第一話 ショー・マスト・ゴー・オン
徳大寺百合亜逮捕の一報は、世間から衝撃をもって受け止められた。
片桐あずさに続き、新たに主役に抜擢された百合亜をも開幕直前に失ったことで、「ラ・ボエーム」は公演の中止、あるいは延期に追い込まれるのは必定と世間の誰もが考えた。
しかし――、
「ショー・マスト・ゴー・オン」
滝沢の放ったこの一言で、予定通りの開幕がマスコミを通じて発表された。
新たなミミ役に白羽の矢が立ったのは新人女優の水原琴美。
これも滝沢の鶴の一声で決定した。
アンダースタディに入っていたとはいえ、人気はもちろん実力にも疑問符のつく新人をいきなりファーストキャストで起用することには、周囲から危惧する声が多数あがった。なにより琴美本人が不安を訴え出る始末だ。
「私には無理です。百合亜さんの代わりなんてとても務まりません」
「大丈夫だ。俺が保証する」
と滝沢が励ますが、
「自分のことは自分が一番よく分かっています。今の私にはミミを演じる力がありません」
「なくてもやるんだ」
「実力をつけてからやりたいんです」
「時間がない。開幕は一週間後だぞ」
「お客様が見たいのは、本物のラ・ボエームです。そのために、何ヶ月も前からチケットを予約し、楽しみに待っていてくださいます。半端な作品をお見せすることはできません。滝沢先生がいつも仰っていることじゃありませんか」
滝沢は、琴美の凛とした、なおかつ筋の通った主張に気圧されるように黙り込んだ。
だがすぐに頬を緩め、彼女の肩に馴れ馴れしく腕を回した。
「俺が一週間、付きっ切りで指導する。マンツーマンで鍛え上げる。大丈夫だ。絶対にできる」
しかし琴美は滝沢の腕を無言で振り払った。
「私が演じるべきではありません。それは、ラ・ボエームという作品を冒涜することになります」
翌日から、琴美は姿をくらました。
制作部が何度電話をかけても電源は切られたまま。アパートを訪ねると、すでにもぬけの殻だった。滝沢は狼狽し、必死に琴美の行方を捜したが、所在はようとして知れなかった。
それでもラ・ボエームは開幕した。
さすがは劇団明星と、マスコミや他劇団の関係者らは、たった一週間で新たな主役を作り上げた劇団の層の厚さに驚嘆した。
初日にミミを演じたのは、劇団を代表する古参女優・西條敦子だった。
敦子はアドリアーナを練習するかたわら、密かにミミの歌や台詞、ミザンスを完璧に身体に入れていた。さすがは十年以上トップを張り続けてきただけのことはある。万一の事態に備え、誰にも言わずに黙々とミミを自分のものにしていたのだ。
初日の公演は圧巻だった。
敦子は年齢を感じさせぬ若々しさで縦横無尽に舞台上を駆け回り、音域の広い難曲の数々を圧倒的な歌唱力で歌い切って観客を魅了した。演技に関してはほとんど非の打ちどころのない完璧さで、ミミの数奇な運命をこれ以上望めないレベルで表現しきっていた。カーテンコールが十回を超えてもなお鳴り止まぬほどの熱狂ぶりだった。
〈経験に裏打ちされた的確かつ深みのある演技!〉
〈年齢のハンデを克服し、圧倒的なパフォーマンスを見せつけた〉
〈若手は当分の間、西條敦子の前で沈黙せざるを得ないだろう〉
〈たった一週間で役を作り上げたのは、驚異的としか言いようがない〉
新聞や雑誌の紙面には手放しの絶賛記事が踊った。
厳しい批評で知られる専門誌も、軒並み五つ星をつけている。
加齢による容貌の衰えとともに、このまま忘れ去られていくかに思われた西條敦子は、不死鳥の如く蘇ったのである。
公演が始まって五日目の朝、滝沢の死体が自宅の居間で発見された。服毒自殺だった。
遺書はあったが、自死の理由については何も書かれていなかった。大ヒットミュージカルを生み出したばかりの演出家の死に世間は驚愕し、新聞やテレビ、週刊誌は一斉に騒ぎ立てた。
〈血塗られたラ・ボエーム〉
〈ついには演出家までが餌食に〉
〈次の犠牲者は誰か?〉
おどろおどろしい見出しとともに、興味本位の記事が数多く作られ、テレビのワイドショーでは自殺か他殺かを巡ってコメンテイター同士が丁々発止のやりとりを繰り広げる形式で、視聴率を荒稼ぎした。
三週間ほどはこの話題が世間の関心を独占し、猫も杓子も事件の真相を知りたがった。訳知り顔で独自の推理を披露する素人探偵もあまた現れた。
だが、人の心は移り気である。
四週目に入ると、人気歌手の不倫話や、有力政治家の汚職問題に関心は移り、滝沢の話題はいつしか忘れ去られていった。ヶ
それでもラ・ボエームの公演は続いた。連日観客が押し寄せて、八ヶ月先までチケットは売り切れ状態だった。
人生は短く、芸術は永遠である。
「本作はキャッツやライオンキングに匹敵する超ロングランヒットとなるだろう」
「未来永劫語り継がれるべき必見の名作」
評論家たちは誰しも口を揃えてそう言った。
その賞賛の中心には、常に西條敦子がいた。
「彼女と同時代に生きていることを、我々は神に感謝しようではないか」
演劇批評の頂点に君臨する人物が、発行部数一位を誇る大手新聞の演劇欄にそう書いたことで、ラ・ボエームはさらなる注目を浴び、空前絶後ともいうべき社会現象を巻き起こしていった。




