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名前のない英雄譚【無能の白銀騎士】  作者: 木ノ添 空青
神殺しの少女編

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月が輝く夜のこと

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。

 予想外の事態にポカンと口を半開きにしていると、ゆっくり、ゆっくりと、彼女の手が僕の元へと伸びてきた。


「……へっ?」


 抵抗する気は無かったが、彼女のそんな拙い仕草につい見惚れてしまっていた。


 何秒か掛かって僕の左頬に辿り着いた彼女の小さな左手。

 小さくて冷たいその手は、夏の風に当たったせいか、やけに火照った僕の頬を優しく撫でた。


 目の前にある色白な顔に視線を移すと、仔犬のようなまばたきの後、そっと僕の視線を迎え入れてくれた。

 改めて見た彼女の顔は、消えてしまいそうなくらい透き通るように白く、不思議そうに眉尻を垂らして首を傾げていた。


「――っ」


 まるで繊細なガラス細工のような肌に、わずかに残った夕陽が紅を挿す。

 その姿は、触れれば崩れ落ちそうなほど神秘的に見えた。

 僕の目線より少しだけ下から見上げた黄金色の瞳は、宵に笑う月のようだった。


(……えっと、あの、大丈夫ですか?)


 ふと、抑揚の少ない幼げな声が聞こえた。

 不思議だ。確かに目の前にいる彼女の口は動いてはいないはずなのに。


(……あの、意識あります? 大丈夫ですか?)

「えっ!? あぁの、はいぃ! 大丈夫ですっ!」


 声の主は間違いなく目の前の彼女らしく、僕の返事を聞いて、ふわりと表情をほどいた。

 不安気な口元に笑みが浮かび、小さな息が漏れていた。


(そっか、よかった。初めまして……じゃ、ないけど、憶えてるかな?)

「あの、昨日の……?」

(……うん、そう。昨日は、その……、ごめん。酷い姿見せちゃったよね)


 小首を傾げて潤む瞳に見つめられた。

 僕みたいな奴がそんな目を向けられたら、まともに正面など見れるはずもない。


「い、いや大丈夫、だよ?」


 すっかり落ち着いた様子の彼女とは対照的に、どんどん緊張していく僕。

 初対面に等しい少女に話しかけられているのもそうだったし。何より、……まだほっぺに……て、手が、触れて……。

 少しヒンヤリした彼女の手はとても心地良かった。


(ぶつかった時、怪我しなかった? あの時は結構派手に激突しちゃって。ぼくがぶつかっといてなんだけど、すごく痛くてさ。えへへ……)

「だ、大丈夫! ……です」


 そう伝えると、申し訳なさそうに笑いかけ、あどけなく自分の頬を小さく掻いていた。


「……」


 待てまて。僕はなんでこんなに緊張してるんだ。


「って! さっきから口が動いてないような気がするんだけど、どゆこと?」


 想定外の出会いに呆気にとられ、意識が飛びかけていても気になった。この会話どうなってるの? 拗らせ過ぎた僕の幻聴だろうか。


(あぁ、これか。…………ちょっとね。どう? 凄いでしょ。精霊術の応用で、君の内側に直接干渉しているんだ)


 一瞬だけ垣間見えた不安そうな表情の後、得意気に瞳を輝かせた。


「……そ、そっか」


 無理して笑ってるのが、すぐ分かった。

 僕の脳裏には、はっきりと昨日のあの顔がよぎる。

 彼女の表情はくすぶったランプの様で、いつか消えてしまうんじゃないかという不安が湧き上がってくる。


「えっと、精霊術を使うってことは、君もアストピアの?」

(うん、そうだよ。……あのさ、ジンくん……だよね? ぼくのこと、わかるかな?)


 ポツリポツリと輝き出す星の下、彼女はそう言った。

 急に寂しそうな視線を向けられたからか、心が少しだけざわついた。

 さも幼い日に出会っていたかのような発言に、思わず勘違いしてしまいそうになる。


「……あれ? 僕の名前、どうして知ってるの?」

(教えて。ぼくの事知ってる?)


 間髪入れずに響いた聞こえないはずのその声は、少しだけ語気が強くなったような気がした。


「その、ごめん。たぶん、初めてだと思う」


 僕に残っている記憶の中に、思い当たる人物はいなかった。


(……そっかそっか。ごめんね、急に変なこと聞いて。向こうの人、久しぶりだったから)


 なんだろう。この子、とても懐かしい匂いがする。どっかで会っていたのかな? 

 少女は寂しそうな表情のまま顔を伏せると、どこか安心したような笑顔を作った。


「あの、本当ごめん。実は僕、小っちゃい頃の記憶が曖昧でさ。昔は孤児院で育ったんだけど、その辺の事は思い出せなくて、もしかしたら――」

(――ごめんね! 嫌な事、聞いちゃって)


 気を遣わせてしまったのか、急に言葉を遮られた。


「う、ううん、気にしないで。それで、なんで僕の事知ってたの?」

(ふぇっ!? えっと、それは……、ほら! 騎士学校時代、足に剣が刺さって気絶してた人だよね? それで名前覚えちゃって)

「んなっ!?」


 不味い。黒歴史が名札になってる……。あんな醜態がそんなに有名になっていたなんて。


「お願いですから忘れて下さい」

(ふふ、やなこった。それより腕疲れちゃった。右手出して?)

