さ。……とは言え、余程特殊な人間しか干渉できないはずなんだけどね』


 かすれそうな呟きで、最後の一言はよく聞こえなかった。

 しかし、ここは夢の世界ともまた違う場所らしい。


 僕と精霊の境界線か……。

 いまいち理解しがたいけれど、簡単には理解できない状況だという事は理解できた。


「精霊の間……。という事は、君が僕の精霊……」


 ちょっと想像していたものとは違うな。

 七大精霊なんて言うもんだから、てっきりもっとおっかない雰囲気を想像していたんだけど。


『だからぁ~、何回もそう言ったじゃないか。……それともまだ呪いが――』

「えっ? なに?」

『何でもないよ、独り言。しっかし、相変わらず精霊術はヘタクソなんだね』

「いや、急に辛辣だな。だって、今まで精霊術とか使えなかったし」

『情けないなぁ。ようやくあの忌々しい呪いから解放されたっていうのに。まったくボクの宿主さんときたら、相当不器用だし、霊力少な過ぎるし。貧弱だし、無能だし』


 散々いうなコイツ……。

 やっぱりただの夢か? 精霊の間?


 ……わからない。とりあえず、それっぽく相槌を返しておこう。


「……なるほど」


 どうしよう。全然状況が理解できない。

 というか、なんでいきなり僕に話しかけてきたんだ?

 精霊を宿すってこんな感じなのかな?


 ダメだ、わかんない。博士にでも聞いてみようか。

 ……えっ、やっぱり夢か!?


『ごちゃごちゃうるさいなぁ。ボクがまたこうして呼ばれたのも、君たちのせいなんだからね。君たち人間は、またあのおもちゃを造ったみたいだね。本当に学習がない。旧文明時代の過ちを知らない訳じゃないだろうに』

「おもちゃ……? なんのこと?」

『呆れた。まさか何も知らないのかい? 君たち人間が神殺しとか言う無礼千万な名前を付けたおもちゃさ。あれはボクたち精霊も、そして僕らの主たる精霊王さえも蔑ろにするものなんだよ。ボクたち精霊もあんなに雑な使い方されたんじゃ、さすがに怒っちゃうよ』


 神殺し。その言葉を聞く度に、嫌でも血に塗れた少女の姿が脳裏に蘇る。




『ミィツケタ……』




「――っ」


 そして、その忌まわしい兵器を止めるのは、今の僕に与えられた使命だった。


「そう……だよね、ごめん。でも大丈夫。神殺しは絶対に使わせない。とにかく、君が僕の精霊だって言うんなら長い付き合いになるんだよね。よろしく。一緒に頑張ろう! 僕はね、神殺しにされそうな女の子を助けてあげたいんだ」

『……ふぅん。本当にできると思ってるのかい?』

「えっ?」

『ボクの予見では、かぐやはもう助からないと思ってる』


 冷たくて、とても残酷な声色だった。


『いいかい? 神殺しっていうのは、一度始まったら止められない。それはいつの時代だって同じさ。神殺しが誕生した世界に未来はない。何故なら、神殺しを生み出した人間の文明を、“ボクが世界ごと消却している”からだよ』

「ま、待って。世界を消却……? さっきから何言ってるの!?」

『多分これが最初で最後の自己紹介だね。改めまして宿主さん。ボクが『精霊オリジン』。世界に呼ばれてやってきた、消滅の使者さ』


 どういう事だ……。

 本当に夢でも見ているだけなのか。

 この声はずっと何を言ってるんだ。


「ごめんオリジン、何を言ってるの? 君は、僕と同じ想いじゃないの?」

『あのね、七大精霊っていうのは、本来人間じゃなくて世界に宿る精霊なんだ。創造、無、希望、絶望、時間、空間、そして精霊王。精霊が世界を創って、精霊が世界を動かして、そして、ボクが終わらせる。それが、世界を創った七大精霊としての、ボクたちの使命。……人間との共存は、ボクの本意じゃない』

「……じゃあそもそも、僕には何の用もない、ってことなのかな」

『……そういう事』

「――っでも、聞いてオリジン。神殺しを造ったのは僕たちじゃないんだ。造ったのは、僕がこの後戦う事になる天界軍で」

『――宿主さん。今の言葉がどれだけ勝手な言葉なのか気付いているかい?』

「……え?」

『正直、精霊であるボクから見れば、アルデラントにいるのも、アストピアにいるのも、等しく同じ人間じゃないか。どこで暮らしていようが、別々の文明を築いていようが君たちは同じ。違うかい?』

「それは……」


 予想だにしなかった言葉に思わず言葉を失った。

 説得しようと言葉を探していた思考が、その声に冷やされていくのが分かった。


 僕たちがやろうとしているこの戦争の一番の被害者は、精霊なんじゃないか。

 人間同士の争いにいつの間にか巻き込まれて、いつの間にか自分たちの主を人質にされて、精霊が生きようと足掻く力であるところの精霊暴走を悪用され、いつの間にか精霊同士の望まぬ殺し合いをさせてしまっている。


『……ごめん、ちょっと意地悪だったね。ほんとは君たちだけのせいじゃない。これは主がずっと探している人との共存世界だ。でもね、そんな君たちに希望を抱いた主、精霊王を手にかけようとするのは絶対に間違っている。だから守らなきゃいけないんだ。君たちの身勝手な殺し合いで、ボクたちの主を、愛すべき精霊たちを犠牲にしていい道理なんかないんだよ』

