沢
リュッ君とユウキは、次の目的地を地図に描かれた“流れる川”に決めた。
二人は再び地図を広げて覗き込み、川の流れている方角がどっちなのかを探った。ユウキが、今見えている朝日から、昨日沈んだ夕日の方角を指で追って、再び地図を見つめながら、川があるだろう方向を探している。何度かそんなやり取りを繰り返した後、ユウキが地図から顔を上げて、とある方向に指を差した。
「あっちかな?」
ユウキが示した先は、ぐるりと取り囲む茂みの端、幾つか小さな社が並んだ場所だった。その向こうに小さな鳥居と門が続いていて、その先は木々が生い茂る山林の細道が続いているようだ。リュッ君がユウキのさした方向を確認して、地図と見比べて、少し唸って答えた。
「ふーん…、なるほどな…。よし、じゃあ、川に向って出発だ」
手製のかまどに土を盛り付け、火種を消す。荷物を片づけると、ユウキはリュッ君を背負い、境内の脇の小さな鳥居に向って歩き出した。
リュッ君とユウキは、社の脇の小さな鳥居と門をくぐって境内の外に出ると、山林を下る坂道となった細い道のりを進んで行った。しばらく進むと、道はさらに草木にまぎれて、歩けそうな場所を選ぶのも難しい状態になっていった。
河と思われる方向へ向かって歩いて行く二人。
すると、狭いながらも、小さな空間が目の前に現れ、その先は、細く曲がりくねった坂道となった。木の根や岩がごつごつと張り出したその傾斜を、ユウキは慎重に下っていった。
ユウキに背負われながら、リュッ君は、たどたどしいその足取りを背中越しに感じ、不安そうな表情で、背の高い木の枝葉越しに空を見上げていた。
「気をつけろよ…、ユウキ。ゆっくりな!ゆっくり…」
後ろから話しかけるリュッ君の言葉に「うん!うん!」とうなずきながら、木の幹につかまりながら降りていくユウキ。
「もし倒れそうになったら、頭を丸めて背中を地面に向けるんだぞ。受身ってやつだ。そのときは俺がクッションになるからな」
「リュッ君は痛くないの?」
「まあ、ユウキよりは耐久力あるだろうな」
「たいきゅうりょく?」
「頑丈だってことさ」
一歩一歩降りて行くリュッ君とユウキの耳に、木々の草葉が折り重なる坂道の向こう側から、水が流れるせせらぎの音が聞こえてきた。
ゴクッとのどを鳴らしたユウキの足が速くなっていく。
「お、お、おい!気をつけろよ」
はあはあと、息を切らせで駆け下りていくユウキがガサっ、と藪を抜けると、そこには透き通った水がゆったりと流れる小さな渓流が姿を現した。
水面に日の光がきらきらと反射している。ぱっと喜びに顔を緩ませたユウキが渓流のほとりに向って走り出す。そのまま急ぎ川面に顔を近づけて、口から直接ごくごくと勢いよく水を飲み始めた。
虫や野鳥の鳴き声、河のせせらぎに混じって、ユウキの水を飲む音があたりに広がっていった。
「ぷはあああ!おいしいいい!」
水飛沫を上げて、ユウキが大きく叫ぶと、再び川の流れに口をつけて水を飲みだした。
すると、水を飲んでいるユウキの目の前を、魚の影がすーっ…と、通り過ぎていった。「あ!お魚!」と、顔を上げてその姿を見つめていると、ユウキのお腹が「ぐううう」と鳴った。
「お腹すいた…」
力なくつぶやくユウキの声を背中で聞いて、困った顔をするリュッ君が「ここには竿も釣針もねえからな…」と、ひとりごちるようにつぶやいた。
「ぼく、捕まえてくる」
そう言うと、ユウキは、リュッ君を岩場に下ろし、腕まくりをして、勢い良く川に入っていった。そして、そのまま、ざぶざぶと川の中流に向って突き進んでいった。
「おいおい、気をつけろよ!ユウキ!」
ユウキに声を掛けたリュッ君が、その後姿を困ったように見送った後、少し思案するかのように空を仰ぐ。
「アイテムゲットの☆マークはここには無かったよなあ…」
