吊り橋
太陽が高くなり始めていた。
捕まえた魚をクーラーボックスに入れて、ユウキとリュッ君は出発の準備を整えた。
地図を広げて次の目的地を探す。今いるであろう川の向こう。右下のほうに遊園地らしき絵が描かれている。その遊園地の真ん中に、目的である☆マークが描かれていた。
「ここから一番近いのはこの遊園地のようだな…」
リュッ君が地図を見つめてつぶやく。
地図の右下に書かれた『ゴール』の文字に到る途中に、これから目指す☆マークは全部で三つ。神社でゲットした青い☆から始まり、右斜め下には赤い☆が遊園地中心に描かれ、そして次に右上に行くと、黄色い☆がダムに描かれている。そして最後は線路と電車だろうか?車両基地のような場所の近くに緑の☆が描かれていた。
「この遊園地に行って、この☆をゲットする。そして、日が落ちる前に、ダムとの中間の神社にたどり着け…、ってことになるのかな」
難しい顔をしてつぶやくリュッ君に向かって,ユウキが、
「遊園地に行くの?」
と期待のこもった声でリュッ君に問いかけた。
「ああ、そうだな」
「うわあ、僕、遊園地すきー!」
喜び、大きく上がるユウキの言葉を尻目に、地図を見つめるリュッ君。
「さあ、ユウキ。遊園地に向かうとして、その方角はどっちだ?復習だ。答えて見ろ」
えっ?と面食らってしばし考えるユウキ。それを見てリュッ君が、
「地図と、お日様の通り道を見るんだ」
と答えた。ユウキは改めて地図を両手で持って、太陽の方向と地図を交互に見た。そんな様子を見ながらリュッ君が念を押すようにユウキに声をかける。
「川の流れる方向と、朝日が上った方向と、昨日夕日が沈んだ方向と、全部思い出して、どっちの方向が目的地か…、ちゃんと考えるんだ」
その言葉にユウキが地図をくるくる回しながら、周りをきょろきょろ見回して方角を確認する。
「ええっと…、川の流れる方向がこっちだから、お日様はこっち、朝、この川に着いた時、お日様は向こうにあったから。お日様の通り道の近くにある遊園地は…」
ユウキが地図から目を離して、勢い良く川辺の向こう岸の岩場を指を差した。
「多分あっち」
向こう岸の岩場の向こうは若干の気が生えてはいるが、その先は切り立った崖があるだけだ。その崖を登ってまっすぐ行くことはできなさそうに見える。
「なるほどなるほど…。よし、じゃあ、お日様が下る方向をマークして、この渓流を下っていくか。ユウキ、荷物を持って出発だ」
「うん!」
リュッ君を前に抱える形で肩に掛けた後、クーラーボックスと水筒を斜めに抱えるユウキ。ちょっと驚いた風にリュッ君が
「お!なるほどな!」
「この方が一緒のほうに向けるもんね」
「なかなか機転が利くな、後ろ向けよりは不安がなくていい」
「へへへ」
そして二人は、川の流れに沿って歩き出した。
「地図によると、川の合流地点がこの先にあるはずだ。そこから吊り橋が架かる横に入った方角に遊園地があると思うんだが…」
「どのくらい歩くの…?」
「さあなあ、なんだかんだで、子供でもたどり着ける距離に設定してあると思うんだがな」
しばらく川べりを進む二人。横を流れる渓流はやや川幅を広め、水の量も若干増えたように見受けられた。その様子を見てリュッ君が少し思案してから言った。
「うーん、渡れなくなる前に、向こう側に行っとくべきかな?」
リュッ君の言葉を受けて、川の対岸を見るユウキ。見ると、川べりの向こうは、岩ばかりがごつごつ続き、道らしきものが見当たらない。
「でもあっち、草と岩ばっかりで歩きにくそうだよ」
「そうだなあ、もうちょっと様子を見てみるか」
ユウキの意見にリュッ君が答えると、二人はそのまま今の道のりを歩き続けた。しばらく進んでいくと、川の急流が落ち窪み、向こう側は浅瀬もない完全な崖になってしまった。二人が歩く側も、道のりがやや切り立った高い崖の上へと続いていく。道すがら向こう側に行く場面がなく、二人の間に、少し不安な気持ちが漂い始めた。
しかし、先ほどまでとは様相も変わり、歩ける道幅も少し広がった。あぜのような跡も草間に見られ、ユウキにとっては歩きやすい状態となっていった。