「だからオリジンは神殺し諸共、世界を消そうとしているんだね」

『もしこのまま神殺しが使われたら、すべてが穢される前に、世界をやり直さなくちゃいけない。ボクは君の体を使って、アストピアにいる精霊を守る為に、この世界を消し飛ばす。人間である宿主さんたちとは、守るべきものが根本的に違うんだよ』


 ずっと欲しかった精霊の力。

 だけど、伸ばした手の先から、ひらりと光が零れ落ちた。


 でもどうしてだろう。

 絶望とはまた違う感覚だった。


 今の僕に、この光を死に物狂いにひったくる気はなかった。


 ……そう、だよね。きっとそうだ。

 精霊にとって神殺しっていうのは、人間からの明確な宣戦布告だ。仲間を一人残忍にいたぶられて、主である精霊王の首に剣を添えているような行為だ。


 精霊にとって人間は人間。アストピアもアルデラントも関係ない。一つの同じ人間なんだ。


 僕がオリジンの立場なら……。

 たぶん僕は、僕たちが許せなくなる。


「ごめん」

『……?』

「僕ら人間がしてきたことは、きっと取り返しのつかないくらい外道な事だったんだよね。例え住む場所が違う人のやったことでも、精霊からすれば、同じ人間だもんね。だから、僕が代わりに謝る。ごめん」

『あっははは。君は馬鹿なのかい!? そんな言葉で――』

「馬鹿なんだよ。だから、こんな真っ直ぐな方法しか想い付かない」


 僕は何の為にここにいるんだっけ。

 世界を救う為? 精霊を守る為? 大切な人を守る為?


 やらなきゃいけないことがいっぱいある。助けたい人がたくさんいる。

 僕がやるべき事。僕が今やらなきゃいけない事。

 精霊の事、国の事、戦争の事……。

 ぐちゃぐちゃになってしまって、もう何がキッカケかよくわからないや。


 でもこれだけはわかる。

 あの子だけは助けなきゃいけない。

 どうしてなのか自分にもわからないけど、あの子にだけは、生きていて欲しい――。

 今はまだ終わらせたくない。

 世界を。歴史を。僕たちの時間を。


 ――どうしても救いたい。


「神殺しを止める。このちっぽけな命を全部使ってでも、絶対に止める」


 理由はこれだけで十分じゃないか。

 だから僕は革命軍に参加したんだ。

 この足を前に出さなきゃいけない、出し続けなきゃいけない。

 止まった時の景色は、簡単に思い出せる。


「散々君たちを蔑ろにして、神殺しを造った人間の僕が、今更オリジンに力を貸してほしいなんて言えないよ。僕一人で、精霊の力を使えない純粋な一人の人間として、この使命にすべてを賭ける。だからお願い。たった一度だけでいい。チャンスが欲しいんだ」

『へぇ~。宿主さんは馬鹿だけど面白いね。……ふふ、じゃあ、これならどう? ボクと一緒に、何もかもが生まれ変わった世界で、新しい世界を創る王様になろう。過ちを償ってやり直すっていうのも一つの責任の取り方でしょ? そうしたらボクは全ての力を宿主さんの為に使ってあげる。どう? 魅力的な話じゃない?』


 オリジンが軽快に語ってみせたもう一つの未来。

 それでも、僕の答えが変わることはなかった。


「ごめん、それはできないや。僕はまだ無能なまんまなんだ。オリジンがいくら凄い精霊でも、上手に使ってあげられないからね。それに、僕の使命はかぐやを助けること。今度こそあの子の笑顔を守らなきゃね。特別な君の力と引き換えにその願いが叶うなら、僕は精霊術を使えなくてもかまわないよ」

『……相変わらず、随分あの子にこだわるんだね。あ~ぁ、フラれちゃったなぁ。まったく、ここまで無下にされたのは久しぶりだよ』


 オリジンの声が少し小さくなり、真っ白な世界が眩しく輝きだした。


『そこまで言うなら見せてもらおうかな。幸い、まだ時間は残ってる。ふふ、どうやってかぐやを救うのかな? 少しワクワクしてきたよ。もしボクを楽しませてくれたら、少しだけ力を貸してあげる。……かもねぇ』


 どんどん声が遠ざかって、視界が少しずつ暗くなる。

 聞きたいことは山ほどあったが、裏腹に声は遠退いていった。


『――今度は楽しい時間を過ごさせてよ、宿主さん』


 ついに視界は真っ暗になり、まぶたの向こうから月明かりが白く届いた。

 時計を見るともう真夜中。


 久しぶりの肉体労働は、想像以上に疲労として体に溜まっていたらしい。

 ずいぶん深く寝ていたようで体が固まってしまいそうだ。

 部屋の入り口には、すっかり冷え切って水滴の付いた食器が置かれていた。


「……オリジン。消滅の使者」


 その精霊がいるであろう胸に手を当てると、少し早いペースで脈打つ心臓に気が付いた。

 触れていた手を離し、暗がりの中でまじまじと見つめると、薄っすらと白く光ったような気がした。


「君との約束、絶対に守る。必ずかぐやを助けて、君にも見せてあげる。僕が守りたいモノを」


 オリジンが語った世界消却という運命をぎゅっと握りつぶし、先日博士に殴られた頬にコツンとぶつけた。


 運命の日まで、もう少し。

 時計の針は、新しい一日に歩みを刻み始めた。

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