ガチン漁
「ガチン漁?」
目を丸くしてユウキがリュッ君に聞き返した。
「ああ、お前は昨日から何も食べていないからな、背に腹は変えられん。」
「それで、お魚捕まえられるの?」
「うまくすればな、それがだめなら、今日のおかずは、さっきユウキが捕まえた沢ガニだけだ」
あからさまにいやそうな顔をするユウキ。
「好き嫌いをすると大きくなれないぞ!ユウキ!今はなにか腹に入れとかないと、これからの道のりの体力が持たない。だから、絶対に魚を捕まえて食べるんだ!いいな。!ユウキ!お前なら出来る!さっきのリベンジだ!」
熱く語るリュッ君に対して、ユウキが拳を握って答える。
「うん!リベンジだ!で、リベンジって何?」
「リベンジ、ってのはあれだ。復讐だ、復讐!さっき川でこかされたしかえしに、捕まえて、焼いてから、バリバリ食ってやるんだよ」
「えーーーそれはかわいそうだよ…」
ユウキは、ちょっと困惑したような表情でリュッ君に向かって言った。
「そこはそうなんかい…。でも、ま、腹減ってんだろ?」
ぐうううう…。
リュッ君の言葉に答えるかのように、ユウキの大きな腹の虫が盛大に鳴り響いた。空いたお腹を抱えてて黙っているユウキ。リュッ君はそんなユウキをじっと見て、優しく声をかけた。
「ユウキ…焼き魚はうまいぞ…サワガニよりずっとだ…」
ぐぐうううううう…。
しばらく俯いて考えていたユウキは、決意の目で顔を上げ、リュッ君のほうを見つめた。
「分かった!ぼく、魚、捕まえる!リベンジだ!」
あっけにとられたようにユウキを見るリュッ君。そんなリュッ君に向かってユウキが続けて、「で、ガチン漁って?何?」と訊ねてきた。
「ああ、ガチン漁ってのはな…」
目線で川のほうを見るように促すリュッ君。ユウキがリュッ君の視線の先、沢のほうをむくと、リュッ君がユウキに説明を始めた。
「あそこ、あの沢の流れの真ん中に、ユウキの腰ほどの大きさの岩があるだろう」
流れがあまり激しくない沢の中腹あたり、そのゆったりとした流れを二つに割るように、水面から岩がぽっかりと顔を出している。ユウキもそれを見ながら、うん、とうなずいた。
「あの岩の天辺に、ユウキが両手で持って振り下ろせるくらいの大きさの岩を持っていって、思いっきりぶつけるんだ」
「ぶつけるとどうなるの?」
「ガチン!と大きな音を響かせれば、その音に魚がびっくりして気絶するんだよ。すると、腹を見せて浮かんでくる。だから、ガチン漁だ」
へーーっ、と感心した顔を見せるユウキ。
「ほんとに?」
「ああ、だから、出来るだけうまくぶつけて、ガチン!って音を響かせなきゃならない。音が小さいと、魚が気絶しないからな。ユウキ、手ごろな岩を探して、ここでチョット練習して見よう。」
「うん。分かった」
リュッ君が言うような手ごろな岩を探しにいくユウキ。その後ろ姿をリュッ君が見つめながらひとりごちた。
「まあ、他にいい手も思いつかないしな…」
ごそごそと岩を探すユウキが、しばらくして、野球ボールくらいの大きさの石を握って帰って来た。
「こんなくらい?」
リュッ君の前に差し出して、確認をする。
「うーん、ちょっと小さいかな…。もう少し大きいのはねえか?」
持ち帰ってきた石を、ぽいっと放り出して、また探しに戻る。しばらくうろうろと探していたかと思うと、おもむろに地面にかがんで手を伸ばし、力一杯足を踏ん張って、自分の上半身位はあろうかという大きな岩を持ち上げた。そして、肩にその重そうに岩を抱え直すと、リュッ君の元に戻ってこようとする。
「おいおい、でかすぎだ!足ふらふらじゃあねえか。また川でこけちまうよ。両手で上に高く上げられそうなやつだよ」
慌ててユウキを止めようと声を掛けるリュッ君。岩を足元にドスンと落として、再び探しに戻るユウキ。
「これくらい?」
大きなスイカくらいの岩を両手に抱えて戻ってくるユウキ。
「ああ、よさそうなサイズだな。よし、チョット、そこの岩で練習してみようか。頭の上に持ち上げて、思い切り下の岩にぶつけてみろ」
ユウキがうなずいて、じっとその岩を見めると、岩を持ち上げて、思い切り降り下ろした。しかし、岩はかすっただけでドスンと横に落ちてしまった。
「慌てるな、ゆっくり持ち上げて、狙いを定めてしっかり当てるんだ」
再び岩を持ち上げるユウキ。
「跳ね返りに気をつけろ!」
狙いを定めて思い切り振り下ろす。
コオオーーーーン!
