奈落
「ユウキ!ユウキ!大丈夫か!」
リュッ君の声が聞こえる。
ユウキはうつ伏せになって、大きく膨れ上がったリュッ君にすっぽりと沈み込むような形で寝そべっていた。顔を上げると、ぼんやりと光った白と黒の玉が、半分ずつ折り重なって組み合わさって額の上にふわりと浮かんでいた。
「…リュッ君?」
「起きたか、ユウキ。喜べ、最後の☆もゲットできたぞ!」
「うん…ゲットした…」
「…空気を抜くぞ!」
ぷしゅるるるる~~~と小さくなっていくリュッ君。見ると、ここは緑の☆が輝いていた竜の鍾乳石の口元だった。ぼんやりする頭が徐々に自分を取り戻すと、周りで響く低い共鳴音が耳に届いてきた。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオ
ユウキの耳に、響く轟音にまぎれて聞こえる声。周りを見回すと、鍾乳石のこぶは、相変わらず顔をしわくちゃに歪ませて、蠢き、嘆き、声を上げて鳴いていた。
ユウキには、その一つ一つの声が酷く自分を責めているように聴こえた。ユウキは耳を塞ぐこともなく、その声を聴こえるに任せ、自分の頭に浮かぶ玉に手をかざしてたぐり寄せると、その玉を眺めた。薄く輝きを放っている白黒の玉が、手の先でフワフワくるくる回っている。やがて、リュッ君がもとの大きさに戻ると、ユウキはリュッ君から降り立って、竜の石柱に自分の足で立った。
ユウキは、うつむいて、自分の手に浮かぶ玉を見つめた。柔らかな光を身にまとって、揺らめくその玉は周りを薄く照らしている。
光に照らされた自分の手は真っ黒だった。パーカーもズボンも、リュッ君も、水に濡れ、泥にまみれてひどい有様だ。ずっとこうだったのかな?と、今、気が付いたような不思議な気持ちになって、ユウキは首をかしげた。
お腹のリュッ君も驚いたように玉を見て
「そりゃ、あの☆か?へええ…全部合体するとそうなるのか?」
と驚いたように言った。
「しかし、あの黒い影達も、黒いランスロットも、その玉のおかげでいい具合に消えてくれたな…、助かったぜ」
「消えちゃった?」
ユウキが改めて回りを見回すと、あの無数の黒い槍に貫かれたランスロットの姿が何処にもいない。回りを取り囲んでいた黒い仮面の影も、あの黒いランスロットも、そして、ランスロットに乗っていたあの黒い仮面の影も、どこにも見当たらなかった。
空中に放り出された時、一瞬だけしか見えなかったランスロット。つぶらな瞳でこちらを見ていたランスロット。周りに広がる鍾乳石のどれに貼り付けにされたのだろうか?ユウキにはわからない。ユウキの顔が曇り、目に涙がたまり強張っていく。
「ランスロット…いなくなったの?」
リュッ君は、言葉につまって、困ったような顔を浮かべた。
「わからねえ…、あいつらと一緒に消えちまったのか…、」
フムンと深くため息をつくリュッ君。ユウキは、ハナをすすって大きく吐息を漏らし、その瞳に大粒の涙があふれて流れていった。そんなユウキを背中で感じながらも、リュッ君は、憮然とした表情を浮かべて、目の前の光景を見つめていた。
リュッ君の表情が厳しく変わっていく。大空洞内に響いている怨嗟の声が、リュッ君の耳にも届いている。☆を全部集めたってえのに、影は消えたが、鍾乳洞の異常な状況は変わっていない。ゆがんだ顔を無数に浮かび上がらせる鍾乳石の柱は、相変わらず顔をしわくちゃにして、不気味な鳴き声を上げている。さらに下層の迂回穴からは、不気味な唸り声が地の底から這って上がってくるかのように鍾乳洞内に響き渡っていた。
それどころか…、その唸り声の主だろうか、大空洞の下に広がる深い穴から、何かがせり上がってきているような気配を感じる。
その鬼の子を還せ…、積み上げた塔を壊す、その鬼の子を…
地の底から上がってくる声はそう言っている。鬼の子?ユウキのことなのか?
リュッ君には判らなかったが、下から上がってくる何かが、ユウキを狙っているなら、一刻も早く、ユウキをここから連れ出さなければならない。
この悪夢は、役目を果たさなければ、醒めることが出来ない。
「ユウキ!悲しむのは後だ、さあ、その玉を俺の中に入れろ。ここから脱出するんだ」
と言って、自分の口をカパッ、と大きく開けた。
ユウキは、袖口で涙を拭うと、手に浮かべた玉をリュッ君の口に入れ、そして、ふたを閉めた。
リュッ君の体が光を放ち、例によって例のごとくプクーっ…、と大きく膨らんでいく。リュッ君から漏れる光がユウキの顔を照らした。
オオオオオオオオ!
地を這う唸り声が大きく響くと、穴の闇が膨れ上がって、大きくうねって波打った。激しい地響きがあたりを揺らして、ユウキの足元を震わせた。
すると、大空洞に、泥のような黒い粒子をまとった巨大な何かが、鎌首をもたげるように持ち上がり、竜の石柱に立つユウキとリュッ君を見下ろした。
鍾乳石のこぶが悲鳴を上げ、怯えたように顔をゆがめていく。
リュッ君の光に照らされたユウキが、突如、轟音と共に現れたその黒い巨体を見上げる。
それは昨夜、ダム湖の底で見た、あの黒い泥の山と同じような何かに見えた。その中と外に、溺れるように手をばたつかせて蠢いている無数の人の影、そして、暗い鍾乳洞をうっすらと照らす、まだらに脈打つほの赤い斑点が、まるで大きな人の顔のように歪んで、こちらを見ているかのようにユウキには感じられた。
山のように膨らんだ黒い泥の体が脈打つと、さらに泥の塊が生まれて、伸びていった。
周りの鍾乳石から発せられる怯えたような悲鳴が、ますます大きく響き渡る。
新たに生み出された黒い泥の塊が、鍾乳洞の天井近くまで振り上げられると、大きくしなって、竜の柱の口に立つユウキとリュッ君に向かって振り下ろされた。
瞬間、リュッ君の体が大きく輝き、その口がカパッ!と開いた。
ドウウウウン!
泥の塊が、竜の柱に振り下ろされた。その頭部に当たる部分から、鍾乳石が粉々に崩れると、その瓦礫がガラガラと崩れて、深く暗い穴の底へ落ちて消えていった。




