生け簀
「おもしろいように捕れたな。」
生け簀の中を覗き込むユウキとリュッ君。先ほどと同じ要領をいろんな場所で行ったユウキは、数十匹の魚をゲットして生け簀に放り込んでいた。そして二人は、生け簀の周りの岩に立ち、その中で泳ぐ魚の群れを見下ろしていた。
「ユウキ…」
真剣な表情でユウキに声を掛けるリュッ君。
「さっきの魚の取り方は、パパとママのところに帰ったら、もうやっちゃだめだぞ。」
「ええー、どうして?」
「ガチン漁は、ホントは禁じ手なんだ。この方法で魚を捕ることを禁止しているところも多い…。もし見つかったら。おまわりさんに捕まってしまうかもしれない。」
その言葉に驚くユウキが、思わず叫ぶ。
「ええー、ぼく捕まっちゃうの?」
「今は大丈夫。俺らは遭難しているからな。緊急処置だ。正当防衛だ。」
言って笑うリュッ君に、首をかしげてユウキが、「そうなん?せいとうぼうえい?」と問いかける。
「こんなところで迷子になっているからな…。生きるためにはやむをえないってことだよ」
「ふーん…」
分かったのか分からないような返事をしたユウキは再び、生け簀で泳いでいる魚達を見て、「でも、これでしばらくご飯に困らなくて済むね。」と満足そうに胸を張った。その一方で、リュッ君は渋い顔をして生け簀で泳ぐ魚を見つめている。
「ユウキ。ちょっと、クーラーボックスと水筒に水を入れて、両脇に抱えてみろ。」
言われたユウキは、クーラーボックスと水筒に水を入れて、二つを一緒に担いで肩に引っ掛けた。それを見てリュッ君がうんうんとうなずいている。
「どうだ?ユウキ。」
クーラーボックスと水筒を交互に見た後、リュッ君を見つめるユウキ。その顔に、ちょっと不満げな様子を浮かべて、ユウキがポツリと答えた。
「これでリュッ君も背負うんだよね。」
「そうだな。」
担いだ荷物を見回して、うつむいてつぶやくユウキ。
「ちょっと重い…」
「だよな…残念だが、捕まえた魚を全部は持っていけない。だから魚を選んで持って行こう。」
「ええ~~…せっかく捕まえたのに…」
ユウキは、担いだ荷物を降ろして、不満げにリュッ君に向かってつぶやいた。そんなユウキに向ってリュッ君が言い聞かせるように言った。
「まあ、次の目的地までも遠いからな、荷物は軽いほうがいいだろう。」
空を仰いで日差しに目を細めるリュッ君。暑い日ざしが岩場に降り注ぎ、広げられたユウキのパーカーや靴下、靴などが、その光を受けて、鮮やかな色を反射させている。
「この陽気じゃ、すぐ腐っちまう。今日明日しのげる分だけにしておこう。氷も保冷材もないんじゃ、ふたが出来るバケツでしかないしな…。ったく。中途半端なアイテムゲットだぜ…」
リュッ君の言葉を聞いて、残念そうにユウキが不満気に俯いた。
生け簀の中に入ったユウキは、魚を一匹捕まえてクーラーボックスの中に入れた。クーラーボックスの中に入った魚は身体をくねらせてバタバタと暴れると、ボックスを激しく揺らした。その様子を見てリュッ君がため息混じりに言った。
「あー…。やっぱり締めないと、こりゃ、だめだな…」
「しめる?」
「魚の息の根を止めるってことだよ。ボックスの中の魚が、険しい道の途中で暴れると、すごく危険だろう?」
「えー殺すの?」
驚いた顔で答えた後、気の毒そうな顔を魚に向けるユウキ。それを見て、リュッ君は思わず苦笑いで答えた。
「お前、さっき、魚の口に枝差して、焼いて食ってたろうが。…ま、確かにいい気はしねえが、背に腹は変えられない。クーラーボックスに入れる魚を選ぼうか。その他は、まあ、かわいそうだから川に返してやろうな。」
リュッ君の言葉を受けて、暫く生簀の中の魚を見つめるユウキ。ややあって呟くように「…締めるってどうやるの?」とリュッ君に聞いた。
