第十話 逃げ切るために
事情聴取は翌日も翌々日も行われた。
刑事たちは、事件当夜の私の行動について、微に入り細を穿ち、様々な角度から執拗に切り込んできた。供述の些細な齟齬を突いて、矛盾や虚偽を浮き彫りにしようとの作戦だろう。
オーディション後にあずさの楽屋に本当に行っていないのか。
象の置物は実際に存在したのか。
なぜ自宅へ帰らず実家へ向かい、スマホをオフにして翌日の昼近くまで連絡を遮断したのか――。
手を変え品を変え、その三点についての徹底した追及が続いた。
「あずささんの楽屋に入ったのは開演前の一度きりです。間違いありません。象の置物は鏡台のところにありました。私が思わず可愛いわねと声をかけて、ひとしきり話題にしたのを覚えています。実家へ行ったのは、やはり心が傷ついていたからだと思います。一人きりのアパートには戻りたくなかった。スマホの電源を切ったのは、琴美たちから慰めの電話がかかってくるのが嫌だったからです。同情されるなんて、まっぴらですから」
私は貝原と打ち合わせた通りに受け答えをした。
刑事らは前夜に私が貝原と会っていたことも掴んでおり、二人の関係についても質問が及んだ。
貝原が言うようにやはり尾行されていたのだ。
「貝原さんは私を心配して来てくださったんです」
想定問答どおりに回答した。
「わざわざ電車に乗って一時間もかけて会いにきたというんですか」
「実は、貝原さんは私に好意を持ってくださっているんです」
ありのままを率直に答えた。
「ほう」
脇坂は興味を惹かれたように目を見開いた。
「あなたの方はどうなんです?」
私は俯いて、その質問には答えなかった。
「お付き合いされているんですか?」
「事件と関係ないでしょう、そんなこと」
「知りたいんです。お教えいただけませんか」
「ご想像にお任せします」
この点だけは、貝原の指示に従うのはためらわれた。方便とはいえ、好きでもない男を恋人だなどと偽るのは嫌だった。貝原に対する最低限の抵抗ともいえた。
しかしそれ以外は、全て彼との打ち合わせ通りに受け答えした。
――いいですか、百合亜さん。警察は何一つ証拠を掴んでいない。あなたが口を滑らせないかぎり、絶対に捕まることはないんです。
連日の長時間にわたる訊問を、彼の言葉を頼りに必死に乗り切った。
刑事たちは時には脅し、時にはすかしと、波状的に攻め立ててきたが、なんとかボロを出すことなくやりおおせたと思う。私が常に判で押したような答弁を繰り返すものだから、刑事も最後には質問に窮し、困惑した様子で雑談の時間が増えていった。
「ご協力ありがとうございました。三日間もご足労をわずらわせ、申し訳ありませんでした」
最終日の取り調べが終わった直後に脇坂が丁寧な口調でそう発した時、私は内心で勝ったと思った。
「では、無罪放免ということですね」
「それは……」
と脇坂は宮部と顔を見合わせる。「これからおいおい調べていくことです。現時点では、あの日劇場内にいた全ての人間に嫌疑があるということしか申し上げられません」
私は晴れやかな気持ちで警察署を後にした。
最悪の場合、そのまま逮捕されて二度と娑婆の空気を吸えないことも覚悟していた。
もちろん、警察が私への嫌疑を完全に解いたとは思えない。有力容疑者の一人であることに変わりはないだろう。それでも直接的な証拠がない限り、私を逮捕することはできないはずだ。
そもそも、私はあずさを殺してはいないのだ――びくびくする必要など微塵もない。




