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名前のない英雄譚【無能の白銀騎士】  作者: 木ノ添 空青
神殺しの少女編

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夕暮れからの贈り物

 眠気が一気に吹っ飛び、前のめりになりながら体を跳ね起こした。

 マズい、うっかり寝過ごしてしまった。

 外はまさに夕暮れ。個人的には間違いなく夕方である。


「まだ間に合うかな!? 大丈夫だよね」


 バタバタと身支度をしながら、今一度博士の言っていたあの言葉を思い返す。


『二十八番研究棟・屋上・アップルジュース』


 アップルジュースの使い道はイマイチ良くわからないけど、とりあえず二十八番研究棟の屋上へ向かえ、という事でいいんだろうか。


 今朝部屋へ戻る途中、施設内の『自動販売機』というものでアップルジュースは入手することが出来た。

 初めて触ったけど、あの機械は時代を超越しすぎじゃない?

 まさかこんなに文明が進んでいるとは思わなかった……。一ヶ月居ても新しい発見ばかりだ。


 些細な日常にさえ垣間見えるアルデラントの技術に文明の差を感じつつ、なんとか支度を終え、アップルジュース片手に部屋を飛び出した。

 大丈夫。まだ時間はある。よくわかんないけど。


 ……しかしまぁ、冷静に考えてみるとどうも胡散臭い気もする。

 だいたい、あの誘拐犯が指定した場所に何があるというのか。


 それにあの言い方だと、僕が今やっていることも正しいのか怪しくなってくる。


 とはいえ助手の人曰く、温泉観光好きらしい博士のことだ。予想が簡単なのは、“景色がいい場所”とかそんな感じだろうか。「天才の休日を模倣できることを光栄に思うがいい」とか考えてんだろうな。

 年齢は知らないけど、どっか年寄り臭いよなぁ、あの人。

 まぁ、そういうことであれば純粋に満喫させてもらおう。



 ◇◆◆◇◇◆◆◇



 行き着いた先にあったのは、普段立ち入る事もない最果ての研究棟。

 ここ二十八番研究棟は、僕の部屋がある建屋から、渡り廊下を数回渡った場所にひっそりと佇んでいる。


 一瞬入ることを躊躇ってしまいそうになる、物々しい雰囲気と静寂がそこにあった。

 小気味良い滑車音の引き戸を開けて少しだけ中を覗いてみると、僕の知る研究棟より、だいぶ肌寒い空気が満ちていた。

 一歩だけ中へ踏み入ると、思わず身体が震えた。


 研究棟の中央まで歩いて行くと見えてくる、他と変わらず飾り気のない寂しげな階段。

 日没前に日の出前を思い出す暗闇に、僅かな孤独感を誘われる。


 一つ目の暗い階段を登り、何気なく左右へ続く廊下を見渡す。

 奥に見えた出窓がオレンジ色の光を招き、漂う塵とキラキラ舞い踊っていた。


 足元から上へと伸びた階段には明かりが灯り、他の場所にはなかった温もりを感じた。


 その先で待っていたのは、夕陽が溢れる錆び付いた扉。取っ手を握ると、色とは反対にとても冷たい。何かを守っているかのような重い扉だった。


 全身を使ってその扉を開く。

 そこから溢れ出した光の波に、僕は思わず目を見開いていた。


「なんだ……これ。……すごい」


 安直な言葉で表現したくなかったが、単純な言葉さえ浮かばなくなるほどに綺麗な夕暮れだった。


 色鮮やかに染まる雲。寂しさを誘う夕陽。

 八方にこだますひぐらしの唄。

 涙腺をくすぐる夏の匂い。優しくふわりとした南風。


「……っ、は、……はぁ」


 息の吸い方さえ、この夕陽に塗りつぶされ、いつしか呼吸のリズムが狂っていた。


 人生が変わることになったこのアルデラントという場所。

 連れてこられた時は、憎しみを覚えたこともあった。


 でも今この瞬間は、心の底からこの景色が美しく見えた。

 大切な思い出で美化された故郷の夕暮れでさえ、霞んでしまうほどだった。



 ◇◆◆◇◇◆◆◇



 それからしばらく、時間を忘れて立ち尽くしていた。

 僕はいったいどれくらい見惚れていたんだろう。

 我を思い出して脱力した身体に力を入れ直した時だった。


 ふと、肩に不思議な感触を覚えた。

 何かと思い視線を向けると……。

 ――妙だな。白い手が……肩に、……乗ってる?


「……うわぁ!?」

「――っ!?」


 仰け反りざまに勢いよく振り返った。

 そこには、長めに伸びた黒髪の少女が立ち、驚いたように手を引っ込める最中だった。


 えっ? 何? お化け!? 僕、女の人に恨みを買うような事はしてないよ!?


 個人的に恨みを買ってしまった怨恨的な何かを疑い、一応全身に目を向けたが、どうやらオバケではないらしい。足もあったし、透けている訳でもない。とにかくびっくりした。


「ご、ごめんなさい。驚かせちゃって」


 眩しい橙色の光のせいか上手く表情は見えないが、少女は恐る恐る首を横に振っているようで、夕闇と見間違う様な髪が静かに揺れた。


 ……さて、そうなると誰だろう。

 冷静さが返ってくると同時に、空を染めていた夕陽が少しずつ沈んでいった。

 同時に、目の前にいる少女に深い影を落としていた光が弱くなり、彼女の顔が、宵を待つ星のようにうっすらと見えてきた。


「き、君はっ!?」


 その顔は、つい最近の事なのに、どこか懐かしくて。

 怯えることなく、もちろん血塗れでもない。少し華奢な少女が、そこに立っていた。

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