次の目的地
しばし休憩をとった後、ユウキは、再びリュッ君と荷物を抱えて立ち上がると、次の目的地へ向かって歩き始めた。
ユウキとリュッ君は、森の向こうに見えた観覧車を頼りに、橋が落ちてなくなった場所から林の奥へと伸びる細い山道をうかがった。二人が見つめるその先は、茂みや草に覆われ、細々とした獣道が頼りなく続いているのみだった。仕方なく二人は、その先にあるだろう遊園地に向って歩き始めた。
しかし先ほど吊り橋落下事故も何のその、ユウキの足取りは軽く、林の中を軽快に進んでいく。
「大丈夫か?ユウキ?あまりとばすと、後でばてるぞ」
「へっちゃらだよ!このくらい!」
意気揚々と、力強く歩みを進めるユウキ。
「遊園地に行けば、遊園地の人にも会えるし、ママにも連絡してもらえるよね」
真っ直ぐ前を見て歩いていくユウキ。そのお腹でリュッ君は、
「うーん…」
と浮かない顔を浮かべて唸った。
しばらく歩いていくと森の切れ目が見え始めた。木々が折り重なる隙間から、巨大な観覧車やコースターの姿が見え隠れしている。木漏れ日を顔に受けたユウキが林の先に見える日の光に向かって駆け出した。
「おい、ユウキ、急に走るな!足元に気をつけろ」
はあはあと、息を弾ませ駆けて行くユウキ。枝葉の合間を抜ける眩しい日の光が、どんどん近付いてくる。そして、林の切れ目を抜けるユウキとリュッ君の視界が、一瞬まぶしい光で覆われた。
がさっ!
林を抜けたユウキとリュッ君の目の前には、高く深い夏の青い空と、高く広く張り巡らされた金網と、陽光が照り付けるぽっかりと開けた駐車場が広がっていた。
コンクリートもアスファルトもひび割れ、引かれた白線は剥げ落ち、雑草がそこら中から顔を出していた。車がポツリポツリと幾台か停まっていたが、その多くは、塗装が剥げて汚れにまみれたボディをベコベコにした状態で打ち捨てられていた。ほとんどの車は、ガラスは割られ、ドアははずれ、タイヤやホイールも取れてなくなっていた。
周りを見回すユウキの顔から先ほどの笑顔が消えていく。しん…、と静まり返った広い駐車場の向こうに、無数の茂みや樹木に覆われた、巨大な遊園地の入り口と思しき建物が、強い日差しに濃い影を落としてひっそりと建っていた。
夏の太陽に照らされ、熱のこもったアスファルトの上を横断し、遊園地の入り口らしき建物に近付いてくユウキとリュッ君。人っ子一人いない駐車場を呆然と歩き、その鬱蒼とした建物に近付くにつれて、遊園地の入り口らしきそれが、いかに朽ち果てた状態であるかが良く見えてきた。
コケと蔦で覆われ、ボロボロに剥げ落ちてしまっている入り口。そこから薄汚れた壁面が、中の施設を取り囲むように続いて延びており、その壁の先は、鬱蒼とした藪や木々の中にまぎれて見えなくなっていた。正面玄関の窓ガラスや風防は割れていたり、ところどころ穴が開き、中がむき出しになって朽ち果て、屋根の上に掲げられた文字看板も、傾いたり、崩れ落ちてしまっていて、ここが一体なんという名前の遊園地なのかは判別が出来なくなっていた。
建物の前面に飾られた巨大なキャラクターの像は、外見が崩れ落ちて中の構造物がむき出しになってしまい、ややグロテスクな様相すら見せている。
地面は以前舗装されていたのであろうか、カラフルな色のタイルがモザイク状に敷き詰められているが、いたるところに亀裂が入り、はがれてそこから雑草が顔をだしていた。
