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名前のない英雄譚【無能の白銀騎士】  作者: 木ノ添 空青
神殺しの少女編

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故郷へ

 先の見えない真っ暗な廊下。

 足元を照らす、寂しげに光る非常口のライト。

 静寂な研究棟を音が響かないよう静かに歩いてはいたが、我ながらどうにも気配が隠しきれない。


「僕に隠密行動は向いてないな……」


 今の時刻は深夜零時過ぎ。こんな時間に研究棟を出歩いたことがなかったので、若干の高揚感に浮かれ脚気味だ。

 なんとも例えがたい心霊的な薄気味悪さと、これから始まる重要な一週間への緊張感で、結果的に丁度いい重さの歩みでここまで来たのだった。


「……ここだよね」


 暗い研究所内の一角から光が溢れていた。

 最近は来ていなかったけど、もうすっかり体に染み付いたこの部屋までの道。

 もう少しで思い出の中の景色になると思うと、一抹の寂しさすら感じてしまう。


 とはいえ、その後に浮かんだ、僕の大事にとっておいたパンを食い散らかすあの小憎たらしい金髪の高笑いに、思わず溜め息が漏れてしまった。


 念の為誰にも見付かるなと言われていたので、一応周りを見渡してみるが、物音ひとつ聞こえない。


「し、失礼しまぁす……」


 なんとなく怖気付いて声をかけてみるも、帰ってくる返事は無い。

 意を決して奥へ進むと、先日僕の部屋へ見舞いに来ていた助手の人が、真剣な面持ちで紙の束を睨んでいた。


「あの~、こ、こんばんは」

「ん? あぁ、こんばんは。話は聞いてるよ。気分はどうだい?」

「えっと、正直まだ少し怖いです。けど、必ず成功させます」

「そうか、いい顔だ。宜しく頼むよ。プレッシャーを掛けるつもりはないんだけど、君が今作戦の切り札なのは理解して欲しい。しっかり頼むよ」


 温かくも力強いその眼差しに、僕は小さく頷いた。


「……さて、出発の準備は出来てる。行けるかい?」


 その言葉に辺りを見回したが、僕が知っているいつもの実験場と対した代わり映えが無い。


「……いつもと変わらないみたいですけど。ここから地界に行けるんですか?」

「ほんとは政府が管理してる別の場所からじゃないと行けないんだけどね。あり物の材料でガリベニアス博士が造ってくれたんだ」


 なんだそれ、凄いな。そういう才能は出鱈目すぎるんだよなぁ。


「まぁ、機密事項で詳しくは言えないんだけど。とにかく、これであらかじめ設置してあるアストピアの転移装置までひとっ飛びさ。少し体に負荷が生じるから意識だけは保っといてね」

「ひとっ飛び、ですか……。まぁ頑張り――」


 ん? 負荷? そう言ったのか? まぁ、そんなにキツくはないだろう。

 なんだろう。せっかくの帰省だというのに、すごく嫌な予感がする。


「あぁそうだ、博士からの書状は持ったかい? なんか、これだけは確認してくれってうるさくてね」

「大丈夫です。あの今更なんですけど、僕が不在の間、僕がいなくなったって気付かれませんかね?」

「寝込んでることにするよ。まぁゴドナー局長は疑っているようだけどね。そこはなんとかやり過ごすことにするよ」

「すみませんがお願いします。……そういえば博士は?」

「あぁ、ガリベニアス博士なら、ほらあそこ」


 助手の人が指差した先は、山積みになった資料の山。

 少し近付くと、長椅子の上で仰向けになっている白衣が見えた。


「ここ最近はずっと忙しそうだったからね。君の精霊の事や、神殺しに関係ありそうな資料を書庫から引っ張り出してきて、片っ端から目を通していたんだよ」

「……そうですか」

「君が零番研究棟に連れていかれたって事を聞いた時も、血相変えて飛び出して行かれて……。あの方も口が悪いから思う所はあるかもしれないけれど、悪い人じゃないんだよ」


 いつも嫌悪感を感じていたはずの、小汚くくたびれた白衣。

 でも今は、その皺の一つ一つが、戦い続けてきた証のように見えた。


 握った掌に、殴り飛ばされた床の冷たさを思い出した。


「そうですね、良く知っています。よし、グズグズしてると夢の中で小言を言われそうなので、そろそろ行きます」


 あんな冷たい場所から、必ず登り切ってみせる。

 その過程が無様でもいいんだ。僕にしか出来ない結果を残す。

 小さくても、遠くても、諦めちゃダメだ。


「了解。健闘を祈るよ」


 深く吸った呼吸の後、転移装置と呼ばれた謎の青い丸印の内側に立ってみた。

 そういえば今まで使った事無いけど、どうしたらいいんだろう。勝手にやってくれるのかな?


 挙動不審に周りを見ていると、突然体が浮遊感に包まれた。


「うぉ!? へっ!? なに!?」

「実験装置は無力化されちゃって心配していたけど、さすがガリベニアス博士。なんとか調整してくれたみたいだね。到着地点は君が保護された山村付近だよ。それじゃあ、いってらっしゃい!」

「おい、いま保護されたって……!? いや今それどころじゃ――!!」


 "保護された"とか言う聞き捨てならないセリフが聞こえたが、今はそこを糾弾している場合じゃない。

 ふわふわとした感覚から一転、どこか高い場所から飛び降りているような感覚に陥ると共に、目の前が真っ白に変わった。


「んなっ、なんじゃこりゃぁぁーーっ!?」



 ◇◆◆◇◇◆◆◇



「いってらっしゃい。頑張ってね、小さな英雄くん」

「どうやら無事に出発したようだな」

「あれ、ガリベニアス博士。すみません、起こしてしまいましたか?」

「馬鹿を言うな、断じて寝てなどいない。あれはアイツが腑抜けていないかを監視していたのだ」

「……そうでしたか」

「まぁ、これで喧しいのが当分いなくなるな。私は自室に戻って今後の動きを詰めたい。ジンの不在は出来る限り悟られるな。それから、あの豚の動きは常に見張っておけ」

「かしこまりました。同志にも伝えておきます。…………まったく、不器用ですね」

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