「氷がありゃ楽だったのに…。あ、ビニール袋もねえのか…。しゃあねえな…、こりゃ。…ユウキ、薄くて手頃に切れそうな石を探して来い。」
「…。わかったーー。」
リュッ君の言葉を受けて、まわりに言われたような石がないか探すユウキ。手に何個か石を持ってリュッ君のもとに帰ってくると、その石をバラっとリュッ君の前に並べて置いた。
「これでどう?」
じっとその石を見つめるリュッ君。その中に黒く光る少し尖った石があった。
「ユウキ、その右から三番目の石を拾って見てくれ。」
ユウキか指を差して、「これ?」と首をかしげてリュッ君に聞いて来る。ああ、こいつはまだちゃんと数はかぞえられないんだっけか?とちょっと思案した後。
「ユウキ、一番端を指差して見ろ。その石から左に向かって、ああ、四つ目だ。良いか、行くぞ、いーち、にーい、さーん、しーい、でそれだ。」
ユウキが、指で指したその石を掴んで拾い上げた。ユウキが見ると、その石は、濃い色の黒っぽい石で、薄く尖った段差が幾層か表面に出来ていた。石を見ているユウキに続けて、リュッ君が言った。
「その石に、別の硬そうな手頃な丸い石をぶつけて割って見よう。そこにあるちょっと大きめのやつが良いかな。」
石を取ってくるユウキ。黒く尖った石を岩場に置いて、持って来た石をゴツっとぶつけて見る。すると、石が斜めに割れて、丁度切れ端のようなものが割れた部分に出来た。
「ようし、いい感じだ、ユウキ、そいつを川の水で洗って、先の尖った部分を斜めにしてちょっと研いで見ようか。」
「とぐって?」
「まずは水で洗って、細かい破片を取り除こう。」
ユウキは割った石を拾い上げて、岩場から身を乗り出した。そして、手に持った石を水につけて表面を軽く洗った。
「そうそう、それじゃ、その先の尖ったところから斜めに岩に当ててこすって先っぽを鋭くするんだ。ああ、当てるほうの岩に水を掛けて、表面を洗おうか。」
「先っぽを鋭くするの?」
「ああ、ナイフみたいにするんだ。ナイフは分かるろう?」
「うん」
「あの形状に近づけて、切れ味を良くするんだ。やってみようか?」
「うん」
岩場に水を掛けて、細かくついた土汚れなどを洗い流すユウキ。そして、水で濡れた岩場の表面に、先ほどの割った石を斜めにして押し当てた。その後、その表面を削るように、石を上下に動かし岩場でこすり始める。
「お、そうそう、指を切らないように気をつけろ。そのままゴシゴシこすり付けるんだ。」
石を引くユウキ。岩と石がこすれて、キーキーと高い音が鳴り始める。
「よし、良いぞ、どうだ?ちょっとナイフみたいに尖ってきたろう?もう少し研いで、刃の部分を鋭くしていこうか?」
しばらく石を研いで刃を作っていく。
ユウキもまんざらでもなく、ナイフに形状を近づけるように意識しているようだ。しばらくこすった後で、そのナイフを眺めて見て、
「こんな感じでいい?」
とリュッ君に刃の部分を見せて確認してきた。
リュッ君はそれを見ると、ちょっと感心したように、へえと声を漏らした。そしてユウキのほうに向き直ると、リュッ君は、
「よし、いいだろう、自前でユウキのナイフゲットだな。エライぞう。」
大げさにほめてみせた。そんなリュッ君に向かって、
「へへへ。」
とユウキはうれしそうに照れ笑いを浮かべた。
「じゃあ、次はそれを使って、魚を締めるか。まず、そこの平らな岩場を川の水で洗おうか。」
ユウキが水筒に水を汲んで岩場にまく。大きな泥を洗い流して、岩の表面を湿らせた。
「水筒に水を汲んでおけよ。次にクーラーの魚を岩において、えらの部分からそのナイフを突き刺すんだ。」
それを聞いて、ちょっといやな顔をするユウキ。すかさずリュッ君が