どんどん道沿いに進んでいくユウキとリュッ君。そして二人の行く先に、どうやら、地図で描かれた川の合流地点が見え始めた。近付いてくるその突端は崖に面していて、そこには吊り橋が一本かかっているのが見える。その吊り橋の架かる先は、おそらく遊園地がある方角なのであろう。ユウキはそれを見て、やや顔を緩ませて先を急いだ。
そして、川の合流地点にたどり着いた二人は、目の前の光景に表情を曇らせた。
高台になった道のりは、川の合流に阻まれるように途切れてしまい、その先は切り立った崖になってしまっていた。道のりの途中までは緩やかな水の流れだった小さな渓流も、今はその川幅も広がり、崖のはるか下方で激しく岩を削って渦巻いている。
崖の突端に架けられた吊り橋は、すでにあちこちの塗料が剥げ、金属部分の多くは錆で覆われていた。ロープは何年も風雨に晒されて真っ黒に汚れている。足場の板はボロボロになって腐りかけ、その幾つかは、踏み抜かれたのか、それとも落ちたのか、歯抜けのようになくなっていた。
吊り橋の反対側の崖は完全に崩落しており、その先へ進む手段も、向こう側へ到る手段も全くなさそうだった。川の向こう岸は鬱蒼とした森が広がっており、その先がどうなっているかは、こちら側からはまったく見えない。
ユウキとリュッ君の二人は、唯一つ残されたボロボロの吊り橋ルートを目の前に立ちすくんでいた。
「ユウキ、お前、高いのは大丈夫か?」
目の前の吊り橋を見つめるユウキにリュッ君が問いかける。
「あんまり好きじゃない…」
ボソッと答えたユウキの体の震え、そして心臓の鼓動が、リュッ君の背中にも激しく伝わってくる。
吊り橋が架かる向こう岸には、山林の木々に隠れて、かろうじて道らしきものが見え隠れしていた。そして、その道が伸びる森の向こう側に、人口の巨大な構造物らしきものが木々の葉に隠れてうっすらと見えていた。
「おい見ろ!ユウキ!あそこだ、あそこに観覧車が見える。あの橋の向こうに、遊園地があるんだ」
リュッ君の声にはっとなるユウキ。
「ほんとだ…遊園地だ」
顔を上げて向こう岸を見るユウキの視界に、その手前にあるボロボロの吊り橋が入ってくる。その下は崖と茂みが連なり、はるか下には激しい水の流れが渦巻く水面が顔をみせていた。
「そうだ、大丈夫だユウキ。お前には俺が付いている」
「うん…リュッ君がついている」
「今はがんばって、向こう側へ渡ろうな、ユウキ」
「うん…」
返事をして、大きく深呼吸をするユウキ。吊り橋の手すりに手を掛けて、ゆっくりと一歩踏み出し始めた。
ギイイイイイ~~~~…
吊り橋が、きしんだ音を立ててぐらりと揺れる。吊り橋が傾くほど、ユウキの心臓の鼓動が激しく鳴った。
「そおーっと進むんだ…。一歩一歩、ゆっくりとだ」
目を見開いて涙をため、両手で手すりを握りつつゆっくりゆっくり進むユウキ。そんなユウキを太陽の日差しは容赦なく照りつける。ユウキの顔から大量の汗が噴出し、目に入る。
「!」
ユウキが歩みを止めて汗を腕で拭う。
「大丈夫かユウキ?」
「うん。大丈夫…」
また一歩、ゆっくりと向こう岸に向かって歩き始める。あそこに行けば、遊園地に行けば、きっとパパとママにあえる。そう信じて、ユウキが踏み出したそのとき、
ぎいいいいいいい…
ガクン!と、吊り橋のバランスが崩れた。あっとなったユウキの足元の床板が踏み抜かれ、その木片がはるか下方の川に落ちていく。かーん!と岩肌にぶつかって、急流の中にジャボン!と飲まれて水流の中に消えていった。
片足をひざまで空中に放り出されたユウキは、手すりにしがみついてガタガタ震えている。リュッ君が深呼吸をして、なるべく落ち着いて声でユウキに話しかけた。
「ユウキ、ユウキ、大丈夫だ。下は見るな!前だけを見て、落ち着いて体制を立て直すんだ。大丈夫、落ちても、俺がクッションになるから…。大丈夫だ。心配ない!」
手すりにしがみつき、呼吸を乱してガタガタ震えているユウキ。
「ユウキ、深呼吸だ、ゆっくりすって、吐いて、まずは落ち着こう、ほら、吸ってー…はいてー」
リュッ君の台詞に合わせて、ゆっくり呼吸を整えていくユウキ。
「よおし!いいぞ。吸ってー…、はいてー…、よし、そのままゆっくり足を床に戻そうな」
踏み抜いた足を慎重に戻していくユウキ、ゆっくり体制を整え、手すりにつかまりもう一度立ち上がる。