がらんとあいたアーチ上のトンネルの前には、立ち入り禁止の文字が書かれたトタン塀が作られ、前に錠前と鎖がかかっていた。しかし、すでに誰かに一部破壊され、その開いた穴から園内側の様子が少しだけ見え隠れしている。チケットブースの風防ガラスも幾つかは割れてしまい、長く風雨に晒されて、薄汚れた状態で並んでたたずんでいた。
入り口の通路から、ひっそりと動きを止めた遊戯施設やアトラクションが見え隠れしていた。奥からは、何かが動いているような音は一切聞こえてこない。
明らかに誰もいない。無人の廃墟遊園地だ。
ユウキがそのことを理解して、見る見る落胆の表情を浮かべる。後ろでユウキの大きなため息を聞いたリュッ君は、憮然とした表情で遊園地を見上げていた。がっくりとうつむいたユウキは、泣きそうな声でリュッ君に問いかけた。
「この遊園地…誰もいないの?」
「おそらくな…もう閉園してから何年も経ってそうだ」
動揺したユウキの様子を背中で感じながら、リュッ君が続ける。
「…さて、ユウキ、あんまりぐずぐずしていられない。☆を捕りに、さっさと遊園地に入ろう」
リュッ君の言葉に、ややあってユウキが、「えーーー!この中に入るの?」と、驚いた声で答えた。
「そうだ、地図を見たろ?」
「ええーーー…」
「☆をゲットして、ゴールしなきゃ、ユウキも俺も、ここから出られない。なぜだか知らんが、そういうルールなんだ。ユウキ。ちょっとしんどいが、ここはがんばってくれ」
「…」
明らかに不満そうなユウキの様子が、リュッ君の背中から伝わって来るが、それにかまわずリュッ君は遊園地に入れそうな場所を探した。
「あそこのついたての隙間から入れそうだな。よし、行こう。ユウキ」
ユウキの返事が無い。
「ユウキ?どうした?」
「もう嫌だ…」
「ユウキ?」
「もうヤダヨ。こんなの、こんなところに入るの!おうち帰りたい!ママー!パパー!」
びえええええええええええ!
息せき切ったかのように泣き出すユウキ。周りにつんざくような泣き声を背中越しに聞きながら、リュッ君は困ったな、という表情を浮かべた。
やれやれ、耳を塞ぐこともできない…。
そんなことを考えながら、リュッ君は、しばらくユウキの泣くのに任せていた。
誰も居ない廃遊園地の入場ゲートで、子供の泣き声が響き渡る。その声は、汚れたコンクリートに反響して、空に吸収され、風に流され散っていった。
やがて、泣き声が小さくなっていき、次にユウキのしゃくり上げる声がひっくひっくと続いた。リュッ君は、黙ってそれを聞いている。ユウキの息が荒くはあはあと続く。そして、涙を拭うユウキが、リュッ君に何の反応もない事に気付いたが、しばらくはしゃくり上げをとめることができず、前に担いだリュッ君を泣きながら見つめていた。
「リュッ君…?」
しばらくして、黙ってじっとしているリュッ君に声を掛けるユウキ。
しかしリュッ君は何もしゃべらない。
「…リュッ君…」
再びユウキが声をかける。しばしの沈黙の後、リュッ君がユウキに背中越しに応えた。
「気が済んだか?ユウキ?」
リュッ君の言葉を、ユウキは涙を拭きながら黙って聞いた。
「すまんが、今は他に方法が無いんだ。ユウキが一緒にがんばるなら、俺もがんばる。ユウキをきっとおうちへ帰すことが出来る」
ひっくひっくとしゃくり上げながら聞いているユウキ。
「あそこから入って。一緒に、この遊園地の☆をゲットしようぜ…」
リュッ君の台詞を聞いてから、しばらくはしゃくり上げていたユウキだったが、やがて、袖口で涙を拭いて、遊園地に入れそうなその隙間のほうに向かって、ゆっくりとだが歩いていった。