「え!? ちょ――っ!?」

(ほらほら、仲良しのしるしだよ)


 半ば無理やり掴まれた僕の右手を、彼女の左手が優しく包んだ。

 そんな彼女の暖かさに、僕の全身が緊張から再び強張っていった。



 ◇◆◆◇◇◆◆◇



 それから、彼女と話をした。

 他所から見れば、僕の大きな独り言に思われるかもしれない。人形に話しかけているイタい少年って絵面かな……。

 でも今は、それでもいいや。


 慣れるに従い、徐々に砕けてきた彼女は意外とおしゃべりで、少年のような悪戯心を隠し持っていた。


「そう言えば、君の名前は?」


 その質問に少し俯くと、何かを企んでいるような笑みを浮かべた。


(内緒……。さて、ぼくの名前は何かなぁ)


「えっ、ちょっと、何それ!?」

(ふふ、絶対に思い出してね? ジンくん)


 どちらともなく、他愛もない会話が繋がっていく。

 楽しかったことや好きな食べ物。僕も必死になって話題を探した。

 こんなに早く流れる時間は初めてだった。


 この子曰く、この研究所の売店には伝説のメロンパンがあるらしい。

 自称パン愛好家の僕としては、実に興味深い情報を得ることも出来た。

 やがて話は、アストピアでの思い出話に至った。

 彼女は騎士学校の話になると、一際その瞳に輝きが増した。


「僕、青龍騎士団に入るのが目標なんだ。白兵部隊最強の前衛騎士、パンチ部隊長に憧れてて」

(あのチリチリ頭の人だっけ? えぇ、やめときなよ。参考にしてたら、君にもチリチリ頭が移っちゃうかもよ)

「それどういうこと!? いや、かっこいいじゃん。精霊術に頼り切ることなく、己の腕っぷしで戦果を残すあの姿。青龍騎士団の切り込み隊長はあの人の他にはいないよ」

(今の精霊術での戦術が発展しきったご時世で、あんな脳筋スタイルで生きていくのは難しいんだよ?)

「脳筋って……。知らないよ? 怒られても」

(平気平気。ここはアストピアじゃないもん、聞こえやしないって)

「まったく。君って結構辛辣なの?」

(ひどいなぁ~。こんなにか弱い娘を捕まえて、辛辣とはあんまりじゃないか。ぼくはチョットだけ正直者なだけだよ)

「正直者だなんてよく言うよ。名前は教えてくれないじゃない」

(何か文句あるのかい?)


 そういって握る手を少し強めて来た。

 そんな仕草一つ一つに胸が騒ぎだす。


「いいえ全く。非常に納得できるお話でした」


 こんな感覚は初めてなのに、どうしてこんなに居心地がいいんだろう……。


(ふふっ。……懐かしいなぁ)

「あのさ、一緒に帰ろうよ。きっと助けが来てくれるよ」

(助けが来てくれる……か。そうだね。……ちゃんと、見つけてくれるかな)


 それから何も言わず、星が散らばった空に小さな白い手を伸ばしていた。


「大丈夫。きっと、――きっと帰れるから」

(うん)


 彼女の手は、そんな小さな返事を強調するように再び握り返してきた。


 屋上の僕たち二人を、淡く輝いた夜空の月が映し出す。


「決めた、君の呼び名を勝手に決めちゃおう。呼び辛いし」

(えぇ~。それならぼくに似合うようなやつにしてよ?)

「そうだなぁ。星、星座、夜……」


 なんとなく目についたものを片っ端から彼女に当てはめていく。

 そして、ひと際眩しいその光を見た時、僕の口は勝手に動いていた。


「……“かぐや”」


 繋いだ彼女の左手がピクリと跳ねた。


「おっ! 気に入ってくれた!? いいでしょ? かぐや。あの月の光みたいだからピッタリだよ!」


 彼女は伸ばしていた足を抱え込んで膝に顔を伏せてしまった。

 なにやら唸りながら足をバタつかせている。やっぱり仔犬みたいだな。


「どうかな? 合格?」


 伏せた顔を少しだけ覗かせ、かぐやは一言だけ伝えてきた。


(……うん)


「そっか、良かった」


 かぐやは顔を上げて少し寂しそうな表情を浮かべた後、誤魔化すように僕の横にあったアップルジュースを勝手に開けて、満足気に口をつけた。


「アップルジュース、好きなの?」


 両手で容器を持ったまま、満面の笑みで頷いた。

 そんな笑顔はとっても眩しくて、少しだけ心の奥がツンとした。


 ともあれ、今回の件は全部あの博士の計画だったのだろうか?

 今も隣の屋上とかで見てたり……。嘘っ!? 本当にいる!? いや、手を振るな。

 本当にあの人は何なんだろう。

 そっと隣に視線を向けてみるが、彼女は気が付いていない様子だった。



『――私の、英雄になってね――』



「へっ?」


 ……今のは、なんだろう。


 ふと隣を見るが、傍の少女はアップルジュースにご満悦中だ。

 遠い記憶の片隅から、小さな記憶が声をあげた。


 僕の忘れてしまった思い出のどこかで、見付けて欲しいと誰かが呼んでいる気がした。

 ジワジワと脳裏に浮かび上がって来た、顔が真っ赤に塗りつぶされた少女。

 僕は、この声を知っていた。

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