「出来れば俺が手本を見せてやりたいがこんななりだからな、ユウキ、お前がやるんだ。魚を押さえて、動かなくなるまで、えらの隙間から思い切りそのナイフを押し込むんだ。」
ちょっと沈んだ表情を浮かべるユウキだったが、ゆっくり立ち上がりクーラーから魚を取り出して、岩場の平らな部分に魚を置いた。
「手を合わして拝んでやるか。お前が明日、生きていくための、尊い犠牲になるわけだからな、そいつは。」
じっと、岩場の魚を見つめるユウキが、ゆっくり目をつむって手を合わせる。ユウキの合唱が行われる間、ビチビチと魚が跳ねる音を包みこむように、森のさえずりと川面のせせらぎがそこはかとなく辺りに響いた。
「よし、やるか、ユウキ。えらの部分に手を当てて、ナイフをそこに添えろ。」
リュッ君の言葉を受けて合唱を終えると、ユウキはナイフを右手に持って、左手で、魚の胸元あたりを押さえた。ナイフをえらあたりにゆっくり添えると、リュッ君のほうを向いて確認をした。
「ここ?」
「そうだ、よし、そのまま鋭いほうをえらに添えて、1、2、3で一気にえらの隙間からナイフを押し込むんだ。魚が暴れるから離さないようにしっかり左手に力を入れるんだぞ。」
リュッ君から手元の魚に目を戻すと、真剣なまなざしで魚を見つめた。
「いくぞ。」
リュッ君が声を掛けると、ユウキの表情に緊張が走った。リュッ君はその様子を見て取り、ゆっくりと合いの手を入れ始める。
「いち…、にい…、さん!」
リュッ君の合図に合わせて、ぐっと押し込まれるナイフの切っ先。その瞬間魚がビクンと跳ね上がり、尾っぽを激しく動かした。ユウキは一瞬ひるんだが、リュッ君の言われたとおり、左手はしっかり掴んで力を入れていた。逆に、驚いた拍子に右手の力が入ってしまい、ユウキのナイフはさらにエラの奥へ押し込まれ、魚の延髄を寸断して行った。そしてユウキの目の前で、魚の動きはゆっくり動きを止めていった。ユウキはその様子を呆然と見守ると、力が抜けるようにゆっくり息を吐いて、肩の力を落とした。
「よし、良くやったなユウキ。ちゃんと死んでいることを確認したら、ナイフを抜いて、一旦、川の水でそいつを洗うんだ。その後、クーラーボックスの中に魚を入れよう。」
少し放心したようにリュッ君のほうを見た後。もう一度「ふうう…」と深呼吸したユウキは、リュッ君に向かってこう言った。
「これ、何匹くらいやるの?」
ちょっと不思議そうな顔をして、リュッ君が答える。
「2~3匹くらいで良いんじゃないかな?」
「そっかー…。」
そう言って魚のほうに向き直ったユウキは、目の前で息絶えた魚に向かって再び手を合わせた。しばらく合唱をした後、ユウキはその魚を両手で持ち上げて、川の流れに浸して丁寧に表面を洗った。その後、クーラーボックスの中にその魚をそって入れた。そのままユウキは立ち上がり、脇でその様子を見ていたリュッ君を持ち上げてお腹に抱え、生け簀に向かって歩き出した。
リュッ君はなんとなく、今は黙ってユウキのなすがままにさせていた。
生け簀についたユウキは、脇にリュッ君を置いた後、その隣にしゃがみこみ、じっと真剣なまなざしで生け簀の魚を見つめている。そんなユウキを見つめるリュッ君が、ユウキの見つめている生け簀の魚に目を向ける。生け簀の中には、先ほど捕まえた鮎のほかにも、イワナやニジマス等が泳いでいる。それを見つめながら、調子に乗って捕まえたとはいえ、うまそうな淡水魚がありえないほど捕まっているなあ…、と、リュッ君は思った。
そんなことを考えているリュッ君の横で、ぐるぐると生け簀を泳ぐそれらの魚を、じっと見つめながら、ユウキがポツリとリュッ君に聞いた。
「ねえ、リュッ君…。」
「なんだ?ユウキ?」
「この中で一番おいしい魚って、どれかなあ?」




