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名前のない英雄譚【無能の白銀騎士】  作者: 木ノ添 空青
神殺しの少女編

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白銀の翼

 目が覚めると、自室のベットに横になっていた。

 まるで夢でも見ていたかの様。


 ……いや、あれが夢であるように、どれだけ祈ればいいのだろう。


 僕の脳内から、あの光景は消えようとはしなかった。

 記憶が蘇ると再び体が震え、あの叫び声が頭の中を駆け巡る。


「くそっ……。どうして……」


 耳に残る声を塞ぎたくて頭を抱えこむと、隣から聞き慣れた声が聞こえた。


「すまなかった。ゴドナーがアルデラントでも最高機密としている神殺しの実験を見せしめに使うとは思わなかった。牽制だろうな。我々は、完全に泳がされている」

「……博士。やっぱり、無理なんじゃないですか……? 僕じゃ、あの子を助けられないかもしれない。……怖いんです。あんなに叫んでた。痛いんだよね? 苦しいんだよね? 僕が英雄だったら救えたのッ!? そんなはずないッ――!! ……あんなかぐやを見て、僕は、何も出来なかったッ……!!」

「あまり自分を責めるな。今回は私の警戒不足だった。すまない」

「ゴドナーは、もう手遅れだって言ってましたよ。……教えてくださいよ。僕は、どうしたらよかったの? もう、あれは、あの子じゃなくなっちゃったの?」


 どうしたらいいんだ……。いや、もう遅いのか。


「楽に……してあげ……」


 ――違うだろ。そんなこと、願いたいわけじゃない。 


「苦しんでるなら、いっそ、このまま……」


 ドス黒い感情が心から溢れ出した。

 頭では必死に否定していた。

 でも完全に形を失った僕の心は、そのドロドロな感情で、歪なかさぶたを作り始める。

 歯止めが利かず、その言葉が溢れ出しそうになった。


 このまま……。


「ふざけるなこの愚か者がッ!!」


 それを遮ったのは、博士だった。

 僕は胸ぐらを乱暴にひったくられ、顔面に拳を叩き込まれた。


 勢いそのままにベットから転げ落ち、身に刺さるほど冷たい床へ横たわっていた。

 何が起こったのか理解が追いつかずに頬へ触れると、そこがじわじわと熱を帯び始めた。


「……今、何を言おうとした? 貴様が救いたいと心から願ったあの小娘に、貴様は何を口走った!!」


 一段と冷徹な眼差しに、身動き一つ出来無かった。


「あの小娘を救いたい。そう私に言い切ったのはどこの誰だ? まさか、貧弱な私に殴られて、地べたに這いつくばっている貴様じゃないだろうな」


 酷く荒れた語気に、自分が振りかぶった言葉がいかに取り返しのつかない言葉だったのかを思い知った。

 博士は苛立ったように眼鏡を外すと、その怒りに満ちた真っ赤な瞳が、もう僕を見ることはなかった。


「この際だから言わせてもらおう。私は貴様の、そういうところが実に気に入らん。なぜ無能であることを否定しない? 自分から無能ではないと言い返せないッ!? 貴様の居場所は、そんな底辺で満足なのか? もっと上に立ちたいと思わんのか? 答えろ! ジン・テオドフロールッ!! 貴様が手を伸ばせば、高みへの手掛かりが掴めるであろう? なぜ求めないっ!?」


 博士の放つ言葉は、僕の心に深々と突き刺さった。

 僕自身が一番理解していながら、今まで誤魔化して隠し続けてきた真っ黒な果実。


 その刺し傷から、ヘドロのような感情が一気に溢れ出した。


「……もう何回だって求めたよッ!! 何度だって否定もしてきた! ……でも変わらなかった。僕がやっとの思いで辿り着いた場所は、とっくに誰かの足場で……。必死になって掴んだ光は、誰かを飾り終えたボロの装飾だったッ! ……努力を褒めて欲しいとは言わない。だけど! ……死に物狂いで這い上がった場所に、誰もいないんだ。それが、いつものことなんだよ。飛び上がるくらい嬉しい成長も、喜んでいるのは僕一人で。そんなままごとみたいなのが成長って言うなら、もがくことが馬鹿馬鹿しくなるんだ……」


 考えることなんてしなかった。心の底にあったものが、勝手に口から溢れ出す。


「――ッ!?」


 こんなに身勝手で醜い感情をぶつけたのに、振り向いた博士は、どこか安心したような、待っていたような、穏やかな表情だった。


 なんで? どうして?


