脱出
ガラガラガラガラ…
オギャアあああああ…
音を立てて崩壊していく龍の柱。崩れた瓦礫を押しのけ、粉砕していく黒い巨大な触手が下方の奈落に向かって落ちて行く。ユウキ達の照らしていた玉の光が消えて、鍾乳洞を照らす光が消え去り、辺り一帯がフッと暗くなっていった。
顔のようなコブを歪めて蠢めく鐘乳石が、闇に閉ざされた鍾乳洞を泣き叫ぶような悲鳴で埋めていく。
黒い塊がくの字に折った身体を持ち上げて正面を向くと、その体の頂点からざらりとすり鉢状のへこみが広がっていった。黒い粒子と赤黒いマダラの模様が、その穴に向かって流れ落ちていくと、流れ落ちる先を中心に穴がポッカリと広がって、そこから、低くこもったような声が漏れ出てきた。
ぼぼおぼぼぼぼおおおおおお…
黒い塊が、その穴の空いた頭に当たるような部分を、何かを探すように左右に振ると、鎌首をゆっくりもたげあげて、前に進み出た。
「ユウキ!ユウキ!大丈夫か?」
小声でささやくようなリュッ君の声が聞こえる。
「…んん…、リュッ君…?」
「シッ!静かに!やつに聞こえちまう!」
気が付いたユウキが周りを見回す。自分は目を開いているはずなのに周りは真っ暗だ。どうやら自分は、手足もスッポリと収められた狭い空間に閉じ込められていているようだ。全体に柔らかいチリチリとしたものに覆われていて、下半身はキッチリ固定されているが、上半身をとりまく場所には少しばかり余裕がある様だ。首から上は自由に動かせた。息も出来る。手も、簡単に引き出せそうだ。
「気が付いたか?ユウキ?」
「リュッ君!どこ?」
ドオオオオン!
ゴオオオオオオオオオオ!
何か遠くの方で巨大なものが動き回っている様な、辺りを破壊している様な音、そして、それに混じって、幾重にも折り重なって響き合う悲鳴の様な声がくぐもって聞こえてくる。
「俺はここだ…、静かにしろよ、今、玉を出すからな」
プッ!っと何かを吐き出す様な音が聞こえたかと思うと、辺りをぼんやりとその光で包み始めた。驚いたユウキの顔が暗がり浮かび上がる。見ると目の前にリュッ君の姿も浮かび上がっていた。
「リュッ君…、ここは?どうなったの僕?」
「ユウキ、後はこの玉を持ってゴールに辿り着くだけだ…、気をしっかり持て…。」
「ここから、出るの?」
「そうだ!」
「でも、どうやって?」
ユウキの力では、とてもあの鐘乳石を超えて、地上に続く階段までたどり着けない。しかも、外には、あの、大きな黒い影がいる。
「大丈夫だユウキ、この周りを取り囲んでいるのはな、ランスロットだ!」
「ランスロット!」
「シッ!静かに!」
思わず大声を出してしまったユウキが慌てて手を口で覆う。
「ランスロットが!」
リュッ君に囁くように言ったユウキの顔が、ほころんでいく。リュッ君はムスッとした厳しい表情を壊さず、ユウキに向かって静かに言った。
「喜ぶのはまだ早い。あの、外にいる黒い化け物を振り切って外に逃げなければならねえ。」
「でも、ランスロットがいれば!」
大丈夫だよね!とユウキが言いかけたところを遮ってリュッ君が言った。
「ユウキ!ランスロットがあの地上に出るまでに、あの化け物はお前を捕まえようと必死で追ってくるだろう。あいつは巨大な上に、形も変えて流れるように動く。俺たちが逃げる坑道を、地下水のように、一杯に雪崩れ込んで呑み込まれたら、一貫の終わりだ!」
ユウキの脳裏に、あのダムの一件が思い出された。大きな頂から、湖面を全て埋め尽くした黒い山。あの時、ユウキ達は黒い津波にいとも簡単に流されていった。
「だからな、ユウキ、奴を足止めをする必要がある。」
リュッ君がそう言うと、その体をもぞもぞと動かして、パカッ!と口を開いた。リュッ君の口の中身をユウキが覗き込むと、額の玉が照らし出した。
中にはロープが入っていた。
ユウキがそのロープを取り出すと、リュッ君が口を閉じてその身をコキコキと捻ってユウキに言った。
「あともう一つな、最後のアイテムはな、ダイナマイトだった。」
「だいなまいと?」
「爆弾だよ。鉱山に発破かけて、固い岩盤を粉砕するための強力なやつだ…」