泳いでいる魚を見つけようと目を凝らすユウキ。その足元を、すばやく魚の影が通り過ぎていく。あわてて追いかけるも、魚はユウキの手をすり抜けてしまう。ユウキはその影を目で追いかけながら、水しぶきを上げて、ぐるぐる、ぐるぐる、回っていった。
「ああーもう!」
悔しがるユウキが、さらに激しくざばざばと魚の影を追いかけて行く。
「なんで、捕まらないよ!」
泣きそうな顔で暴れ回っているユウキ。その足の回りを、魚の影がスイスイ通り過ぎていく。その様子をじっと見つめているリュッ君。動き回るユウキの服がどんどん濡れて、ユウキの動きが鈍くなっていった。そして、足を滑らせ、川の真ん中で盛大な尻餅をつくと、大きな水しぶきがユウキの周りに上がり、流れる水面が激しく波打ち揺れた。
頭から水を被ったユウキが流れる水に腰まで漬かってへたりこんだ。その後、ユウキの顔がどんどん歪んでいく。
「うえええええ…お腹すいた~~」
尻餅をついて水に漬かったまま、わんわん泣くユウキ。そんなユウキの周りで、魚の影がゆうゆうと泳いでいるのが見える。仏頂面でその様子を見ているリュッ君が、深く呼吸をして、ユウキに向って声をかけた。
「よおし、ユウキ、上がって来い」
ぐずりながら、リュッ君のほうに顔を向けるユウキ。続けてリュッ君がユウキに言った。
「作戦タイムだ」
川の水面からユウキがゆっくり立ち上がり、ざばざばとリュッ君のいる岩場に向って戻って来る。うなだれた様子で岩場に近付くと、ユウキは川から上がってリュッ君のほうに近づいて来た。強い日差しに照らされた岩肌は熱く、ユウキの付けた水跡を早々に乾かして行く。鼻をすすり、目を腫らしてぐずついているユウキが隣に座ると、リュッ君が、声のトーンを低くしてユウキに語りかけた。
「一旦落ち着いて、やり方を考えよう。ユウキ。何事もまず初めは作戦を立てるのが大事だ。俺の言っていること、分かるな」
口をへの字にしながらも、リュッ君の言葉にうなずくユウキ。
「よし、じゃあ、まず、目の前の川がどんな風になってて、魚がどれだけいるか、きちんと見て見よう」
リュッ君の言葉を聞いて、じっと川面を見つめるユウキ。川の流れる中を魚影が集まったり離れたりしながら悠々と泳いで行く。
「まず、生け簀を作ろうか、捕まえた魚を置いとく場所が必要だからな、ユウキが両手でもてるくらいの魚が何匹か、捕まえておけるようなやつだ」
「いけすって??」
「あー、あれだ、魚用のプールだよ、プール。川べりのどこかのくぼ地を岩で囲って、捕まえた魚を逃げられなくするんだ。生け簀が出来たら、魚を取るぞ」
「…うん、分かった!」
リュッ君の言葉に大きくうなずいて、さっそく川べりに、生け簀を作るのによさそうなくぼ地を探し始める。ユウキがきょろきょろして、川べりに岩が連なった、流れが緩やかな場所を指差して言った。
「あそこは?」と、ユウキが差した場所を見てリュッ君がうーんと唸って答えた。
「そうだな、じゃあ、石で隙間が出来ないようにしっかり囲って、生け簀を作るんだ」
「うん」
早速くぼ地に向かうユウキ。その様子を見ながら、リュッ君がポツリとこぼす。
「はてさて、どうするか…な?」
ユウキが石を物色しては持ち上げて、くぼ地の場所に運び、水をせき止めるように囲いを作っていく。
「網とか…、せめてペットボトルくらいありゃあ、罠くらいは作れるんだが…」
くぼ地の周りに石が積み上がっていき、小さなユウキの生け簀が徐々に出来上がっていく。
「カニはっけーん!」
うれしそうにカニを高らかに上げて、リュッ君に捕まえたカニ見せようとするユウキ。
「おおーすごいなーユウキ!いいぞ、小さい生け簀も作って、それも捕まえとけよー絶対、逃げられないように注意しろ」
嬉しそうなユウキに調子をあわせ、その様子を見まもりながらリュッ君がポツリとこぼす。
「あれも食えるかなあ?」




