アルデラントへの帰還
まだ蒸し暑さが続くアルデラントの夏も、いよいよ後半へと差し掛かった。
秋を待つ暦とは裏腹に、変わらず燦々と地上を照らす太陽と揺らぐ陽炎。
この国も、まだ肌寒さとは無縁のようだ……。
「ぅおぇぇ……」
そんな気候に思いを馳せている余裕もなく、僕はついさっきアルデラントへと戻ってきた。
まだフラフラする体と、吐き気を催している内臓をなんとか抑えながら、足早に自室へと向かっていた。
しかし、帰りの転移装置を探すのには苦労した。なんであんなに目立たないようにしてるんだ。いや、当然なんだけども。
転移装置の前で出迎えがあるかもなんて、淡い期待を抱いていた自分を笑ってやりたい。
「くぅ、そうですよね。皆さんお忙しいですもんね!」
帰りの廊下がやけに暗く感じるのは気のせいだろうか。
元気そうに伸縮する胃から、朝ご飯が出ないように集中している為、いつもの景色など良く分からない。
そんな中でさえ思い出す今日の朝食の味。
美味しかったなぁ……。あんな朝ご飯は初めて――。
「ぶぷぅッ!? んぐっ。危ない、ぶちまけるところだった……」
僕は今どんな顔をしているのだろう。
自分でわかるのは、さっきから冷や汗が止まらないという事だけだ。
なんとか堪えて自室の前に辿り着いた。ある意味満身創痍である。
震える両手で部屋の扉を開くと、ベットの脇に置いた椅子に人影があった。
「ジンくん! おかえり。その顔は上手くいったみたいだね」
「じょ――うぷっ、助手さぁん!! はい。うまく、おぇ。上手く……、いきました」
部屋で留守番をしてくれていたガリベニアス博士の助手さんだった。安堵の表情を浮かべて迎えてくれた。
これでようやく、僕の任務は無事に終了したんだ。一安心して、なにか色々と零れてしまいそうだ。
「はぁ……。留守番ありがとうございました。お変わりありませんか?」
「ジンくんに関しては特に問題ないよ。だけどね、いよいよ軍が動き出したみたいなんだ。この前、反乱首謀の容疑で、ガリベニアス博士が逮捕されちゃってね」
「た、逮捕された?! 何やって……、大丈夫なんですか?」
「さぁね。恐らくは事情聴取を受けていると思うよ」
「そうですか、ゴドナーはやはり先に動いてきたんですね」
「まぁでも、ガリベニアス博士のことだから、何食わぬ顔で戻ってくると思うけどね。だけどもし何かあれば、最悪博士無しで計画を進めざるをえないかもしれない。正直、あの方が欠けるようなことになったら、全体の統率は著しく崩れてしまうと思う。判断の大半を君に委ねることになると思うよ」
「……了解しました」
癪だけど、あの人の発想と機転は異常なくらい頼りになる。
実際に、今回僕がアストピアに向かった時に大幅な乱れがなかったのも、あの人の知恵と謎の人脈があってこそだ。
いずれにせよ、今は博士が無事に帰ってくることを祈るしかできない。
もし戻らなければ――。
少し不安は残るけど、その時は最大限やるしかない。
精霊王様も全面的に協力してくれると言ってくれた。
何より嬉しいのは、あの天竜の捕食者が総動員されることだ。アストピア最強の精鋭部隊が、同じ戦場に一堂に立つなんて普通じゃありえない。
天竜討伐の時だって、だいたい一頭に対して、一人か二人の天竜の捕食者が迎撃を行う。
国の最高峰の英雄が勢揃いするんだ。アストピアの騎士なら、誰もが夢見るような戦場になることは間違いない。
とりあえずこの胸で疼く、騎士としての高揚感は置いておくとして……。
次なる目的は神殺しの阻止、アルデラント政府崩壊への火付け役、そして、かぐやの救出だ。
霞んでいく視界の先で、必死に手を伸ばしても届かなかったかぐやの痩せこけた手が未だに頭から離れない。
次は必ず連れ戻してみせる。
「もし、僕らだけになったとしても、死ぬ気で成し遂げましょうね」
「そうだね。これは国を救う戦いにしなきゃいけない。……まぁ、疲れているだろうし、今は休んでくれ。後はこちらで進めておくよ」
「そうさせてもらいます。お疲れ様でした」
肩を撫で下ろした助手さんは、少し疲れたような顔色で背伸びをした。
僕の留守を寝ずに隠してくれていたのかもしれない。
横を笑顔で通り抜けていった助手さんの白衣のポケット。やけに膨らんだその中には、空と思われる栄養剤の瓶が詰め込まれていた。
しかし、気になるのはゴドナーの動きだ。ゴドナーが動き始めたタイミングは、僕がアストピアでの作戦をしていた最中だった。
この前の神殺し実験の見せしめしかり、僕は確実に目を付けられている。
僕の行動も疑われていた中で、きちんと留守を守ってくれた助手さんには頭が上がらないな。
助手さんが出て行った後、僕は静かに頭を下げた。
楽な格好に着替えると、脳が完全に気を抜いたようで、すぐさま眠気が襲ってきた。
もうすっかり体に馴染んだベットに潜り込むと、ほんの数秒で意識が薄れていく。
気が付くと、ようやく見慣れ始めた真っ白な世界で目が覚めた。
何も見えず、何も聞こえない。怖いとすら思えるほどの静けさ。
『やぁ、見ていたよ。頑張ったみたいだね』
心地よく響くその声は、どこからともなく聞こえて来る。
まるで、そよ風に体を包み込まれているようで、少しひんやりした気分だった。
でも、今まで以上にハッキリと聞こえた。
「また、あの声だ……。君は、誰?」
『はじめましてじゃないでしょ宿主さん。忘れたのかい? 無を司る大精霊、“オリジン”の名前を』