甲高い音が、沢のせせらぎに混じってあたりに響いた。
「いいぞ、今の呼吸だ、ユウキ。もう一度練習だ。
何度かの練習の後、コツをつかんできたユウキは、岩同士がぶつかるいい音を連続して出せるようになった。
ユウキは、満を持して川に足をおろし、水に漬かっていく。そして、両手で岩を持って、目的の岩までゆっくりと歩き出した。魚が逃げないように、すり足で向かい、水面をあまり荒らさないように注意を払って進んでいく。
「いいぞお、ゆっくりだ、慌てずゆっくり、そして、岩の近くに着たら、深く深呼吸だ…」
岩の近くまでやってきたユウキは、ゆっくり息を吸い込んで、目の前の岩を見つめた。息を吐き、再び息を吸い込んで、両手に持った岩を頭上高くに掲げる。そして、もう一度しっかり深呼吸をして、ぐっと目標を見定めると、勢い良く岩を目標の岩めがけて振り下ろした。
コオオオオーーーーーーン。
高い打撃音が沢全体に鳴り響いた。細く強い振動が水面を伝ってユウキの足に伝わり、その直後に、ぼちゃん!と岩が川に落ちて沈んでいった。
ユウキが、その場で固まったように岩を見つめていると、木陰の向こうから鳥のさえずりと羽ばたく音が聞こえてきた。そして、その後、足元の岩場の回りから、一匹、また一匹と細くしなやかな魚が、黄色身がかかった白いお腹を見せて浮かんできた。水面の向こうに揺らめく銀色の背中は反射できらきらと光っている。
「うわあああ!やったあ!やった!魚が浮かんできた」
「ようし、そいつら捕まえて、とっとと生け簀に放り込めえ!」
目が覚める前に捕まえろと、さっきの練習中に何度も言われていたユウキは、浮かんできた三匹を捕まえて、急いで生け簀に向かって走り出した。
川の水がまとわり付いて重くなった足を懸命に前に出すユウキ。
生け簀の近くまで来たときに、魚が目を覚まし、ビチビチと体を激しくうねらせた。
あっ…!と驚いたユウキがバランスを崩して、暴れる魚を思わず手離してしまった。空中に投げ出された魚が宙を舞って、ぼちゃん!と水飛沫を上げる。ユウキも激しく水飛沫を上げてひざをつき、川の中で四つんばいになってしまった。顔を上げると、慌てて立ち上がり、ユウキが作った小さな生け簀に向かって行く。
中を覗き込むと、放りだされた魚は三匹とも、生け簀の中でゆうゆうと泳いでいた。その様子を見て、ユウキの顔に喜びが満ちていった。
「うわああ…やったああ!」
「よおし!良くやったユウキ。これで腹も満たせるぞ!」
「うん」
リュッ君に返事をして、川から上がってくるユウキを、岩場に置かれたリュッ君が出迎える。
「ユウキ!焼き魚はうまいぞお!昨日やった焚き火の付け方は憶えているな!」
「うん!」
ユウキが返事をすると、あふれてくるよだれをジュルリと拭った。