 この人は、本当に理解出来ない。

 あんなに人を小馬鹿にしておきながら、誰よりも僕のことを真剣に叱ってくれたのか。


「……お前は、本当に無能だな」


 優しい言葉だった。

 聞こえた字面は相変わらずだったけど、その言葉はいつもの様に上からではなく、僕の隣から聞こえた。


 この人の言葉は、こんなに醜くて汚い心の底まで、僕を迎えに来てくれた。

 ここがお前の限界じゃない。立ち上がって登り続けろ。


 そう、背中を叩かれた気がした。


「お前は童話の主人公にでもなったつもりか? お前は生まれながらに英雄で、我々はお前の成長に一喜一憂しなきゃならんのか? 調子に乗るのも大概にしろ。我々はお前が思っている以上に、自分の事に必死なのだ。周りと比較する暇があるのなら、余所見などせず自分を磨くべきではないのか? 誰かと比較するのは、お前の仕事ではない。そんなものは頼まなくとも、他の暇な奴が勝手に始めるのだ」


 ……そっか。

 僕は、誰かに認めて欲しかっただけなんだ。


 あいつはこんなに努力したらしい。

 何もない僕には、そんな言葉が特別に思えたから。


 無能だと思っていた僕は、見上げる景色しか知らなかった。

 だからこそ、知らないうちに認めていたんだ。


 この景色は僕のものだと。ここが僕の世界なんだと。

 

 別に嫌な気もしなかった。

 だってそれが"無能な僕"なんだから。

 それを受け入れることが、本当の強さだと思っていた。


 ……でもそれは、本物の強さじゃない。

 本当に僕が欲しかったものは、限界を否定して、次の高みに進む強さだったはずだ……。


「周りに認めて欲しくば、決して自分を認めるな。褒めて欲しければ、決して自分を褒めるな。我々の成長が止まるのは、これで充分だと満足した時だ。飽くなき探究心で自分の可能性に手を伸ばし続ければ、我々は、その身が朽ち果ててもなお成長する」


 ……そうだ。

 僕は、あの子を救いたい。

 もっと笑ってほしい。もっと生きていてほしい。


 だからあの時、ゴドナーに連れて行かれるあの子へ手を伸ばしたんだ。

 僕の本能が、あの子を助けたいと願ったから。


 自分の限界も否定できない僕が、あの子の限界を否定出来るはずなんてない。

 情けない心から溢れ出た涙を拭い、歯を食い縛って立ち上がった。


「どんな英雄も、最初は皆、何者でもない。だからこそ上を目指し、何度も立ち上がった。己の本当の願いの為にな。いいか? お前が憧れる英雄という存在はな、“誰よりも純粋に願いを追い続ける”、そんな人生を褒め称える言葉だ。諦めるな。あの小娘は他の誰でもない、お前を待っているのだ。決して諦めることなく、今もまだ戦い続けている事を忘れるな」


 体はまだ震えていた。

 でも、それは今までの恐怖のせいではない。

 彼女を救えないと諦めかけた、自分の弱さへの怒りだ。


 拳を強く握り締め、目の前に見えた剥き出しの柱を、力一杯ぶん殴った。

 熱を帯びる拳から力を抜くと、恐怖や絶望が、彼女を救うという確固たる決意に姿を変えた。


「僕は今からでも、高く飛べますか? ひ弱でこの短い手が、あの子に届くくらいに」


 そっとかけたメガネをいつものように指で押し上げ、博士は挑戦的な表情でこちらに笑みを向けてくれた。


「求め続けろ。貴様が手を伸ばせば、白銀の翼は必ず現れる。あとは貴様が、必死に羽ばたくのだ」


 次々と溢れ出る涙に視界を塞がれたが、その姿を焼き付けたくて何度も拭う。


「僕は、この革命を必ず成功させます。博士の言う通り、役立たずで無能な騎士かもしれませんが、彼女を守りたい気持ちは、誰にも負けませんッ!! 僕はどうしようもなく、彼女を救いたいんです」

「ふん、次に素っ頓狂な事を言ったら、ミンチにしてゴドナーの餌にしてくれる。覚悟しておけ。……作戦決行は今夜だ。それまでには泣き止んでおけ。塩臭くて堪らん」


 ポケットに手を突っ込み、部屋を後にした博士に、深々と頭を下げた。


「ほんとうに……、ありがとうございました」


 部屋の扉が閉まったのがわかってからも、しばらく頭を上げられなかった。


「この作戦、必ず成功に導きます」


 作戦の成功を固く固く誓った。



 ◇◆◆◇◇◆◆◇



 それから少し後。出発を目前にした時の事だった。

 気合を入れようと、以前かぐやから教わったとっておきのメロンパンを食べようと思ったのだが……。


「……あれ、無くなってる」


 そして数時間前、博士が座っていたベットの脇から、空になったメロンパンの袋と、アイスのゴミが……。

 よし、後でぶん殴ってやる。

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