「よし、ユウキゆっくり行くぞ、いーーーち…、にーーーい…、とゆっくりだ。よし、いくぞ、いーーーち」
ぎいいいいいいい…
再び歩き出すユウキ、リュッ君の合いの手とともに、一歩一歩と橋の中腹へ向かう。
「よし、いーーーち。にーーーい…」
ぎいいいいいいいい…ぎいいいいいいいいい…
ぶち…ぶちぶちぶち
ユウキが踏み出すごとに伝わる橋のきしんだ音とともに、何かが引きちぎられていくような音がかすかに聞こえてくる。リュッ君はそれが何かは考えないようにし、今はユウキを一定のペースで進ませることに集中した。
ぶちぶち…ぶち…
吊り橋のきしみとともに徐々に大きくなる異音を感じながらも先に進むユウキとリュッ君。歩みは遅いが、すでに吊り橋の半分以上は超え始めていた。心臓の音は早く、息使いも荒いユウキではあったが、一定のペースで確実に前進している。
「よし、いいぞ、あと少し」
ぎいいいいいい、
ぶちぶちぶち…
音が鳴るたび、ユウキの心臓の鼓動が早くなり、額を流れる汗もとめどなく溢れていく。リュッ君も、平静に努めようとはしていたが、あと少し、と思うとあせりも出てくる。ユウキとリュッ君は、結果的に吊り橋を渡るスピードを速めて行った。
そして、向こう岸までもう少しといったところに来たとき、ゴン!と、大きい衝撃が吊り橋を襲い、大きくきしんで後方に激しく揺れて傾いていった。
ぎいいいいいい!ギチギチギチ…
軋んだ音がロープを伝わり、吊り橋の周りに撒き散らされていく。
「ユウキ!走れええ!」
リュッ君が叫ぶと、ユウキが弾かれたように足場を蹴って走り出した。
瞬間、ユウキの後方の崖に繋がっていたロープがブチン!と引きちぎられ、蛇のように激しくのた打ち回り、壁面を殴りつけた。一本、また一本とうねってちぎれて、吊り橋が大きく波打って、断崖の下にたゆんで落下していった。
必死で走るユウキ。しかし、そんなユウキを追いかけるかのように後方の板がどんどん、崖下の水流に向かって落ちていく。
あと少し!あと少しなのに!
足元の板の感覚がうねって変化したとき、ユウキは最後の力を振り絞って、前方に大きくジャンプした。
「こなくそーーーーー!」
ガラガラガラガラガラ…
崩れて落ちていく吊り橋の轟音と共に、リュッ君の叫び声が谷間と空に響いた。
吊り橋の破片が、次々とはるか下方の川の流れに落ちて水しぶきを上げていく。
硬く目をつむっていたユウキ。しばらくしてから、「?」と思ったユウキの瞳が、やがて徐々に開いていった。
落ちたかと思ったけど、落ちていない。はっとして目の前のリュッ君を見ると、リュッ君は、ユウキのお腹でぶるぶると震えていた。
「ふ、ふうひ。は、はやふ、あはっへふへ…」
見ると、リュッ君が目の前に張り出した吊り橋の鉄骨に食らいついて、何とかユウキを支えていた。顔を真っ赤にして、ぎりぎりと口部分とベルトに力を入れてユウキ持ち上げている。
「ふうひ!はやふのぼへ!はやふ!」
ユウキがリュッ君の声を聞くと、あわてて、手を伸ばして体を引き上げ、ぶら下がったネットに足を引っ掛けた。そして、リュッ君を支えるように吊り橋のネットにしがみついた。すると、そんなユウキを支えるため、リュッ君もさらにユウキの負担を下げるかのように、張り出しに食らいついてあがっていく。
ユウキとリュッ君は、交互に力を入れてぶら下がった吊り橋を上っていった。そして、ようやく崖の上に上がったとき、二人でごろんと草葉の上に寝転がった。しばらく二人ではあはあと息を上げて寝ていたが、やがてそれは二人の笑い声に変わった。
そのまましばらく寝転がって二人で笑いあった後、
「やあーーー!死ぬかと思ったぜーーーー!」
とリュッ君が声を上げた。
「すごいねリュッ君。歯もないのに、噛む事が出来るんだ!」
ユウキがむくっと起きて、お腹のリュッ君に話しかける。
「うん、何事もど根性だな。ど根性リュッ君だ!」
「なにそれー?」
意味も分からずユウキが笑う。
「大人になったら分かる。いや、わかんねえか…。まあいいや、ユウキ。ちょっと休んだら、遊園地に行くぞ」
「わかったー!」
といいながら、木蔭の草むらでもう一度ユウキとリュッ君は、ゴロンと、大の字になって草原に寝転がった。