ユウキが驚いた表情を浮かべる。
「俺が、あの大きな赤い螺旋階段の出口にとどまって、アイツを足止めする。あの階段ごと爆破して、鍾乳洞の穴を塞ぐんだ。だからユウキ、」
リュッ君がニヤリとしてユウキに言った。「合図をしたら、俺を落とすんだぞ!」
「ええ!でもそんなことしたら!」
驚いた表情を浮かべるユウキ。
「心配するな、そのための命綱だ!このロープをな、俺の肩掛けに結んで、その端をお前が持ってくれれば、爆弾をセットした後で、このロープがこの俺を引き上げてくれる。」
ユウキはロープをギュッと握りしめて、リュッ君の事を泣きそうな顔で見つめていた。
「ランスロットが、余裕で降り払えれば、もしかしたらいらないかもしれないが…、一応念のためだ、そのロープの端を俺の肩掛けに縛ってくれ」
「でも、リュッ君…、でも…」
ユウキは何かリュッ君に言おうとするが、声が出てこない。そのパクパクする口を見て。
「ユウキ、やれる事は全部やって、この難関を一緒に乗り切ろう!」
リュッ君が笑ってユウキに言った。
「ゴールにたどり着いて、一緒に家に帰るんだ!」
ユウキは、リュッ君の肩掛けに、強くそのロープを巻きつけて硬く縛ると、絡まらないようにそのロープを束ねて、その端を片手で握りしめた。額に浮かぶ光の玉は、その光が漏れないように、パーカーのポケットに仕舞い込んで、しっかりチャックを閉じると、リュッ君をお腹に両手で抱えた。
「ユウキ、もし何かに引っかかったりして、ロープが引っ張れなくなったら、無理するんじゃないぞ!直ぐにその手を離すんだ。」
口を真一文字に結んで、ロープを持つ手に力を入れるユウキ。
「大丈夫!絶対に離さない」
震える声でそう答えるユウキ。
「さすが、俺のザイルパートナーだ!頼りにしてるぜ」
「ざいるぱーとなー?」
「一心同体ってことだよ。」
リュッ君が笑ってそう言うと、ざわざわっと周りの粒子がうごめいて、取り囲んでいた壁が広がって行った。今まではくぐもって聞こえていた鍾乳洞内の轟音、鳴き声、叫び声がハッキリと聞こえてきた。苦しそうな表情を浮かべるユウキ。しかし、今はリュッ君を両手で抱えているので、耳を塞ぐことができない。
フワフワした粒子の壁が渦を巻くようにその壁が取り払われていくと、背中越しにこちらを見ているランスロットの顔が見えた。
「ランスロット!」
ユウキが、笑みを浮かべてランスロットに近付いていく。見ると、いままで体を痛々しく彩っていた赤黒い焦げが無くなっている、両の眼もどちらも回復していて、先ほど迄の苦しそうな様子が嘘のようだ。
「良かった…、お前、無事だったんだね…」
ユウキがそう言うと、ランスロットがその顔をユウキに近づけてお腹に額をくっ付けた。ユウキはその様子を見下ろすと、ランスロットの額にもたれかかって頬を寄せた。
ザワザワと、額の粒子がユウキの頬にまとわりつく、ユウキは、あれっ?と、目を丸くして顔を上げ、再びランスロットを見た。
「ランスロット?」
ランスロットはその精悍な眼差しでユウキを見つめると、体を持ち上げ、ユウキ達の裏手に回っていく。
「ユウキ、行くぞ、ぐずぐずしているとやつに気付かれる。」
裏手に回ったランスロットが、ユウキの首根っこを噛んでブランと持ち上げた。ランスロットの粒子がザワザワと泡立って波打つと、ヒヤリとした鍾乳洞の空気がその場で渦を巻いていく。空中に垂れ下がった足元を冷たい空気がさっと撫でるとユウキの体が一瞬縮こまった。
「ユウキ、合図を掛けてくれ」
持ち上げられ、少し狼狽しているユウキにリュッ君が言った。
ユウキは頷くと、鍾乳洞内の大空間に目を移した。ランスロットが退避した場所は、深く入り組んだ壁面の奥だった。遥か先まで、暗闇から生え出した、不気味な鳴き声を上げている鐘乳石の柱の群れが続いている。あの先が自分達が入ってきた入り口だろうか?暗くてよく見えないが、その間には、あの巨大な、黒い泥の塊がゆっくりと何かを探すように移動していた。
ユウキは、その様子を自分の視界で確認すると、ランスロットに向かって言った。
「行こう!ランスロット!」




