第十一話 ファーストキャスト
翌日、四日ぶりに稽古場へ足を踏み入れた。片桐あずさ亡き今、ミミ役は私がファーストキャストである。
私の顔を見た途端、第一稽古場に集まっていた出演者たちは一様に驚いた顔をし、近くの者とひそひそ話し始めた。よく顔を出せたものだ、と蔑むような目つきを向けてくる者もいる。
無理もない。
この三日間、テレビのワイドショーやネットニュースはさも私が犯人であるかのように書き立て、大騒ぎになっていた。断定こそしないものの、六年前の事件を引き合いに出して、一つの結論に誘導しようとしていた。
「百合亜さん」
その時、琴美が無邪気な笑顔で駆け寄ってきた。
「良かったぁ。待ってたんですよ」
険悪な場の空気を打ち破るような、明るい嬌声だった。
ありがたいと思った。
窓際で友人役の俳優たちと話し込んでいた鮫島も気付いて近寄ってきた。
「心配してたんだよ。もう二度と来れないんじゃないかと思って」
温かくも優しい眼差しだった。
琴美や彼のような人がいるから、勇気を振り絞って戻ってくることが出来たのだ。
「私も二度と足を踏み入れちゃいけないんじゃないかと思ったけど、昨日滝沢さんから電話をもらって言われたの。『君はあずさを殺していないんだろ。だったら胸を張って堂々と稽古場に戻って来ればいい。ここで辞めたら自分の罪を認めるようなものだぞ』って。それで決心がついた」
「滝沢さんの言う通りだよ。逃げちゃいけない。言いたい奴には言わせておけばいいんだ」
「ええ。そのつもり」
私は再びミュージカルに本気で挑む決意を固めていた。ここで逃げたら、それこそ一生後ろ指をさされて生きていかなければならない。
「ファーストキャストは、徳大寺百合亜君で行く」
稽古場に現れ専用席に腰をおろした滝沢は、開口一番そう宣言した。微かなざわめきが俳優たちの間から起こったが、すぐに鎮まった。演出家が決めた以上、黙って従うしかないのだ。
「琴美」
滝沢は私の左隣に視線を向けた。
「三日間代役を務めてくれてご苦労だった。今日からまた付き人の仕事に戻ってくれ」
「はい」
琴美は笑顔でうなずくと、私を見てウィンクした。
「すでに本番まで一ヶ月を切った。あずさの死は本当に痛ましい出来事だった。犯人がいまだ捕まっていないこともあり、みんな疑心暗鬼に駆られているだろうし、やりきれない思いでいることだろう。俺もまったく同じ気持ちだ。それでも舞台は待ってくれないんだ。お客様は何ヶ月も前からチケットを買い求めて開幕を楽しみにしてくださっている。やるしかない。前へ進むしかない。ショー・マスト・ゴー・オンだ」
滝沢の言葉に、出演者はみな無言でうなずいた。
「今日からは俺が陣頭指揮を執る。事件の捜査や詮索は警察に任せて、我々はひたすら芝居に全力投球しようじゃないか。分かったな」
「はい」
全員が声をそろえて返事した。




